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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第二十七話 女で生きていく覚悟を決める

女で生きていく覚悟を決める

突然天秀尼を失った私は、片方の翼をもがれた鳥のようにエネルギーを失った。
彼女がいたからこそ、共に手を取り合い、女性の救済に向けて力を注げた。
その場所として東慶寺だった。
私と彼女は母と娘というだけでなく、同じ志を持つ同士としての絆でも無すまれていた。かけがえのない同志を失ったのは、夫や子を失った時とはちがう、帰る家を失った子供のように寂寞とした気持ちだった。
彼女を失った空白感は、自分が思う以上に深かった。
彼女の四十九日を終え、涙を流し切りカラカラになったタオルをさらに絞るように身体中の力をふり絞りようやく立ち上がった。そして彼女が生きていた時のように、これまでと同じように離縁に悩む女性たちのために動いた。けれど以前のような充実感ややりがいを感じられなかった。
お腹の底から湧き出る炭酸水の粒のようなワクワク感ややりがいがなかった。やっていることは同じなのに、炭酸の抜けた飲み物のように気持ちが抜けていた。

天秀尼を失った東慶寺は、それから約二十五年間もの間、住職が不在だった。尼は他にもいたけれど、幕府公認という責任の重さと格式の高さのため、どの尼でもいい、ということにならず、後任探しにとてつもなく時間がかかった。寺としての運営は成されたが、彼女のように力強く先導するものは誰もいなかった。
私も彼女が生きていた時と同じように援助の手は差し伸べるものの、これまでのように足しげく東慶寺に向かうことが少なくなった。どうしても東慶寺に行くと、彼女を思い出し辛かったのもある。

私はしばらくの間、部屋の中にこもり彼女を思い出して涙を流していた。
奈阿ちゃんは、はっきりと自分の意志を持ち、女性を救う、という覚悟を持って生きた豊臣の最後の姫だった。そして私はこの先、彼女のような女性に
もう会えないかもしれない、と思った。

そうやって暗い顔で部屋にこもっていたある日、刑部卿局に言われたの。

「姫様、天秀尼様のことを悼むのはよいとは思いますが、そのように暗い顔でじめじめしておられたら、天秀尼様が成仏できませぬよ。あの方は精いっぱいこの世でなすべきことを果たされ、彼岸に行かれたのです。なのに姫様がどんより泣いてばかりで袂を引き留めるようなことをしていたら、天秀尼様は心安らかに眠っておられませんよ」

年を重ねた刑部卿局の声はしわがれ小さくなっていたものの、その迫力たるや若い頃の比ではなかった。彼女の鋭い指摘は弾丸のように私の心を貫いた。下を向いていた私はハッ!と顔をあげた。
そうよ、私がずっとジメジメ落ち込んでいても何も変わらない!

翌日、私は奈阿ちゃんのお墓に向かい手を合わせた。

さようなら、私の愛おしいもう一人の娘。
本当によくがんばったわね。
ゆっくり休み、あちらで秀くんや産みのお母様と笑顔で過ごしてね。

そう祈っていると、奈阿ちゃんの穏やかな笑顔が浮かんだ。でもその笑顔に心が痛むことはなかった。私は奈阿ちゃんの冥福を祈り、別れを告げた。
こうして私は自分の気持ちに区切りをつけ、淡々とした時間を過ごしていた頃、家光に呼ばれた。

何事か、と急いで駆けつけた。向かい合って座った家光は、困った顔をしていたが、いきなり私に頭を下げた。

「姉上、姉上にお願いがございます」
驚いて何のことかと話を聞くと、側室の夏が懐妊したことがわかった。
めでたい話だけど、今年は家光の厄年。生まれてくる子に災厄がかかるのを怖れていた。家光は腕を組んだまま首をひねった。

「どうしたらいいと思いますか?姉上」

 私は閃いたことがあったので、家光の方に身を乗り出した。

「でしたら、私が生まれてくるその子の養母になりましょう。
そうしたら形の上ではあなたの子でなくなるので、災厄がかかることはありません。
そして側室の夏殿が無事出産を終えるまで、私の所で一緒に生活したらいかがかしら?
あなたは時間がある時に、様子を見にいらっしゃい。
それでなくとも、大奥では女同士の嫉妬もあるでしょう。
懐妊した夏殿が、嫌な目に遭わないためにも大奥から少し離れた環境にいるのがよいと思いますよ。
春日局には、私からも話を通しておきましょう」

