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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第二話 もっとドラマチックに生きたいの!!

もっとドラマチックに生きたいの!!

わたしが主に過ごしている部屋は、秀くんがふだん過ごす場所と離れているの。大阪城、けっこう広いのよね。
だから秀くんがわたしに会いに来るのは、時間がかかるの。
これって、どうよ?!
夫婦ですけど、わたし達~。
秀くんが来るのを、ただ待つだけの毎日。
ひーまー(暇)

退屈そうなわたしを見て、刑部卿局がすごろくで遊んでくれたり和歌を詠んだりするけど、どっちもあまりすきじゃないの。
でもね、家来や侍女達の目もあり、ダラダラできないの。暇でも背筋をピシっと伸ばし、正座して上座に座っていなくちゃいけない。
「千姫様は、セレブですからね!」
刑部卿局は言うけど、ただおじいちゃまが徳川家康。パパが息子で跡継ぎの徳川秀忠、ママが織田と浅井の血を引いてて、そこに徳川がinされただけでしょう?

それがセレブだなんてワケわかんない、と首をかしげる私に刑部卿局が憮然として言うの。

「その出自を世の中で、セレブと申します。セレブでない庶民は、姫様がいつも食しておられる白いお米も、満足に食べられません
甘いおやつなどもっての他!一生に一度、口にできるかどうかわかりません。姫様のお布団は、ふかふかのあたたかいお布団です。
けれど庶民の中には布団もなく、震えながら寝るものもいるのですよ!」

わたしは思わず声を上げた。「え~っ、それ刑部卿局、見たことあるの?どなたか知り合いに、おられるのかしら?」

「えっ・・・・・・と、そのように庶民は苦労している、と聞いておりまする」

刑部卿局は目線を上に泳がせながら、しどろもどろに言った。

「まぁ、お気の毒な方がおられるのね。
わたしがその方達にお米やお布団、お持ちできないかしら?」

貧しくお米を食べられず、お腹のすいた民におかゆを入れた大きな鍋を持って行くの。そしてそれを器に盛り、みなに配り食べてもらうの。
粗末な寝床で寒くて震えている民には、あたたかい綿のつまったお布団をたくさん持っていくの。その布団を配り、ホカホカのお布団で眠ってもらうの。
みんな、喜ぶでしょうね。
みんな、笑顔になるわよね~。

わたしは目をつぶり顎を上げ、うっとりした。

「あ、また姫様の空想好きが始まった!!姫様!千姫様!!
もしもーし、ここに戻ってきて下さいませ!」

耳元で刑部卿局に怒鳴られても、わたしはまだ夢想していた。
でもね、貧しい食卓とか粗末な寝床のイメージがわかないの。
おかずは、お漬物とお魚?
粗末な寝床は、藁の寝床?
う~ん、想像力の限界だわ・・・・・・はぁ、と肩を落とし、庶民生活の想像をあきらめた。

庶民の町や生活なんて、一度も見たことがないもの。
こうやって刑部卿局から話を聞くだけ。
わたしには当たり前の白いご飯も、あたたかいお布団も、お城も、美しい着物も、おはじきも双六も和歌も。
生まれた時から当たり前にあるものは、ありがたいと思えないのよね。
わたしにとって、普通だから。
あるものは、あるの。
でもそうではない人達がいることは、知っている。
それは、寧々ママがお話してくれた。

寧々ママは生まれつきのセレブではなく、武士の中でもすごく下の方の出身だそう。いわゆる「貧しい」生活をしていたんですって。
秀くんの亡くなったパパはもっとすごくて、お百姓さんだったんですって!!
だから、白いお米やあたたかいお布団がありがたい、というのがよくわかるのだそう。
寧々ママはそんな生活から天下人の妻、北政所というセレブ中のセレブ、グレートセレブになったの。
でもそこから引退し、高台院様という尼様になり、公家の方とお茶したりランチしてらっしゃるわ。
それも「政治的おつきあい」と言うんだそう。なかなか大変よ、て笑いながら言ってたわ。
淀ママはわたしのママとあまり似ていなくて、ママよりもっと美人。
だけどいつも眉間に皺を寄せて、近寄りがたい。
淀ママは、徳川家がキライみたい。
わたしは秀くんの妻だけど、人質でもあるんですって!
大阪城に入り「千姫様は秀頼様のお嫁様だが、徳川からの人質だ。この婚姻はそういう意味だ」そんな噂を何度も耳にした。噂を耳にするたび、刑部卿局は怒りに燃え、淀ママに抗議しに行った。そしてママに手紙を書いて知らせた。

秀くんに嫁ぐ前に、ママはわたしの手を握った。
「あなたは秀頼様に嫁ぐけど、それは人質なんかじゃないのよ。そんなことありえない!秀頼様の母上は、私の姉上。姉上はお母様亡き後、それはそれは苦労して、わたしと初姉様を守って下さったの。
だからきっと、秀頼様に嫁ぐあなたのことも、大切にして下さるわ。
わたしからも手紙を書いて、しっかりお願いしておくから大丈夫よ」
わたしの手を握るママの手は痛いほど力が込められ、ママの瞳はウルウルしていた。

だけどわたしは気にしていないの。セレブ妻は人質、だなんてドラマチックじゃない?!わたし、わかったの。わたしの人生はドラマが足りない!
夫の母に疎まれるのは、よくあること。それも、当たり前で普通。
恋もないし。わたしはもっとドラマチックに生きたいの!!

