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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第十八話 愛は試すものではない

愛は試すものではない


私は幸せだった。
忠刻ダーリンや、熊ママや本多パパも幸せだったと思うの。

この時期、姫路城は喜びと愛と光に満ちていた。
姫路城下の民達も、城の外で私達の行列に出会うと、あたたかいまなざしを送ってくれた。
播磨の地はいくつか細かい争いはあったものの、穏やかで作物も豊かに実る良き国だったの。
それはきっとこの土地の神様が、私達をあたかかく受け入れてくれたからだと思うわ。
だから私もこの土地に敬意を払い、この土地の人達や土地神様を大切にした。

勝姫の黒髪のおかっぱと黒々と濡れたような瞳は、小姫様と呼ばれるのにふさわしい愛らしさだった。
舌足らずで「母上ちゃま」と話しかけ膝に乗ってくるさまは可愛いったらありゃしない!なあに、と答えながら膝の上に載せると、手に持ったおはじきを見せてくれる。可愛いものずきなプリンセスはみなに可愛がられた。
そして本多家の跡取りでもある長男の幸千代の可愛さは、勝姫とちがう可愛さだった。私は女の子と男の子、どちらも産んだからこそ、それぞれの愛おしさに気づいた。
男の子は母性と女性性の両方をくすぐり、ついつい抱きしめてしまう可愛い生き物だったのね!!
幸千代はその名前の通り、たくさんの幸を私達に与えてくれた。
ただ気になるのは、幸千代は勝姫に比べ身体が弱いことだった。
しょっちゅう熱を出し、赤い顔でせき込んだ。私はそのたびにハラハラし、乳母にまかせておられず、一晩中幸千代の手を握り、熱がひくのを待った。
幼い時は、男の子の方が身体が弱い、という話は本当だった。とにかく幸千代が無事に成長することを祈ったわ。

忠刻ダーリンは、これまでにも増し私を大切にしてくれた。
「千が本多家に来てくれただけで、ありがたかったのに、こうやって跡継ぎの幸千代や可愛い勝姫まで産んでくれた。
千は、僕にとって女神だ。
ありがたや~」

そう言いながら、私を拝むように胸の前で両手を合わせ頭を下げた。

「あら、私は女神様に決まってるじゃない!その女神様のダーリンも、神様よ」

私も同じように忠刻ダーリンの真似をし、彼を拝んだ。
お互いその姿がおかしくて、涙が出るくらい笑った。

私は本当に幸せだったの。
そしてこの幸せがずっと末永く続く、と信じていたわ。
でもね、今なら言える。あの頃の私に伝えたい。

「今の幸せを大切に味わってね。ジャブジャブ使い流さないで。
当たり前じゃないのよ。しっかり胸に抱きながら、過ごしてね」

それから三年後、可愛い盛りの幸千代はこの世から去った。
冬の寒い日に熱を出したあの子は、手厚い看病の甲斐もなく数日後あっけなくこの世を去った。
あまりのことに、呆然とした。

「なに?ついこの間まで私の膝に乗って、キャッキャッと笑っていたのよ。これは、夢?もし夢なら、早くここから抜け出したい・・・・・・」

目から水が噴き出した。
頬を伝い唇まで流れた水は、しょっぱかった。
それを「涙」と認識するのに、何秒か時間がかかった。
子どもを失うことが、身を切られるほどつらい事だ、と初めて知った。
流産で失うのと、生まれてきてから失うのは、比べようもなく悲しい。体にぽっかり大きな穴が開いたような喪失感があった。
だってね、昨日まで息をして手を握っていた子が、この世からかき消されたようにいなくなだったの。存在しなくなるのよ。何?これはマジック?私の心も頭もあまりに突然だった幸千代の死を、受け入れられなかった。

忠刻ダーリンも跡継ぎを失い、強いショックを受けていた。
憔悴しきった彼を見るたびに、私の心もクラッシャーで打ち砕かれたように粉々にされ、激しく痛んだ。
「申し訳ない、ごめんなさい」
幸千代の死が自分のせいのような気がし、自分を責め続けた。
忠刻ダーリンはうなだれ唇を噛んだ私に手を伸ばし、そっと私を抱きしめた。

