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【vol.11】南京市在住の映像監督 竹内亮さん 「ドキュメンタリー作品のリアルなおもしろさを追求」

昨年、中国の新型コロナウイルスとの闘いに関するドキュメンタリー「緊急ルポ 新規感染者ゼロの街 新型コロナ封じ込め徹底する中国・南京を歩く(南京抗疫現場)」「お久しぶりです、武漢(好久不見、武漢)」などの作品で一躍時の人となった、ドキュメンタリー監督の竹内亮さん。自身が代表を務める番組制作会社「和之夢」(2013年創業)では、2015年より在中日本人や在日中国人にスポットを当てたドキュメンタリー『私がここに住む理由』の製作・配信を行っている。日本文化を中国人に、中国文化を日本人に、さらには海外に紹介するため、リアリティを追求したドキュメントを撮り続ける竹内監督の素顔に迫る!

── 今回は、私が個人で発信する無名媒体にご登場いただきとても感激しています。南京市のロックダウン時のショートムービー「緊急ルポ 新規感染者ゼロの街 新型コロナ封じ込め徹底する中国・南京を歩く」(2020年3月配信)を拝見して以来、すっかり監督の作品のファンです。

 僕らが2013年に日本から中国・南京に移住して起業し、2015年に『私がここに住む理由(我住在这里的理由)』を配信し始めたころも完全に無名メディアとしてのスタートでした。また個人的に、取材を依頼いただいたときは媒体の影響力よりも、取材したいとおっしゃってくださる方の思いを重視しています。

 移住した2013年は、2012年に尖閣諸島問題があり、日中関係が非常に悪かった時期。もともと日本文化を紹介する番組をつくりたくて中国に引っ越したのですが、南京テレビや北京テレビ他、各テレビ局に企画を持ち込んだものの、「日中関係が悪すぎるから日本文化をテレビで紹介するなんてとてもじゃないが無理」と、すべて断られて途方にくれました。

 日本では、NHKや民放で日本人に向けた中国の今を紹介するような番組のディレクターをやっていたので、その逆の番組(中国人に向けて日本の今を紹介する企画)をやりたいと考えていたんです。


── 中国のテレビ局で企画が通らない中、ネット動画で企画を実現されます。当初は葛藤もあったのではないでしょうか。

 最初は「テレビのほうが上」という変なこだわりがあって、ネット動画を見下していた部分もありました。「俺はNHKのゴールデンタイムでやっていたんだぞ」とつまらないプライドがあったんです(笑)。でもある日、中国のネット動画で活躍する友人・山下智博さんの動画を見て感銘を受け、「ああこれだ、これしかない!」と直感して、即ネット動画の製作に取り掛かりました。

 『私がここに住む理由』が現在のような形になったのは、日本という国や日本文化をどう紹介しようかと話し合っているときに、妻から「在日中国人の目から紹介すればいいんじゃない?」というアイデアが出たことがきっかけです。妻ももともと在日中国人でしたし、〝中国人の目から見た日本〟という視点もとてもおもしろいと思いました。

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(写真)『私がここに住む理由』 218回・コロナの影響で南京に閉じ込められてしまった日本人・古川さんの物語より


── 監督が登場人物と一緒に画面に映って、一緒に行動して会話をする。とくにご飯を一緒に食べる主人公のリラックスした姿がいつも印象的です。

 『私がここに住む理由』の初期は俳優・阿部力さんにナビゲーターをやっていただいていましたが、スケジュール上、阿部さんの出演が難しい時期があって、代理で僕が出はじめたんです。ただ以前から、監督が出た方が「よりリアルでおもしろい」という考えもありました。というのも、監督というのはカメラの後ろでいろいろな演出をする存在じゃないですか。