刑部卿局が言うセレブな朝ご飯を食べ、お腹いっぱいになり、いつでも秀くんに会えるよう、朝起きた時に着た着物とは別の着物を着換えるため、部屋を移った。たくさんの侍女達に着つけてもらいながら、ぼんやり考えた。世の中に、困っている人たちがたくさんいる。
そういう人たちを幸せにするのがこの国を治める秀くんやわたしや徳川のおじいちゃまの役目。
でも、わたしに何ができるのかしら?
暇な時間をウダウダ過ごしたり、ぼんやり空想するだけ?
秀くんともあまり会えない。
会ってもお茶するかランチかディナーをご一緒するだけ。
食事しながらおしゃべりし、お泊りはほとんどないの。
つーまーんーなーいー!
ひーまー!!

そんなことを言いながら、大阪城でいくつか四季を迎えたら秀くんは十二歳で、右大臣に昇進した。
徳川のおじいちゃまはそれを機に、秀くんに会いしたい、と言ってきた。だけど淀ママは大反対した。秀くんはわたしに報告しにやってきた。
「千のおじいちゃまは、わたしにとってもおじいちゃまだ。
わたしから挨拶に行かないといけない。
そこに、千も連れて行きたい。
千はおじいちゃまが大すきなんだろう?
わたしも本当はお会いして、千のことやこれからのことを話したかったよ。
だけど母はみなが反対するから、今回は無理みたいだ。ごめんね。
 おじいちゃまに会えなくて」

秀くんは、がっくり肩を落としていた。
わたしは黙って秀くんの肩を抱いた。秀くんの肩に頬を寄せ、心の中でつぶやいた。

秀くん、仕方ないよ。
だって、まだまだわたし達、子どもだもの。
地位だけ与えられているけど、わたし達は大人の着せ替え人形。ひも付きの人形なの。

落ち込んでいる秀くんの背中を、上から下へ何度も撫でた。
秀くんはわたしの手をやさしく引き寄せ、手にキスした。
わたし達はどちらともなく、抱き合った。

すると、二人とも泣けてきた。
自分の気持ちもうまく伝えられないし、大人達の事情で動かされる自分たちの無力さや小ささが情けなくて、不甲斐なかった。
真っ赤な夕焼けが、わたし達をあたたかく包みこんだ。

わたしは秀くんに抱きしめられたまま、遠慮がちに聞いてみた。
「秀くん・・・・・・今日、お泊りできる?」
「お泊り・・・・・しようか!」
秀くんは、そう言って笑った。
予定外の行動だから、淀ママは逆鱗しちゃうよね。
だけど、わたしはめちゃくちゃうれしかった。
それからずっと手を握って、イチャイチャしてたの。
夫婦だけど、二人でいる時間なんてほんと、ない。
だからこの時間は、すっごく貴重!

夜、うれしくてなかなか眠れなかった。わたしは頬杖ついて、隣ですやすや眠っている、秀くんの長いまつげを眺めていた。わたしと秀くん、もっと平和でちがう時代に生まれ、恋人同士だったらきっと違ってたよね?眠っている彼に問いかけた。
いろんなしがらみもなく、自由に言いたいことを言って、バンバン喧嘩もしたら、もっと違う関係になれたよね?

今のわたし達は、お芝居をしているみたい。
同じお城の中にいるけど家庭内別居みたいで、一緒にいる時はお互いいいところだけ見せられる。
それって、生身の感じじゃなく夫婦を演じ合っている。
だけど今のわたし達は、こうやって生きるしかないことも知っている。
セレブとは名ばかり。大阪城という大きな鳥かごの中で飼われている鳥。そこから羽ばたけない。

今日もわたしは大きな鳥かごから、じっと外を眺める。
そして外の世界を空想する。
空想の世界でわたしはたくさん恋をするけど、相手の顔はいつも秀くんか、顔が見えない誰か。
その空想力の乏しさに、トホホだわ。

いつか、わたしも秀くんも自由にこの鳥かごを行ったりきたり出来たらいいな。淀ママとも、もっとランチしたりお茶したいな。ディナーも可!
朝は弱いから、モーニングは遠慮しとく(笑)わたしは両手を広げ、羽のようにはたはたと上下に動かした。横で刑部卿局はため息をついて、にらんだ。気にせずはたはた動かしたけど、袂が重いからすぐ腕が疲れ、両手を降ろした。刑部卿局がホッとした顔をした。

そうやって、鳥かごの中で過ごした時間は後でふり返えると、おだやかで平和な時間だった。

誰もわたしに、何も言ってくれなかった。
誰もわたしに、何も教えてくれなかった。

大切なものは、失った後になって気づくよ、と。

当たり前にあるものは、なかなかありがたいと思えない。
あるのが普通だけどそれを失った時、その大きさに気づく。

みんな、それを知っているの?

庶民も、知っているのかしら?



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愛し愛され輝いて生きるガイドブック

あなたが今、当たり前のように持っているものは何でしょう?

健康?家族?仕事?友人?・・・etc.

本当に大切なものは、当たり前の顔をしてそこにいます。

失って気づくのではなく、今気づいてもっと感じて大切にしたいですよね。



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