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紫陽花の季節、君はいない

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「紫陽花の季節」主人公の夏越の物語です。 「紫陽花の季節」か「夢見るそれいゆ」と一緒に読んでいただけると、もっと楽しめます。
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2022年3月の記事一覧

紫陽花の季節、君はいない 77

紫陽花の季節、君はいない 77

「それは大事だけど…でも他人の俺がいる必要なくないか?」
娘の名前は夫婦で決めればいい。

「夏越…腹帯を神社まで受け取りに行ったり、出産に立ち会ったお前が、今更何を言ってるんだ。」
柊司は深い溜め息をついた。

「ごめんなさい、夏越くん。
夏越くんも一緒に名前を決めてほしいって言ったのは、私なの。」
「あおいさんが?」
「私、この子には皆に呼んでもらえる名前をつけたいの。
私は両親にあまり呼んで

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紫陽花の季節、君はいない 76

紫陽花の季節、君はいない 76

「柊司!『緊急』だなんて、あおいさんか子どもに何かあったのか?」
玄関のチャイムを鳴らすのも忘れて、俺は隣人の部屋に闖入した。

「あら、夏越くん。こんにちは。」
あおいさんは赤ちゃんの寝ているベビーベッドの前に立っていた。
赤ちゃんは俺の大きな声にピクリとしたが、そのまま眠り続けた。

どうみても何事かあった様子はない。
俺は柊司に振り回されたのか。

「おう、夏越。よく来たな。」
別室から柊司

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紫陽花の季節、君はいない 75

紫陽花の季節、君はいない 75

数日後、あおいさんが生まれた子どもを連れて退院してきた。
俺はさすがに退院当日は疲れているだろうと、会いに行くのを控えていた。

俺のスマホのバイブが鳴った。
柊司からのメールだった。
文字の無い、大量の赤ちゃんの画像に俺は恐怖を覚えた。

「親バカになるとは思ってたけど、これはちょっと怖い…。」
俺がスマホをテーブルに置こうとしたタイミングで、またバイブが連続して鳴った。
柊司からの電話である。

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紫陽花の季節、君はいない 74

紫陽花の季節、君はいない 74

夜になり、柊司が自宅に帰ってきたので、俺はスマホの件について問い質した。
すると、柊司は新品のスマホをウエストバッグから取り出した。

「夏越に言われたから、朝一でスマホショップには寄ったんだよ。
そしたらショップ店員に『保証期間が終了しておりますので、修理ではなく新機種にしては如何でしょうか。』って言われてさ。
どうせなら子どもも生まれるし、良い機種にしたくてさ。
仕事帰りにゆっくり選ぼうと思っ

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紫陽花の季節、君はいない 73

紫陽花の季節、君はいない 73

俺はあおいさんの子どもが生まれたのを見届けて、アパートに帰った。
(どさくさで病院にいたが、本来は他人が病院にいるのは禁止である。)

病院のコンビニで買ったおにぎりとお茶を自分の部屋で食べていて、柊司の家の片付けが中途半端になっていることを思い出した。

あおいさんから預かっていた鍵で部屋を開けた。そこは昨日のまま時間が止まったかのようだった。
しかし、昨日までと今日からは大きく違う。
小さな家

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紫陽花の季節、君はいない 72

紫陽花の季節、君はいない 72

こんなに長く感じる夜はあの時以来だと思った。
紫陽が消えてしまうと知って、八幡宮の神楽殿で彼女を一晩中抱きしめていた時だ。

「夏越~、まだ生まれそうにないから少し眠ってていいぞ。」
と柊司が言ったので、俺は病院のソファーで少しだけ眠ることにした──

「──貴方のお友達の奥さんや子どもは、無事で済むかしらね」
八幡宮の紫陽花の森での、義母の冷たい台詞。
あの夢の続きだ。
でも、大丈夫。これは俺の

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