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紫陽花の季節、君はいない 76

「柊司!『緊急』だなんて、あおいさんか子どもに何かあったのか?」
玄関のチャイムを鳴らすのも忘れて、俺は隣人の部屋に闖入した。

「あら、夏越くん。こんにちは。」
あおいさんは赤ちゃんの寝ているベビーベッドの前に立っていた。
赤ちゃんは俺の大きな声にピクリとしたが、そのまま眠り続けた。

どうみても何事かあった様子はない。
俺は柊司に振り回されたのか。

「おう、夏越。よく来たな。」
別室から柊司がやってきた。微かに墨汁の匂いがする。

「どういうことだ。緊急て言うから来てみたけど、何事もないじゃんか。」
俺が柊司を睨むと、柊司はハハハと笑った。

「うんにゃ、緊急かつ大事だぞ。
娘の名前を決めないといけないんだぞ?」
柊司は眠っている赤ちゃんの頬を優しく人差し指で撫でた。

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