 でも、監督である僕がカメラの前に出て、あの手この手で相手の感情を引き出したほうがよりリアルに伝わるのではないかと。例えば、「ここはこの人の思いが深い部分だな」と思ったら、そこを掘り下げていく過程もすべて画面で見える。感情が高まって突然泣き出す主人公もいますが、その唐突感や、僕の「えー?」という狼狽する顔も撮れている。それがあることでよりリアルになるんですよね。

 よくメディアの方から「どうして取材相手がそんなに自然なんですか?」と質問されますが、僕が意識しているのはカメラの存在をなるべく気にしないようにさせることです。それも僕が一緒に前に出ることが一つの効果になっていると思います。もし僕がカメラの後ろで話しかけたら、カメラの存在が先に見えてカメラと僕がセットに見えてしまうのですが、一緒に前に出ることで主人公には僕しか見えません。

 たとえカメラがあっても僕の顔しか見ていない。カメラの位置によってカメラの存在への意識が変わってくるので、その効果は大きいように思います。あとはあまり撮影らしくない雰囲気づくりというか、主人公には、カメラマンのことを「こいつの存在はどうでもいいから、気にしないで」と、それよりも「俺といろいろ楽しく話そうよ」といつも伝えています。

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(写真)新型コロナウイルスの蔓延により2カ月半に及ぶ都市封鎖が解除された武漢を訪れ、10人の暮らしに密着した『お久しぶりです、武漢』より


── 台本がないというのは本当ですか?

 本当に何もなく、事前に主人公のことを調べずに完全にゼロからスタートしています。社員である現場のディレクターは当然主人公の経歴を知っていますが、「あえて俺には言わないで」と話しています。変な先入観を持って接したくないので、事前情報は手に入れずに挑みます。密着ロケの場合、2〜3日ずっと一緒にいるので、その中でだんだんわかっていく感じにするほうがやはりリアルでおもしろくなります。


── テレビ番組では発信者と視聴者との間に距離を感じますが、『私がここに住む理由』は臨場感があってネット動画の利点も生かされているような気がします。その辺も人気の理由なのでしょうね。

 中国でやっているからこそ新しいことにもチャレンジできているようにも思います。日本では、映像やメディアの業界、映像技術、製作の方法、配信の仕方など、あまり変化がなく、未だにテレビが強い。中国ではテレビよりもネットの視聴者が圧倒的に多く、映像関係のメディアの発展スピードも非常に早い。Tik Tokを代表するような新しいメディアが次々に出てくるので「こういうやり方もあるんだ」と日々発見や刺激があります。

 ネット業界もそうですが、中国では社会の発展と変化のスピードがとても早いです。また、日本だと外国人は特別扱いされて、チャンスがなかなか与えられないこともあるように思いますが、中国では実力がさえあれば年齢も国籍も関係なく、力がある人が勝つ。僕にとってはその実力勝負の社会も刺激的でおもしろいです。

── 若い起業家も多いと聞きます。

 法的に若い人の起業の環境が整っているわけではなく、起業の手続き自体は日本と変わりません。ただ若い人が起業する空気が充満しています。日本では起業しただけで「すごい」と言われますが、中国ではそれが当たり前で起業自体は全くすごいことではなく、起業して「何をしているか、どううまくいっているか」のほうにみんな注目する。起業してうまくいかなければつぶして、また起業するという空気感。「あいつもやっているから、俺もやろう」という程度で、心理的壁がすごく低いんですね。

 とくに中国版シリコンバレーと呼ばれている深圳には、若い起業家がたくさん集まります。当然、投資家もたくさんいて、新しいことを始める若い人(投資対象)を探している。投資家と若い起業家が簡単にマッチングできる場所です。古くから深圳に住んでいるという人はほとんどいなくて、ほぼ外から来た人たちの集まりなんです。

 人口1259万人(2021年時点)で平均年齢は20代後半。若さとか気概にあふれた町で、深圳で起業し一発当てたいという日本の若者も見かけます。日本では若い起業家に投資しようという風潮は中国に比べると少ないかもしれません。

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(写真)緊急帰国で実現した竹内監督とのオンライン取材の様子


── 中国で生活されて7年、中国、中国人について印象深く感じることは?