家光の目が輝いた。

「姉上、そうしていただけますか!!」

「もちろんです。私でにきることは、喜んでさせていただきます。
あなたは安心して政に精を出して下さいね」
家光は重い肩の荷を降ろしたように、ホッと安堵した顔になった。

春日局は結婚したもののなかなか跡継ぎができない家光を案じ、家光が気に入りそうな女性たちを集め「大奥」という男子禁制の場を作ったの。
そこにはさまざまな境遇の女性達が集まっていた。
今回懐妊した夏は、もともと家光の正妻の鷹司孝子様の女中だった。
将軍お目見え以下という低い位だったけど、家光が大奥でお風呂に入る時のお世話係になった時、家光に気に入られめでたく懐妊したシンデレラガールだった。
だからこそ大奥では彼女を妬み、色んな嫌がらせやいじめがあったそう。
将軍の子を懐妊したことは栄誉で、他の側室たちと一線を画すことになる。
自分の産んだ子が時期将軍職の候補にもなるし、身分の保証や家族への待遇も桁違いのものとなるの。
大奥では、女たちの熱い戦いが日々繰り広げられているらしいわ。
時には陰湿ないじめもはびこる大奥の話しは、いつも私をゾクリ、とさせた。女の嫉妬は恐ろしい。生まれてくる子に罪はないのだから、私は夏殿を守ることにした。

こうして夏殿は私の住まいである竹橋御殿へ移ってきた。
夏殿は京都の町人の娘だった。
行儀見習いで嫁入りに箔をつけるため、大奥に働きに来ていたの。
それを家光に気に入られたのだった。
家光の側室達は、春日局の意向で良家の子女たちばかりでなく、町娘や罪人の娘など身分の高低をつけず、家光好みの女性を集めていたから、バリエーションに富み、ユニークな顔ぶれだった。
素朴で明るい夏殿と私は不思議と気が合い、大奥のナイショ話も聞かせてもらい、二人でお腹を抱えて笑った。
夏殿は来た当時、顔色も悪くつわりもひどく元気のなかった。けれど窮屈な大奥を離れ、風通しの良い竹橋御殿で過ごしていると、顔色もよくなりどんどん元気になった。そして翌年、元気な男児を産んだの。

出産を終えた夏殿のところに行き、まだ汗ばんでいる夏殿の額をふきながら
「よく頑張りましたね」
と声をかけたの。
すると彼女は泣きじゃくり両手で顔を押さえながら言った。
「無事、出産できなかったら私はどうなるのか、不安で仕方ありませんでした」
私は彼女の言葉に驚くと同時に、ああ、女性はこうやってまだいくつもの足かせをかけられているのだな、としみじみ感じた。
女であることは、生きづらいこと。

一人でいたら、親や世間から結婚を促される。
結婚したら、子を産むことを求められる。
子を産めば、その子が無事成長することを望まれる。

私の中に怒りに近い思いが種火のように生まれた。
女は男や世間の期待に添うために、生きているのではない!!
女はもっとしなやかに、したたかに、美しく生きていいはず。
そしてそこに自分が持つ女性性やセクシャリティーと言う妖しさを加えてもいいはず。

「もっと自由に女が、生きていける時代がくればいいのにね・・・」
私はポツリ、と口にした。
それを耳にした刑部卿局は、ため息をついて言った。
「そうですね。
今の大奥は、どう見ても女を閉じ込めている場所です。
閉じ込められた女達の思いは、怨念や執着となり自らをも攻撃してしまいます。徳川を存続させる一つの方法ではありますが、あまりにも哀しゅうございます。
現に家光様の正妻の鷹司孝子様は家光様と気が合わず事実上、離縁されているのと同じ立場で、大奥から追放されています。
けれど、孝子様からは何も申せません。
このまま飼い殺しのようにされ、ここで一生を送るのです。
同じ女として、あまりにも悲しゅうございます」

「本当にね・・・・・・」
私も孝子様は公家から徳川に輿入れし、夫から拒否され女として辛い日々を送っているのではないだろうか、と気になっていた。
私は二度も死別はしたけれど、二人の夫には愛されたし、私も愛していたから幸せだった。
愛のない結婚がどれだけ不毛なのか、孝子様の孤独を思うと、心が凍りつく。けれど弱みを見せないプライドの高さが、人を寄り付かせない。周りをシャットアウトし拒否している。
だから私も気軽に会いに行こうと思えない。

 女でいる事はむつかしい。
だけど女に生まれたからには、女を生きていくしかない。
女で生きていく覚悟を決めるの。

私はもっとしなやかに、したたかに、美しく、そして軽やかに生きていくわ!


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 愛し愛され輝いて生きるガイドブック

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