#7 毒親の生い立ち
毒親の親は毒親
よく見かける言葉だ。
私の祖母である、あの人の親も毒親だったのだろうか。
私が知る祖母は、あの人の継母だったそうだ。
いつ祖父と再婚したのか分からないが、継母としての悪口はよく聞かされたので折りが合わなかったようだ。
あんた達を産んだ時も世話してもらえなかった。
周りの妊婦さん達は実のお母さんが世話をしてくれてるのを見て、涙が出たわー寂しかったわーと泣くことがよくあった。
決まって最後は、継母に育てられたのにちゃんとした大人に育った。と言っていた。
実の子供にあんな暴言を吐ける人がちゃんとした大人だと!?
悪魔になっているのは気付いていない?!
子供ながらにいつも不思議だった。
歴史は繰り返すと言う。
もし継母にされた同じことを私にしているとしたら、祖母も悪魔だったのだろうか。信じがたいが確かめる術はない。
祖母
私が知る祖母は、知的でユーモアがあって優しい人だった。
本が好きで話が面白い。私のことは可愛がってくれた。
新幹線で数時間かかる遠方に住んでいたのでなかなか会えなかったが、夏休みに遊びに行くのが楽しみだった。
祖母の洋裁部屋には珍しいものがたくさんあって、一日中いても飽きなかった。畑にもよく連れていってもらった。
寝かしつけのとき、絵本を読むのではなく、祖母が即興で作った物語を面白おかしく聞かせてくれたのも懐かしい思い出だ。
祖父母の家にいる時は、あの人は悪魔にならない。祖父母とあの人が言い争っているのも見たことがない。
なので、穏やかな暮らしができるあの時間は大好きだった。
祖母の訃報
あの人は私に祖母が亡くなったことを知らせなかった。
大学生の頃はすでに家を出ていた私だが、ふとあの人との電話で祖母の話になったとき、そういえは亡くなったのよ。としれっと言われた。
耳を疑った。しかも数ヶ月前と言うではないか。
なんで教えてくれなかったの?お葬式も私抜き?なんで・・と責めたら、
知りたかった?私をいじめた継母なのに?あんた好きだったの?
まるで話にならなかった。
おばあちゃん、会いにいけなくてごめんね。ちゃんとお別れ言いたかったよ。私はいま幸せに暮らしているから安心してね。
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