 うーん、56の民族がいますから中国人って一括りになかなかできないですが…。場所も経済背景も異なるので一概には言えませんが、ざっくり言うとどんどん日本に近づいてきたような印象はあります。

 僕が中国に初めて行ったのは約20年前ですが、当時はみんなよく道で唾を吐くし、列に並んでいても平気で割り込んでくる、ゴミも平気で道に捨てる、車のクラクションがうるさくて、車もガンガン割り込んでくる…、「日本人と同じ顔しているのに全然違う」と、僕はそれがおもしろくて中国を好きになったんです(笑)

 でも、その適当さがどんどん失われている感じがします。みんな列に並ぶし、ゴミも捨てない、唾を吐く人もいないし、ゴミの分別も始まって道もすごくきれいになった。クラクションも全く鳴らないし、割り込んでくる人もいない。日本みたいに周りのことを気遣って、礼儀正しい社会になっているなと。個人的にそれはつまらないなと思っています(笑)

 現在も、上半身裸で過ごすおじさんはちらほら見かけますが、それもやめましょうとメディアで呼びかけたりもしています。社会的には良いことなのかもしれませんが、中国の良さが失われている気がして…。僕はその適当さというかおおらかさが大好きだったので寂しい気持ちがあります。


──日本と中国の魅力を一言で表すと?

 中国は「良い意味で適当」なところですかね。決められたことを杓子定規にやるよりも、大陸ならではのおおらかさというか、細かいことを気にせず「とりあえずやってみようぜ」と融通が効く雰囲気。例えば、20時閉店のお店に20時に「腹減ったんだけど」って入ったら、「食ってけ食ってけ」みたいな対応をしてくれたりね。

 日本は事前に決められた約束をきちんと守る、伝統文化を大切にするところが魅力でしょうか。役所のサービスなども日本は中国に比べてとても丁寧ですが、中国では近年IT化ゆえの便利さが目立ってきています。日本には中国の、中国には日本の興味深い文化を今後も発信し続けていきたいです。

\竹内監督に聞いた中国の学校教育について/

 中一の息子さんの学校生活では、国語・数学・英語・社会メインの大学入試中心の「詰め込み教育」で、その成績がすべてという印象を持った竹内さん。小3になると夜11時くらいまでかかるほどの宿題が出るという。スポーツ教育は、日本の体育のように、礼儀や団体競技によってコミュニケーション力や協調性を育くむことよりも、あくまで体を鍛えることが目的。
 なお、現在高校に進学できるのは50%程度で、残りの50%はいわゆる専門技術を学ぶ学校に進学するが、後者はいわゆる成功者とは見なされない。ただし、親世代の経験から、勉強ができたからといって必ずしも幸せになれるわけではないことはわかっており、「最終的に頼れるのは自分の技術や能力だと親たちは口を揃えて言っています」
 日本でかつて「受験戦争」という言葉が流行っていた大学受験一色だったときのように、「日本では行き過ぎということで、ゆとり教育に移行したもののゆとりすぎて揺り戻しがきたと思いますが、中国は今その時の日本になりつつあるように思います」
(2021年7月5日)

【PROFILE】
竹内亮(たけうち りょう) 1979年千葉県生まれ。「日経スペシャル ガイアの夜明け」「未来世紀ジパング」「世界遺産」「長江 天地大紀行」等のテレビ番組の制作を経て、2013年中国出身の妻と共に南京市へ移住。2014年に映像制作会社の南京和之夢文化伝播有限公司を創業。『私がここに住む理由』『お久しぶりです、武漢』『中国アフターコロナの時代』『大涼山』などのドキュメンタリーを制作・配信している。今年5月、『私がここに住む理由』が中国で書籍化された。



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