(短編)四天王、遅きに失する
暗黒の魔王が支配し、人々の平穏を脅かす闇の魔族が跋扈する魔の地、ヘルズランド。
その一角に鎮座する魔城の大広間で、ある会議が開かれていた。
ホールの大部分を占拠する漆黒のラウンドテーブル、通称暗黒円卓にちょうど等間隔に四つの椅子が置かれている。
腰掛ける者は三名。
参加者は皆、遠隔投影魔術を使っていた。肉体はそれぞれの領地の居城にありながら、ソリッドビジョン体での出席となっている。
だが、会議の参加者が未だに揃わない。
「一人、来ていないようだが……?」
燃え盛る炎の衣を纏った四本腕の魔人、火の四天王ブルータル・アグニが言った。
そう、参加者が一人少ない。本来彼の向かいに座る者が出席していない。
「グエッ、グエッ、グエッ、ワイトの奴は来ないぜ」
下品な笑い声を上げ、巨大な二足歩行の魚、水の四天王ヒュージ・バハムートが疑問に返した。その姿は二足歩行の半魚人そのものだ。
だが、その全長は山のように高かった。
「うふふふふ……土の四天王ネクロティック・ワイトは三日前に死んでしまったのよぉ。素敵な殿方だったのにねぇ……」
露出の多い妖艶な美女が、間延びした声で言葉を紡いだ。その両腕にあるべき位置には禍々しい色の羽毛を生やした翼があり、鋭い鉤爪が備わっている。
風の四天王ホロウ・ハルピュイアだ。
アグニが何故と問う前にバハムートが
「グエッ、グエッ、グエッ、あいつは四天王最弱だったからなぁ~。一番にくたばっちまったぜ」
お約束の文句を吐いた。
その性根が腐った物言いに高潔な武人たるアグニが怒りを表明しようとしたところ、ハルピュイアが制した。
「あらあらそんな非道いこと言っちゃ駄目よぉ。ワイトはねぇ、あの聖騎士(パラディン)にやられてしまったのねぇ」
「あの聖騎士とは、件の魔王様に仇なす小癪な剣士のことか?」
「えぇえぇそうよぉ。なんとあの聖剣を手に入れてから破竹の勢いだっていうのよぉ」
アグニには到底信じられなかった。
かの聖剣を聖騎士が手にするとは。
魔の者を総て殲滅する力を持つとの云われのある聖剣。
ヘルズランドの国家予算の3/5をかけてワイトの指揮下で建造された、難攻不落の要塞に封印されたセイントアーツがまさか人間の手に渡るとは。
その要塞が急ピッチの突貫工事で建てられ、警備も非常にずさんだったことをこの場の誰も知らないし、これからも知ることはないだろう。
「信じられん、信じられんがあの聖剣であればワイトを斃すなど容易かろう……」
動揺のあまりアグニは体を纏う炎をさらに燃え上がらせてしまう。
「グエグエ炎を抑えてくれ!熱くてかなわんぜ」
「ああすまない」
心を落ち着けて炎を制御する。全く自他共に認める激情家な性分が己の瑕だ。アグニはそう自嘲した。
「確かに深く集中してみるとワイトの気配が感知できんな。今なら彼が本当に死んでしまったことがわかる」
「まあオレサマたち普段は連絡を取り合ってないからお互いのことよく知らんのよな」
そもそもワイトが要塞を建てていたたことも、彼らは数日前に知ったばかりだ。四天王間の情報伝達はかなりおざなりだ。
というのも彼らは自分以外の四天王のことなどどうでもいいとすら思っていたからだ。
それぞれがヘルズランドきっての誇り高き魔族であり、自尊心も高い。四天王同士の連携や協力を馴れ合いと断じて避けていた。
魔王に仕えるのは己だけでいいし、他の四天王など犬にでも食わせておけばいい。
心のなかではそう思っていた。
5億と3千年の悠久の時を生きる偉大なる魔王。彼の下にいる四天王はお互いを疎み、お互いの不幸を願っていたのだ。
また、この頃の魔王は心身の不調が目立ち、その生命が尽きる日も近いのではないかと臣下たちの間で噂となっている。
魔王直属の配下である四天王は皆、魔王死後の空席を狙っているのだ。
アグニ自身の忠誠も薄らいできていた。
魔王は最近痴呆気味であり、この前愛人のサッキュバスと勘違いされ抱き寄せられた時、彼は貞操を覚悟した。
かつて自身に忠誠を誓った武人肌の配下を愛妾と見紛うなど、もってのほかだ。
アグニの旧くからの忠誠心はすっかり冷め切っていた。
「ハルピュイアよ。ワイトの死の知らせはいつ受け取ったのだ? 」
「ええっと今日の朝よぉ」
「今日の朝!三日前のことを今日の朝に知ったのか!?遅すぎる! 」
「仕方ないじゃない。私たちお互いに不干渉なのだから」
「むぅぅ」
アグニは唸った。己のプライドや次期魔王の座などに拘泥している場合ではないのかもしれない。
今こそ四天王同士手を取り合って聖騎士の討伐に向かわなければならないのではないか。
ワイトの死も彼には悪いが、これは良い機会ではないか。
アグニが心の内を打ち明け、四天王間の団結を提案しようとした時、その声が聞こえた。
「伝令!伝令です! 」
「グエッ!会議中だぞ! 」
声だけしかわからないが、どうやらバハムートの配下が主君の居室に飛び込んだようだ。
ソリッドビジョン体のバハムートは困惑し、配下の注進への対応を決めあぐねていた。
「大変です!大変なのです! 」
「グェェイ!はやく用件を言わねぇか! 」
「バハムート様!聖騎士が聖剣から放ったものすごい光のビームがご領地の総てを飲み込みながらこの城に迫っています!」
「グエ?グエ?グエ? 」
「ちょっとどういうことぉ!? 」
事態を飲み込めずにパニックに陥るハルピュイア。
アグニは何も言えなかった。
「グエエエエエァァァァァァ!!!!! 」
断末魔の叫びをあげ、バハムートのソリッドビジョン体が消滅した。
おそらく居城にある肉体も四散していることだろう。
ホールを耐え難い沈黙が支配した。
暗黒円卓に座す二人の魔族はこの時ばかりは同じ思いでいた。
――次に死ぬのはどちらだ?
自分たちは遅すぎた。誇りとは名ばかりのしょうもない驕傲のため、ヘルズランドの滅亡の引き金を無意識のうちに引いていたのだ。
おわり
お題
・四天王
・排他的
・追い打ち
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