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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第七話 人に嘘をつく時は、まず自分に嘘をついて心をごまかす

人に嘘をつく時は、まず自分に嘘をついて心をごまかす

慶長十九年八月、秀くんは亡くなった秀くんパパの十七回忌の準備をしていた。十七回忌を行う京都の方広寺は、五年かけて大仏殿を作り、四月に梵鐘が完成させた。
秀くんはそこで大仏の開眼供養をする予定だったの。
ところが、その梵鐘に記された文字が大問題になった。
そこには「国家安康」と記されていたのね。

わかるかしら?
おじいちゃまの名前、徳川家康の「家」と「康」が離れ離れになっているでしょう?
こうやって名前を本人の許可なく分けるのは、この時代とても失礼なことだったの。どうしてそれを淀ママが許可したのかわからない。もちろん深い意味がなかったのだけど、徳川の方ではこのミスが鬼の首を取ったように大問題になった。
「これは家康の名前を分割したもので、豊臣は徳川家康の死を願っている」
と呪詛的意味を持っている、とまで言われてしまったの。
正直、これはまずい!まず過ぎる!!
わたしは刑部卿局と顔を突き合わせ、小声でひそひそ話をした。
「どうして、こんな手落ちがあったのかしら?」
刑部卿局は思いっきり顔をしかめ、ため息をついた。
「詰めが甘いのですよね。
ここしばらく大御所様が大人しくされていたので、気が緩んだのではないでしょうか?
それにしても、こんな失礼なことをなさるとは。
豊臣の家臣は、どうなっているのでしょう?!」

わたしは一番心配なことを聞いた。
「豊臣と徳川は戦になるのかしら?」
刑部卿局は口をつぐんだ。
その様子で、わたしはわかった。
豊臣と徳川は戦になる!
おじいちゃまが、わたしのいるこの大阪城を攻めてくる!

わたしはおじいちゃまやパパやママに、手紙を書くために立ち上がった。「姫様、どちらに?」鋭い刑部卿局の声が、背中を引っ張った。

「手紙を書くのよ。おじいちゃま達に。豊臣の非礼を詫び、許してもらうの」

刑部卿局は何も言わなかった。深く息をして静かに目を閉じ、開いた時は侍女を呼び、わたしが手紙を書けるように支度させた。私は早速机に向かい、手紙を書き始めた。でもなんだろう?以前おじいちゃまに手紙を書いたような、熱意が湧いてこない。豊臣に不利なこの状況を、どこかであきらめている自分に気づいた。その時、天啓のように言葉が降りてきた。それはこんな言葉だった。「猶予期間は終わった」

その時、わたしの中に絶望とあきらめに似た切ない気持ちが沸き上がった。おじいちゃまは、わたしと秀くんに猶予を与えてくれていた。
わたしが秀くんとのお子を産むのを待つ時間だった。
それは、おじいちゃまの抑止力になっていた。
だけど、わたしはおじいちゃまの期待に沿えなかった。
心のどこかでこのまま豊臣の一族になり、この大阪城に住み続けることを拒否っていたのかもしれない。

すっごく醜い自分の心の中を覗き込むと、こんなわたしがいた。
秀くんのことはすきよ。愛している。
でも秀くんの中には、農民出身の秀くんパパの血が流れている。
悲しいことに、それがどうにもこうにもわたしのプライドが拒否する。
わたしはママから浅井と織田の、パパから徳川と西郷という大名の血筋をもらって生まれてきた。
物心ついた時に、おじいちゃまが徳川幕府を開いていた。
徳川は秀パパが亡くなることで、どんどん上り坂になっていったの。
一方豊臣は、カリスマ性の強かった秀パパが亡くなり、幼い秀くんが残された。周りを固める家臣たちは、幼い秀くんには甘い。
淀ママは厳しく接していたけど、豊臣が凋落していくのは避けられなかった。
そんな沈みゆく船の中で、新しい命を産み落とそうと思う?
セレブ中のセレブのわたしが、自分の子に農民の血筋を入れたいと思うかしら?わたしのこと、嫌な女だと思う?
でもね側室さんのことを鑑みても、わたし達の時代は血筋や出自がすべてなの。

