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リーディング小説「お市さんforever」第十八話 悪いけど、あなたには抱かれたくないわ

悪いけど、あなたには抱かれたくないわ

福井の地で、新しい生活が始まった。
勝家は立場上、侍女や家臣の前で「そうだな、お市!」
と偉そうに下座にいる私を呼び捨てにした。私は殊勝な顔で、しずしずと頭を下げ「はい、勝家様」と猫をかぶっている。だけど閨で二人きりになると、勝家は布団の上で土下座し
「お市様!先ほどは申し訳ございませんでした~~~!!」
と平謝りに謝るのだった。白い夜着を身に着けた私は大ように構え、手をひらひらさせながら「いいのよ、勝家。あなたがこの城の主だもの。
家臣達に威厳を見せないといけないものね」と艶やかに微笑んで言った。勝家は布団に頭をつけたまま、髪をかきむしり「それはそうですが、お市様のことを呼び捨てにするなど・・・・・・ああ、わしは何ということをしてしまったんでしょう!!」と大げさに嘆く。

あ、あ、かきむしって落ちた毛が布団にたくさんついていく、と目で追いながら「ああ、面倒さ」と私はそっとため息をついた。勝家の自分責めのプレーは毎晩行われるの。Мっけ、強くない?!
今夜もまた同じような土下座プレーが始まりかけたから
「ああ、もうわかったから!」
と私は手を振り立ち上がって、娘達の寝床に行った。

最初は勝家の体面もあり、二人で横になって寝ていた。しかし嵐のような勝家のいびきに悩まされ、全然眠れなくなった。鏡に顔を映すと寝不足で目の下に黒いクマが出ていた。私達の本当の姿を知らない周りは「ま、寝不足になるほど仲のよい新婚さん」とはやしたてた。私は澄まして「そうねぇ~」と言いながら、鏡を見つめ、寝不足だとお肌に響き美容上、よろしくないから夫婦別室にしよう、と決めた。
女として身体の奥から蜜は出なくてもかまわない。
だけど蜜が出ているように見せかけるのは、女としての礼儀。
そのためにも、質の良い睡眠時間は宝なの。
それから私は花のような娘達のそばで、お香の匂いに包まれながら眠るようになった。穏やかな気持ちでいられるせいか、夢の中に愛おしい夫の長政さんは時々現れる。そんな時私は、ちょっぴり濡れる。

夜の完全家庭内別居の奇妙な結婚生活だが、娘達も心得ていて、家臣や侍女など人目のあるところでは「お父様!」と勝家を立てる。
可愛い娘達にそう呼ばれると、勝家は目じりを下げ「おお、茶々や、初や、江や」とうれしそうにデレデレする。むさくるしい男が多いこの城は、私や娘達の笑い声がするだけで、パッと花が咲いたように華やかになる。
勝家の家臣達もみな笑顔で、私達を見守っていた。
それは浅井の城にはなかった、あたたかいまなざしだった。
浅井の城では、舅やその家臣達の鋭いまなざしが時おり刺すように私を見ていつも牽制されていた。

私と娘達は勝家のことを、影でこっそり「髭もじゃおじさん」と呼んでいる。だが娘達は彼のことを嫌っているわけではない。彼女達なりにこの新しい環境や新しい家族に慣れようと、一生懸命努力していた。
勝家も新米パパだが父親の目線で、彼女達の機嫌を取ることなく、いいところは誉め、行儀が悪い事や約束を守らない時は、遠慮なく叱った。
だから私も人目があるところでは、求められた妻像を演じている。
こうやって私達は「家族」というこの世で一番小さな集団を、形だけでも懸理想的な家族にしようと懸命だった。

今日も勝家お得意の自分責めプレーが、今日はお酒を飲みながら始まった。私が盃に注いだお酒を
「わしがあの時、一緒に本能寺に行っていたら信長様は無事だったかも・・・わしだったら、信長様をお守りできたかも・・・」
と言い始めた。私はお酒を入れる手を止め、言った。