「千、自分を責めることはない。幸千代は、そういう宿命だったんだ。
悲しくてくやしいけど、あの子の寿命だったんだ。
そう思わないと、やりきれないじゃないか。
僕達はこれから、まだまだ生きていかなければならない。
僕達さえ元気なら、これから子どもを作ることができる。
もちろん、だからと言って幸千代の代わりになどならないよ。
だけど、そう思って生きていくしかないんだよ。
僕は以前も言っただろう?
千がそばにいてくれたら、それでいい。
それに、僕たちには勝姫がいる。
まだ、子どもはいるんだよ」

そう言いながら、忠刻ダーリンも泣いていた。
私達はお互いをしっかりと抱きしめ、泣き続けた。

幸千代の葬儀が終わった。
熊ママが私のそばで、ずっと手を握ってくれた。
葬儀を終えた私は熊ママに抱きつき、泣きながら言った。

「泣きたい時は、泣いていいですよね?悲しい時は、無理に元気そうにしなくてもいいですよね?」

熊ママは私の背中を撫で、震える声で言った。

「それでいいのよ。それが、正しいの。
無理に元気そうに見せることはないの。
悲しい時は、素直に悲しめばいい。
自分の気持ちに素直に従っていいの。
それが、早く元気になる秘訣よ」

私達は本当の親子のように抱き合い、同じ痛みを受け取った。
今や私のママは私を産んでくれたママではなく、この熊ママだった。
熊ママには何でも打ち明けられた。

それから妊娠は何度かしたけど、流産を繰り返すことになった。
私はまたもら、あの呪いにかかってしまった。
「愛するものを失う怖さ、苦しみや悲しみを二度と味わいたくない。だったらもう子供なんて産みたくない」

自分でかけた呪いで、出産を封印したようだった。
赤ちゃんは私の子宮の中で息絶え、流れていった。

忠刻ダーリンを愛していて、愛されている、という自信もあった。
だけどもしかしたら無意識レベルで忠刻ダーリンのことを試しているのかもしない。
「跡継ぎを産めない女だけど、それでもよろしくって?」「それでも、まだ、わたしを愛せるかしら?」

誓ってもいいわ。頭の中では、チラリ、ともこんなことを考えていやしないのよ。だけど行動はそうなっていくの。
もちろん忠刻ダーリンの愛は、こんなことで揺るがない。けれど幸千代を失った私は後継ぎを失い女としての自信も、あの子と一緒に連れていかれたようだった。彼が後継ぎを作るために側室を作っても嫌だけど仕方ない。それを阻止するために、私は身ごもっては流した。

人は自分が愛されているかどうか確かめるために、人を試す。試す人は、自分も試されるのにね。
けれどこのままではいけない、と悟ったの。私は自分を嫌いになりそうだった。女のどす黒さで、側室も持たず私に尽くす彼の愛を試す自分に嫌気がさしたの。愛は試すものではない。こんなことを繰り返しても、誰も幸せになれない。だから、そこから抜け出すことに決めた。その間、刑部卿局は黙って私を見守っていた。

私は忠刻ダーリンにお願いし、私達の住む姫路城の近くにある男山に天満宮を建てた。
そこに嫁入りの時、魔除けとして嫁入り道具に入れてきた羽子板を奉納した。そして本多家の繁栄と私の邪な心を鎮めるようお願いして、祈ったの。
毎朝目が覚めると、西の丸にある化粧櫓から緑に包まれた男山が見える。
そこに建つ天満宮に向かい、手を合わせ祈った。

祈っている時は、心が静かに穏やかになる。
朝日が、男山を美しく照らす。
さえざえとした朝日は、私の心も明るく照らした。

朝日を浴びた私は胸に手を当てた。
そこに、確かにワイルドフラワーは咲いていた。
この花が咲く限り、きっと大丈夫。
そう、自分に言い聞かせた。


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愛し愛され輝いて生きるガイドブック

あなたは、誰かを試すようなことをしたことがありますか?

それは意識的にしていますか?

それとも無意識にしているでしょうか?

あなたはどうしてそんな言動を起こすのでしょう?

その中にあるあなたの本音は、何でしょうね?


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