農民から上り詰め、下人になった秀パパは特別な存在。
そんな父親を持った秀くんだけど、彼は淀ママの血筋の方が強いみたいね。
整った顔立ちとおだやかな物腰、生まれ持った気品と品格があるの。
たぶん・・・・・・秀くんは養うべき家臣やしがらみがなければ、一大名になって徳川に与してよかったのだと思う。
でも、淀ママや家臣たちの思惑や期待を背負い、秀くんは自分の本音を通せなかった。
そんな秀くんは当然、家臣たちに人気があるから、みな豊臣の為に命を捨てるのをいとわなかった。
おじいちゃまにとって、それこそが脅威だった。

そんなことを思いながら書いた許しを請う手紙は、おじいちゃまの心に届かない。書いているわたしが一番よくわかっている。
寧々ママからの進言も、今回は役に立たなかった。大阪城は難癖をつけ、豊臣をつぶそうとする徳川と一戦交えるんだ!という熱い闘志に沸き立っていた。やる気満々の闘志がこの城に満ち満ちていた。そこでわたし達徳川から来たものは、息をひそめるようにそっと静かにしているしかなかった。

その夜、秀くんはわたしのところに来て頭を下げた。
「千、すまない。徳川と戦をすることになってしまった。
何とか、和平の道を見つけたかった。
どうにか戦だけは避けたいと思い、ずっと頑張ってきたが、わたしの努力が足りなかった。
千を苦しい立場にさせてしまい、本当に申し訳ない」

わたしは胸が熱くなった。秀くんの冷たい手を取って言った。
「秀くん、頭を上げて。
秀くんは、豊臣の主君なのよ。
皆を守るために、戦うのは当然よ。
わたしは秀くんの妻。
豊臣の女よ。
だから、大丈夫!
一緒に戦いましょう!」

ニッコリ笑って言った。
秀くんはうれしそうにわたしを抱きしめた。
抱かれながら、わたしは思った。

今の言葉、セリフみたいじゃない?これが、わたしの本心?
天井から、どこか冷めた目でわたしを見下ろすもう一人のわたしがいた。


人に嘘をつく時は、まず自分に嘘をついて心をごまかす。
わたしは自分の気持ちをごまかしたの。
そして秀くんに嘘をついた。
そんな自分がとても悲しい。
その嘘に気づきながら、わたしを抱きしめてくれた秀くんはもっと悲しいだろう。

わたしがよく使う魔法の言葉は、心がこもっているからその言霊は力を発揮し、魔法の言葉になる。
でも自分に嘘をつきごまかした言葉は、魔法にならない。
そんな言葉は、自分や周りの人に勇気や愛というパワーを与えない。
わたしは自分や秀くんだけなく、言霊をもごまかした。

秀くんはわたしを抱きしめたあと、戦のための会議があるから、と部屋から去って行った。きっと淀ママに、わたしと長く一緒に過ごさないように、と言われているんだろうな。わたし達は徳川のスパイだ、と思われても仕方ない。心に寂しく冷たい風が吹きすさんだ。

秀くんを見送った後、窓を開いて夜空を見上げた。漆黒の夜の闇に無数の星が瞬いていた。星に手を伸ばすが、当然届くわけもない。わたしの右手は力なく、かくん、と落ちた。わたし達は相変わらずこの大阪城という巨大な鳥かごに飼われた、つがいの鳥だ。羽を折られ、飛べない。わたし達に逃げ場はない。

わたしは空の上のどこかにいる神様にディスった。どうしろっていうの?神様。
わたし達はただ静かに暮らしたいだけなのに!!
神様のばかやろう!!
秀くんが去った後、ディスリながら泣いた。
震えながら声を押し殺して泣くわたしの肩を、刑部卿局が抱きしめて耳元でそっと囁いた。
「姫様、姫様は何も心配しなくても大丈夫です。
すべてわたくしにお任せ下さい」

その言葉の意味は、わからない。
それより本心から秀くんに伝えられなかった自分が、悔しくて情けなかった。

神様のばかやろう!!
千のばかやろう!!

そしてふと、こんな時、おばあちゃまのお市さんはどうしたんだろう?と思った。
嫁の実家と戦うことになったおじいちゃまにどう対処したの?今すぐ教えてほしかった。
お市さんに無性に会いたかった。

助けて、お市さん・・・・・・いえ、おばあちゃま。
両手を組んで、祈った。どこにも届かないSOS。
それはむなしくシグナルを鳴らし続け、わたしの中で響いた。

そして大阪冬の陣が始まった。


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