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リーディング小説「美しい子宮~寧々ね~」第十四話 嫌な女ですか、わたくし?

嫌な女ですか、わたくし?

秀吉は、お市様の自害がとてもショックのようでした。
「寧々、どうしてお市様は死なねばならなかったんだろうなぁ・・・」
ぼんやりした顔でつぶやくのでした。
お市様ロスが秀吉の心を虚ろにしていました。

彼はお市様が北ノ庄城から姫様達と出てこられるのを信じ、心待ちにしていました。
お市様はわたしが裏から手をまわし、柴田様の妻になりました。
その時の秀吉は、とんびに油揚げをさらわれたような悔しい気持ちだったでしょう。
けれど柴田様の敗北が決まった時、今度こそお市様を手に入れられる!と秀吉は心の中でのろしを上げ、喜んでいたでしょう。
わたしもそれならば仕方ないな、と思いましたが、心のどこかでお市様の自害も予想していました。

お市様が今さら秀吉の側室になったところで、その先はありません。
男は手が届かない高嶺の花だからこそ、手に入れたい、と躍起になります。
けれどいったん摘んだ花に、興味を失うこともあるでしょう。
お市様はそんな秀吉の性格もわかっていた事でしょう。わたしが秀吉と最後まで添え、生涯心が通じ合えたのは、肉体関係がなかったからです。だからこそ、お互い純粋な愛を持てました。

秀吉はその後、何人もの側室を迎えました。
けれど、ほとんどの女性と長く関係を持つことはできませんでした。
ただ一人の女性をのぞいて。

男としての秀吉の心を一番射抜いたのは、やはりあの方でした。
お市様の長女で、一番お市様の美貌を受け継いだ長女の茶々様です。
後の淀様です。

わたしと秀吉の養女となった茶々様達ですが、わたし達と一緒に暮らすよりお市様の実家である織田家の方が過ごしやすいと思い、信長様の次男の信雄様にお預けしました。
わたし達は義両親として姫様達の行く末、つまり嫁ぎ先を考えねばなりません。わたしはあちこち走り回り、婿候補の目星をつけました。
ところが秀吉は、末の江から嫁がせるよう言うのです。

やっぱり。彼の言葉を聞いた時、わたしはハッキリ彼が茶々様に心惹かれていることを確信しました。
けれど彼は自分の気持ちを押し隠し、茶々様に接していました。
お市様の時のように無理やり自分のものにしようとして、茶々様が命を落とされることを怖れたのです。
秀吉は戦場での得意技は、兵糧攻めでした。
兵糧攻めは相手が籠城し食料を食い尽くし、降伏するまでじっと待つ戦法です。焦らず相手から自分の方におもねるのを待つのです。

秀吉から一番末の江様の嫁ぎ先を探すよう言われたわたしは、いろいろ見繕ってみました。
当時の結婚は、すべて縁つなぎのための政略結婚でした。
年若く無邪気な江様は、従兄の佐治一成様に嫁いでいただくことにしました。
ところが、小牧・長久手の戦いで織田信雄様と争い、そこに味方した佐治様が負けたことで、秀吉は江様を佐治様と離縁させました。
幸い結婚し一緒に暮らした時間もさほどなかったため、江様は心の傷もまだ深く負うことなく戻られました。

その後、秀吉は江様を秀吉の実の甥で養子の秀勝に嫁がせました。
ところでこの時期わたし達は、信長様からいただいた秀勝を病気で失っておりました。
秀勝の代わりに秀吉のお姉さまの次男を養子にもらい、秀勝、と名付けたのです。
秀勝は次男らしくのんびりした性格でした。
そういう大らかな性格が江様には良いかと思い、再嫁をお薦めしました。
幸い秀勝との相性も悪くなく、江様は嫁がれました。母親代わりのわたしはホッ、としました。

すると秀吉はすぐさま、今度は次女の初様の嫁ぎ先を探すように、わたしに命じました。
ははん、秀吉は茶々様を兵糧攻めにして、何より大切な二人の妹から離す作戦を取ったな、と思いましたよ。
一番年かさの茶々様にしたら、自分より若い妹たちが嫁いでいくのを、さみしいような悔しいような複雑な気持ちで見ているでしょう。そこに、自分が登場し、やさしい足長おじさんのような役目をし、茶々様の心をほぐす作戦ですね。わたしは、すべてお見通しです。

初様の嫁ぎ先は、従兄の京極高次様になりました。
龍子殿の弟です。
このご縁でしたら、わたしも安心です。
末永くお二人のご縁が続くことを祈りながら、初様を送り出しました。
とうとう茶々様は、一人ぼっちになってしまいました。

わたしはこれから秀吉がどうやって茶々様に近づくのか、見世物をのぞくように一歩引き、秀吉の恋模様を見ておりました。ドラマの中で主人公はそのシーンを生きるのに一生懸命なので、自分がどんな立ち位置かわかりませんよね。けれど一歩引いた視聴者は俯瞰し全体像を眺められ、それぞれの立ち位置がわかります。
わたしはそうやって、夫と愛人候補の恋ドラマを眺めることにしました。
自分が秀吉にとって何者にも変わらぬ女王である、と自負しているこその余裕です。

わたし達夫婦の秘密。
秀吉のわたしへの後ろめたさが、夫婦の絆を尚一層強くさせます。

嫌な女ですか、わたくし?
でもあなたにもそんなところ、あるでしょう?
相手の女に余裕を持てる時は、自分が優位な時。
女とはそういう生き物です。

胸を張って言えます。
わたしこそが、女王です。
誰にも何にも、侵されることはありません。
ええ、それは自信あります。

わたしはふっ、と微笑みながら手に持った白百合をポキン、と手折りました。白百合はお市様がお好きな花でした。
お市様に似た香りの強い艶やかな花。
その美しさが、毒々しく見えました。
あの方は亡くなっても尚、食虫植物のような自分のDNAを娘に残して逝ったのです。忌々しい。

手折った白百合が猫にでも食べられれば良いのに、と思いながら、わたしはポイッと庭に投げ捨てました。

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