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「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第二十話 愛されていることに、自信がありますか?

愛されていることに、自信がありますか?

家茂様は二十一歳だった。
和宮様も同じ年で、そして愛する人を失った。
私が家定様を失った年に近い。
愛する人を失った和宮様の気持ちが、心に染みわたるほどよくわかる。
そんな時、心にぽっかりとブラックホールが生まれるのだ。
ブラックホールは、どこまでも深くて暗い。
愛する人を失った悲しみと辛さを吸い取り、ブラックホールはどんどん肥大する。
和宮様は生きる気力を失い、魂が抜け落ち腑抜けのようになっていた。
どんなことにも反応せず、目は空をさまよっていた。
身体からすべての生気が失われていた。

家茂様が亡くなられて数日後、あるものが和宮様に届けられた。
それは美しい見事な西陣織だった。
受け取った和宮様は、号泣した。
家茂様は、京都に出陣する前に和宮様に
「おみやげは何がいい?」
と聞いたのだ。
家茂様は元気に帰ってくる気、満々だった。
はにかんで甘えた表情で和宮様は、西陣織をねだったのだ。
その約束通り、西陣織が和宮様に届けられた。
和宮様は、その西陣織を胸に抱きしめ泣き続けた。
そして、このような歌を詠んだ。

「空蝉の 唐織ごろも なにかせむ 綾も錦も 君ありてこそ」

あなたが約束を守って西陣織を届けてくれたのは、もちろんうれしいわ。
でもね
この着物を身に着け私が見せたかったのは、あなたなの。
見てくれるあなたがいなければ、この西陣織の意味なんて、何もないのよ・・・・・・


そして、もう一首。

「三瀬川 世にしがらみの なかりせば 君諸共に 渡たらしものを」

この世で私が生きていなければならない、いくつものしがらみや理由や立場がなければ
私は今すぐにでも、あなたのところに行きたい。
あなたを追って、あなたと一緒に三途の川を渡りたいものを、それすら今の私には叶わないの

どちらも愛する家茂様を失った和宮様の悲しみが、痛いほど伝わるお歌だった。ああ、よくわかる。私も家定様を失った時、同じ気持ちだったからだ。

この西陣織はショック療法になった。
生きる気力も感情もブラックホールに飲み込まれ、のっぺらになっていた和宮様の心に大きな衝撃を与え、感情をよみがえらせた。
それは心から和宮様を愛していた家茂様からの最後の愛、だった。
和宮様に伝えた。

「あなたはこんなにも家茂様に愛されていたのです。
愛されたことを忘れてはいけません。
愛された自分に、自信を持ってください。
あなたの悲しみや辛さは、きっと誰よりも私が一番わかります。
私も家定様を失った時、この世が終わるかと思うほどの悲しみを体験しました。
けれど、私は家定様から託されたものがありました。
あなたと家茂様に徳川のバトンを渡すことでした。
それを成し遂げたら、薩摩に帰っても良い、自由に生きろ、と言われました。
けれど、私はこうやってここにいることを選びました。
徳川はこれからどうなるかわかりません。
けれど、あなたも家茂様から何か託されたものがきっとあるはずです。
だからこそ、こうやって家茂様からお約束の西陣織が送られてきたのです。
あなたへのギフトです。
 これはただ単に美しいだけの西陣織ではなく、あなたへのたくさんの愛とメッセージが込められた家茂様からあなたに託されたギフトなのです」

和宮様の耳は私の言葉をとらえ、泣き疲れてぼんやりとした目が私の顔に焦点を当てる。
「わたくしへのギフト・・・?」

「そうです。
家茂様はあなたに、生きよ!と言われています。
あなたはこれまで、たくさんの方に愛され守られて生きてきました。
けれど、あなたの本質はもっとお強い。それをあなたはご存じない。
本来のあなたは、ただ守られ愛され受け身で生きている方ではないはずです。そうでなければ、たとえどんな理由があろうとも江戸には来なかったはず。そして、この私と争えなかったでしょう。
この大奥に来られなかったはずですよ」

そう言って私は和宮様に微笑む。
和宮様は泣き笑いのような顔になる。
「天璋院様、わたくしは徳川に嫁いで来てよかったのですよね?
生まれてきて、よかったのですよね?」

「当たり前です!
和宮様は大奥に来られて、何を受け取りましたか?
家茂様からの溢れんばかりの愛を、受け取りましたね。
そして、これまでのようにただ愛されるだけではなく、あなたは家茂様を愛されました。
たぶん、初めてご自身から愛を差し出したのではありませんか?
あなたはそれを学ぶため、徳川に嫁がれたのかもしれません。
家茂様があなたに託したギフト・・・・・・
今はまだ、わからないかもしれません。
けれど、きっとわかる時がきます。
その時を私と一緒に見つけませんか?
私一人残され、ここできっときっとやることがある、と信じたように、あなたにもきっきっとやることがあります。
だから、私と共にここでそれを見つけましょう。
私があなたのそばにいます。
ここであなたは一人ではないことを、憶えていて下さいね」

涙を流しこっくり頷いた和宮様を、私は抱き寄せる。
後年、和宮様はこう言った。
「あの時の天璋院様の言葉が、あの後のわたくしを支えたのです。
家茂様を亡くした三か月後の八月に母を失い、その四ヶ月の十二月に兄である孝明天皇を失いました。
あの時の天璋院様の言葉がなければ、わたくしはこの世に残れなかったでしょう。
天璋院様の言葉が、わたくしをこの世に引き留めたのです。
本当にありがとうございま。」

家茂様を失った和宮様は落飾し、名を静寛院宮と改めた。
新しい人生の始まりだった。


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