30.夜道での別れ

飲み会の帰りは、最寄り駅前のミスドがまだ開いていれば酔い覚ましにコーヒーを飲むのが習慣になっており、その日もいつも通り立ち寄りました。

いつもはコーヒーだけの私がドーナツを2個トレイにのせ会計に追加したので、彼は少し驚いていましたが黙って支払いを済ませて私の待つ席へ持ってきてくれました。

本当はドーナツなんて全然食べたくありませんでしたが、私はコーヒーを飲みながら2個とも無言でたいらげました。
部屋に戻ったらこのドーナツを嘔吐して、彼に摂食障害のことを話そうと思っていました。

彼はいつもと違う私の様子に、戸惑ってはいるものの努めて普通な様子でした。
あのフラッシュバックの時以来、一緒にいて私の様子が急におかしくなるのは何度か経験しているので、また私にしか分からない何かがあったのだろうと思っていたのかもしれません。

ミスドを出て賑やかで明るい駅前を抜けて住宅街を歩いている時でした。

彼がふいに立ち止まり夜空を見上げて
「今年も花火行こうな」
と言いました。

付き合ってから初めて一緒に迎えた夏のある夜、彼に都内にある自衛隊駐屯地の花火大会に誘われました。
花火が上がり始めると彼が私に何か言いましたが、大輪の花火が夜空に咲く音と観客の歓声と夜店のモーター音でよく聞こえず、私が彼に顔を寄せたその瞬間、彼に口づけされた思い出の花火大会でした。

「…私行かない」
彼の数歩後ろで立ち止まり言いました。

どのくらいそのまま沈黙していたか分かりませんが、彼が私のもとに戻って来て手を繋ぎました。

ひとりでは通勤ラッシュの電車に乗れない状態の私が、あの観客の人混みに恐怖を感じているとでも思ったのでしょう。

「分かった、今年は行かない。また行けるようになったら行こう」
その愛情に満ちた彼の言葉を、間髪入れずに私は否定しました。
「そうじゃない!私は普通に食事ができない精神異常者なの。もう何年もおかしいままなの。こんな私と関わっててもいいことないの。だからもう私は一緒にどこにも行かない!」
そう怒鳴るように言い放ち、彼の手を振りほどき走ってその場を後にしました。

彼は追ってきませんでした。
不思議と涙は出ませんでした。

走るのに疲れた頃、夜明け前にサーフィンに行く時に朝ごはんを調達していた自宅近くのコンビニの灯りが見えてきました。
私の中の空洞が急激に大きく深くなった気がして吸い寄せられるように店内に入り、おにぎり、菓子パン、デザート、スナック菓子、冷凍食品、炭酸飲料などを手当たり次第、次々カゴにいれました。

大切なものを手離したこんな状況でも、過食嘔吐しようとする自分自身を、毎日毎日ただ吐く為だけに食べる化け者のような自分自身を、どうすればいいのかもう分からなくなっていました。






                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     


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