(短編)ストーリテラーになったあなたへ
正午の昼休憩、その日は昼食を外でとりたい気分だったため、仕事場の外に繰り出していた。
なにか手頃なランチメニューのある店はないか。あてもなく職場の近辺を歩き回っていた時、突然短いバイブレーションが鳴った。
スラックスの尻ポケットのスマートフォンが瞬間的に振動したのを感じる。
スマホを手に取って電源をつけると通知欄に宛先人不明のeメールが届いていた。
件名を見て不可解な気持ちになった。
そこには
『あなたもストーリテラーになりませんか?』とあった。
興味を引かれてメールを開くと、本文は何もなかった。
大方胡散臭い商材か自己啓発本の宣伝メールかと当たりを付けたのだが、まっさらな空メールだったので拍子抜けしてしまった。
同時に疑問が次々に浮かんでくる。
差出人は何の意図を持ってこのメールを送信したのか?
それもなんで私に?
手元にあるアドレスに手当たり次第に送っているのか?
いたずらにしては毒がなさすぎる。
そもそもストーリテラーとは?
私は傍目から気付かれない程度ににやりと笑う。
返信ボタンをタッチし、「はい」と入力。そして送信した。
軽い非日常を求めるちょっとした好奇心から生まれた行いだった。
それが警戒心の欠片もない軽率な行為だったと気付いたのは終業後のことだった。
夜、仕事を終えた私はほてほてと家路についていた。
一日分の疲れを体中に感じながらもアパートの階段を登りきり、自宅のドアにたどり着く。
今日は夜ふかしせずに早めに寝ようかな。
そう思いドアを開けて絶句した。
部屋中が真っ白な紙で埋め尽くされていたのだ。
独身者用の1Kの隅から隅まで白かった。
玄関を除いた床、キッチン、洋室にベッド、そしておそらく風呂場やトイレにまで、A4の紙の山がそびえ立っていた。
「何だこれは」
私は馬鹿みたいに唖然とし、ただただ立ち尽くしていた。
バイブレーション。
スマホを手に取る。
通知欄にeメール。
件名は『ストーリテラーになったあなたへ』
「これもちょっとした授業料になったな」
これからは怪しいメールは無視をしよう。
私は苦笑してその教訓を胸に刻んだのだった。
おわり
お題
・授業料
・ストーリーテラー
・バイブレーション
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