「あのね、勝家。
歴史に、もしも、とか、~だったら、とか、ないから!!
兄上は本能寺で襲われ、討たれた。これが事実よ」

「ですが、お市様・・・・・・わしは、悔しいのです。
光秀めにしてやられ、今回は猿にしてやられ。
わしは、もともと信長様ではなく弟君の信勝様に仕えておりました」

「もちろん、知ってるわよ。
あなた、さんざん兄上を敵視して歯向かっていたものね」


「あの頃のわしは、見る目がなかったのです。
 信長様は、信勝様とちがい懐の大きいお方でした。
わしはそんなお方を殺そうとしていたのです」


そう言ってはまたお酒をぐいっとあおって、泣き始めた。私はそんな勝家を眉をひそめながら見ていた。
昔の勝家は大酒飲みでいくら酔っぱらっても、強気で陽気になる酒飲みだった。けれど今の彼はお酒を飲むとすぐに兄上や昔の話をして、泣いてしまう。私が思っている以上に勝家は年を取り、気持ちも弱っているのかもしれない。私の中に前から感じていたが無理やり蓋をした嫌な予感が、蓋を突き抜け黒い煙となり心に立ち込めた。そんな不安を飲み込むように、私は勝家の盃を取り上げ、お酒を注いだ。そして自分でそのお酒を飲み干し
「ああ、もう泣かない、泣かない。
兄上は、勝家のことを恨んでなんかいないわ。大丈夫よ」
と勝家を慰め、背中を撫でた。

すると、さっきまで背中を丸めて泣いていた勝家は
「お市様!」
と叫びいきなりガバリ!と顔を上げ、私の手を掴んだ。
「な・・・・・・何かしら?」
そう言った私の手を掴んだ勝家は、そのまま私の身体を寝床に押し付けようとした。

私はノーサンキュー!!と身体を後ろにそらせた。
そして、さっと立ち上がり
「それでは、殿。お休みなさいませ」
と挨拶をし、そそくさと部屋から出て行った。部屋を出てもびっくりし、胸の動悸が止まらない。廊下を歩きながら怒りがこみ上げ、早歩きになった。

何?抱くのだったら、その辺の側女を抱いて。私をそんな欲望の相手にするのは、止めて。悪いけど、あなたには抱かれたくないわ。そう思いながら両手をきつく握った。私達は作られた「家族」。この理想集団の「家族」に色恋など、必要ない。それは、他の女に求めてちょうだい。そう心の中で本音を吐きながら、娘達との寝所に続く暗い廊下を歩いていた。

その時、真っ暗な庭で何かが光った。黄色の小さな光がいくつも庭を舞っていた。蛍だった。暗闇の中で小さく輝くほのかな蛍の光は、なんだかさみしい。その光は希望、にも、絶望、にも見える。
あたたかい夏の夜なのに、冬のような冷たいさみしさが足元から立ちのぼっり、私は両手で自分の身体を抱きしめ、その場に座り込んだ。そして愛おしい人の名を口にした。
「長政さん・・・・・・あなたが恋しい。恋しくてたまらない」


私が作りたかったのは、目的を同じにする理想家族ではなかった。
ただ無邪気に言いたいことを言い、笑い合える普通の家族だった。
いつのまにか涙が目元に溜まっていた。
やがて娘たちの部屋に近づくと、中から明るい笑い声が響いていた。
「ねぇねぇ、髭もじゃおじさん・・・じゃない、お父様に何を作ってあげる?」
「そうねぇ、ああ見えても甘党だから、お芋で何か美味しいお菓子を作ったらどうかしら?」
「喜んでくれるかしら?」私は涙をぬぐいながら、ああ、あの子たちは無邪気にこの家族を受け入れ、楽しんでいる、本当によかった、と思った。私はふすまに手をかけ、深呼吸をし笑顔を作った。


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