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紫陽花の季節、君はいない 72

こんなに長く感じる夜はあの時以来だと思った。
紫陽が消えてしまうと知って、八幡宮の神楽殿で彼女を一晩中抱きしめていた時だ。

「夏越~、まだ生まれそうにないから少し眠ってていいぞ。」
と柊司が言ったので、俺は病院のソファーで少しだけ眠ることにした──


「──貴方のお友達の奥さんや子どもは、無事で済むかしらね」
八幡宮の紫陽花の森での、義母の冷たい台詞。
あの夢の続きだ。
でも、大丈夫。これは俺の不安が見せている虚像なんだ。

「あおいさんはきっと無事に子どもを生んでくれる!俺は信じてる!!」
俺がそう断言すると、義母は姿を消していった。

拝殿の茅の輪の向こうにあおいさんと柊司が立っている。
もう、これは喪失の象徴ではない。
俺は茅の輪をくぐった。

すると、拝殿の鏡から光の玉が現れた。

「…おいで。たとえ『君』が紫陽ではなくても、俺は『君』に会いたい。」
光に両手を差し出すと、光は俺の腕の中に収まった──


8月24日、朝。
あおいさんの子どもが元気な産声をあげた。

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