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(短編)Cheer up! 裏社会の皆さん

うらぶれた雑居ビルの一角にその事務所はあった。
入り口のオフィスドアには申し訳程度に六角形のロゴと「細野興業」の社名。
表の世界の住人がこの会社の実態を知ることはないだろう。
ここは反社会的勢力のフロント企業の事務所である。
堅気の人間が運営している健全な企業ではない。

そんなきな臭い事務所に、ある一人の訪問者がいた。
細身の若い女だった。
顔つきからすれば少女と言ってもよい年頃だ。
その彼女に、いかにもチンピラ然といった風体の男二人が応対している。
従業員の女か、それとも家族か。
二人の男にはどちらか区別を付けられなかった。
なにしろその格好が異様だったからだ。


上半身に黄色を基調としたノースリーブのシェルトップを着用し、
下半身にプリーツタイプのミニスカートを履いている。
真冬には厳しい露出の多い装い。
見るからにチアガールだった。
丁寧にもその両手にはボンボンが握られている。


――どうしてチアガールがここに?


「あー、アンタ誰よ? 」
チンピラが訊く。
チアガールは笑顔で答えた。
「どうも~、こちらの事務所の方が指名してくれたキヨコです!」
少女の、快活ではきはきとした、物怖じしない態度に飲み込まれそうになる。
「あ~ちょっと待っててね」
片方のチンピラが、言葉を続けようとする彼女を制し、もう片方に耳打ちする。
スカートの裾にチラチラと目を向けながら。

「この娘呼んだのお前?」
「馬鹿、んなわけねぇだろ……」
「じゃあ誰だよ」
「社長じゃね?」
「あの人職場にデリヘル呼んだのか? 」
「知らねぇよ。てかデリヘルなのこの娘」
「かっこがどう見てもそっち系だろ。そうじゃなきゃガイキチだよ」
「じゃあデリヘルってことにしとくか。社長以外に俺らしか今会社にいねぇし、通すか? 」
「でもただのガイキチだったら大目玉食らうぜ」
「ならどうすんだよ」

「あー、あのぉ? 」
話し込む二人に向かって、おずおずとチア姿の少女が切り出した。
「たしかホソノさんって人だと思うんですけど? 」

「社長だな」
「ああ、うん」

「それじゃあついてきて」
どうやら二人には一旦応接間かどこかで少女を待たせるという考えはなく、そのまま社長室へ連れて行くらしい。
そもそも彼らにはこれまで職場にチアガール姿の狂人が訪問してくる経験など一切なかったので、これも仕方のない対応といえよう。

三人は人気のないオフィスを練り歩き、木の扉まで辿り着いた。
その間に会話はまったくなかった。
チンピラとしては、真冬なのにチアガール姿で平然としている女と深く関わり合いになりたくなかったからだ。
それにこんなうらぶれたビルの、怪しげな雰囲気の事務所の中にいながら、ニコニコと営業スマイルを崩さないでいるのもなんだか怖ろしい。
そのチアガールがどれだけ可愛らしい容姿であろうとも。

コンコンと二回ノックし
「社長~、お客様です」
「おぉ開けろや」
チンピラがドアノブをゆっくりと回しドアを開閉すると、シンプルで手狭な造りながら、物々しい調度品で溢れた社長室の様子がが三人の目に映った。
その部屋の奥には、スーツの中年男が革張りの椅子に深々と腰掛けていた。
その鷹揚とした態度に相応しく、彼自身には裏社会で長年生き抜いてきた貫禄があった。

「え、誰そいつ? 」
だが、そんな彼も突然のチアガールには困惑したようだった。
「は?」
チンピラ二人も間抜けな反応をした。
当のチアガールは彼らとは違った。

俊敏な動きで社長室に押し入ると、すばやく両手のボンボンを外した。
その手中にはサプレッサーつき22口径の自動拳銃があった。
仕込み拳銃だと三人が気付く前に、引き金を引いた。
二発、腹に着弾した。
「ぐえ」
どう、と社長が上半身を机に倒した。
「え、え? 」
チンピラといえど二人とも裏社会の人間である。それなりには暴力の現場を踏み越えていた。
しかし、まさかデリヘル紛いのチアガール少女から暴力が飛び出してくるとは夢にも思わなかった。

間髪入れずに少女は振り返り、男たちの胴体に銃弾を浴びせた。
「がぁっ」
「うっ」
発泡音の後に、二人の男が地面に伏した。

「どうして? 」
チンピラの片割れがそう問おうとするも声が出なかった。
腹部の弾痕から生命が漏れ出していく。

少女は事務所に他の社員がいないか確認した後、それぞれの男たちの頭部に一発ずつ弾丸を撃ち込んでから事務所を後にした。
手際よく事後の警戒を怠らず、現場から去ろうとする彼女だが、ボンボンを拾っていくのも忘れなかった。

あらかじめその階の廊下に放り捨てておいたロングコートを羽織る。
懐にボンボンと拳銃を隠す。
かろうじて、傍目にはビルに迷い込んだ若い女に見えるだろう。
凶行の場を振り返ることなく、スタスタと速歩きで進み、機敏な動きで階段を降りてビルのエントランスから出る。
ビルに監視カメラがないことは事前に知らされていた。

ビルの前の道路に停車している車に歩み寄る。
後部座席に乗り込んで一言。
「さっさと出して」
「あいよ」
と運転席の男が返して車を発進させた。

「仕事はどうだった?」
「超簡単」
「なら良かった」
「良くないよ!なにこの格好!ふざけてるの!? 」
「いや相手を油断させるにはまず衣装からと思ってさ……」
「最悪。……こんなこともうしないから」


おわり

お題
No.1199きな臭い
No.3585チアガール
No.4511六角形

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