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【短編小説】桜の栞




ぽたっ





ぽたっ





ちゃぷ


ちゃぷ





はら







はら




帰宅するとコートに花びらが乗っていた。


雨に濡れて少し弱った桜の花。


捨てられた子犬を見ているような気がしてそっとハンカチで包んだ。





この子をどうしようか。





東京は雨の予報で満開の桜はすっかり流されてしまった。


せっかくお花見に行こうと思っていたのにあいにくの天気。




仕方なく買ってしまった6本目のビニール傘をカサ立てに入れて、部屋着に着替えた。



やっぱりスウェットの気持ちよさは格別だ。


せっかく髪を巻いたのに湿気で広がっちゃったなあ。


よし、ポニーテールにしちゃお。




きゅっと結んで鏡を見ると、我ながら案外悪くない出来だった。





せっかくだし温かい紅茶でも入れよう。




棚から貰い物のアールグレイを取り出し、電気ケトルをセットした。


いつもは適当に淹れるけど今日はしっかり丁寧に。


電気ケトルの合図をきっかけにまずはマグカップにお湯を注ぐ。


器を温める一手間で紅茶の香りは格段に変わるらしい。


温めた器にお湯を注ぎ、ちゃぷんとティーバッグを沈める。


2分温めたらティーバッグをゆらゆら。


ふうふう冷まし、一口すする。


あっつ。


猫舌のくせについついやってしまう。





マグカップを持ってソファに座りハンカチを広げた。





さて、この桜をどうしようか。




このままうちに置いてもいずれは腐っていしまう運命だ。命あるものは儚く脆い。



指の腹で表面を触ると柔らかな感触がした。


もったいないなあ。


どうにかこの子をずっとうちに置いておけないだろうか。



どうにか残しておけないもんか調べてみると

「押し花」

と出てきた。




これだ。




傘についた桜たちもこの子と一緒に栞にしよう。


玄関に立てた傘から数枚とり、ハンカチで水分を拭き取った。


ティッシュを引き裂いて花びらたちをぎゅっと押さえつける。



「新聞紙でさらに挟む」

と説明が書いてあったけど、一人暮らしの人間が新聞をとっているわけもない。


代わりのものを探していると有効期限の切れたクーポン付きのチラシが出てきた。



あー、結局このカフェ行けなかったな。



ま、人生とはそういうもんだと開き直り、先程のティッシュをくるんで辞書の間に挟んだ。


「新聞紙を毎日とり変えます」


忘れないようにしないと。


カレンダーに「さくらの衣替え」とメモし、今日のところはこれでおしまい。



1週間後が楽しみだ。



少し冷めたアールグレイは猫舌にはちょうどよい暖かさになっていた。


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