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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第五話 本当の答えのあり場所、知っている?

本当の答えのあり場所、知っている?

わたしにできることは、徳川のおじいちゃまにお手紙を書くことだった。

豊臣に嫁いでから、おじいちゃまに長らく会っていない。
だけどおじいちゃまはきっとわたしのことを覚えていてくれ、気にしているはずだと確信していた。

「おじいちゃまに、手紙を書きたいの」

形部卿局が侍女に紙と硯を用意され、彼女自ら墨をすってくれた。
その間、わたしは頭の中で、手紙に書く言葉を考えた。
形部卿局が黒々した墨を用意できたら、わたしは一気に手紙を書きあげた。

秀くんが、本当におじいちゃまにお会いしたい、と望んでいること。この国の為に豊臣と徳川が戦をすることなく、平和な国を作りたいこと。
そして、わたし自身も豊臣と徳川のかけはしになりたい、と強く思っていること。最後におじいちゃまの目で、しっかりとわたしの夫の秀くんを見て下さい、と書き加えた。

これこそ、徳川の姫だったわたしにしかできないことで、わたしだけができること。
それは、おじいちゃまへの懇願だった。
その時、なぜかすとん、と頭の中に「猶予」という言葉が降ってきた。
「猶予って、何かしら?」

わたしはおじいちゃまに何のために、何の「猶予」をお願いしているのだろう?突き詰めて考えるのが、怖かった。だからわたしはシャットダウンした。手からぽとり、と筆を落とし、机にうつぶせて眠った。
思考停止。「千、寝ます・・・ねます・・・ぐーぐー」心の中でつぶやき、やるべきことをやり終えた安堵感に満たされ、うたたねをした。

半分ウトウト寝入りしながら、わたしの意識は身体の中から抜け出して、現実を見ていた。刑部卿局は侍女に命じ、机でうたたねしたわたしを引きはがし、寝床に運ぶように命じた。そしてわたしが寝床に入った後、刑部卿局はママに手紙を書いていた。
侍女の中に、何人もおじいちゃまの間者もいる。
彼らは大阪城内の物音に耳をすませ、逐一おじいちゃまに報告しているの。
わたしや刑部卿局が手紙を書いたことで、彼らはすぐに動き始めた。ご苦労様だわ。
きっとわたしが書いた手紙の内容も、手紙より先におじいちゃまの耳に届くでしょうね。

寝床に入って半時した頃、廊下をから慌ただしい足音が聞こえた。何事か、と部屋の前に出た刑部卿局が侍女から話を聞き、転がるように部屋に入ってきた。
「淀様が、お越しです!千姫様にお会いしたいとのことです」

あんなに眠かった意識が吹っ飛び、わたしはシャキン!と目が覚め、布団から起き上がった。背すじがスッ、と伸びた。

淀ママが、いきなりわたしの住まいにやってくるなんて!
これがどれくらいすごいことか、というと、わたしが秀くんに嫁ぎ、この大阪城に住んでから初めてだった。
わたしから淀ママのところに行くことはあっても、淀ママがわたしのところに来るなんて!!
前代未聞だわっ!オーマイガー!

わたしは侍女に髪を整えさせ、お召しを持ってこさせ素早く着替えさせた。
鏡をのぞきこみ、寝起きのぼんやりした顔になっていないかチェックした。
そして、鏡に向かいニッコリわらいかけた。
「はい、明るく無邪気な千姫、出来上がり」
淀ママに会うにはパワーがいるから、深呼吸を三つした。息を整え、刑部卿局に声をかけた。
「お義母さまのところに行きます」

淀ママはわたしが来るのを、落ち着かない様子で待っていた。顔色が青白く目の下に隈が出来ていた。出されたお茶は手も付けられていなかった。
わたしが座るなり、待っていたようにわたしの手を取った。その手は冷たかった。
「秀頼が、徳川家康殿にお会いするのに京都に行くことは、知っていますね?」

「はい、存じております。」

「私は、何度も止めたのです。
 京都であの子に何かあれば、私はもう生きていけません・・・・・・。
だから、千姫、家康様に手紙を書いてほしいのです。
秀頼を無事に大阪城に戻してもらえるよう、家康様に手紙を書いてちょうだい。どうかお願いしま。」

そう言った淀ママは、畳に頭をなすりつけるほどわたしに頭を下げたの!
もう、ビックリしたわ。淀ママがどれほど秀くんを大切に思っているかよくわかった。プライドも恥も何もかも捨て、私に頭を下げたんだもの。わたしは慌てて淀ママに言った。

「お義母様、どうぞお手をあげて下さい。
わたし、先ほどもうおじいちゃまに手紙を書きました。
秀頼様はきっと無事に戻ってまいります。
だから、大丈夫です!」

淀ママはぱっ、と頭を上げた。青白い顔に頬が赤らみ生気が戻っていた。そしてわたしに抱き着かんばかりに身体を寄せてきた。

「本当に?本当なの?
信じていいのね。信じて大丈夫よね?」

「もちろんですわ。
秀頼様は、おじいちゃまに徳川と戦う意志がないことを、伝えに行くのだと思います。
おじいちゃまも立派になった秀頼様を見ると、やすやすと豊臣に向かってこれないことを知るのではないでしょうか?」

「まぁ、千姫!!あなたって・・・」

淀ママはうれしそうに叫んだ。

「はい、お義母様。わたくしは、豊臣の女ですから」

わたしはニッコリ笑った。
自分でもその言葉を口に出たのが、ビックリした。
「豊臣の女」なんだ!わたし。
嫁に来て、ずっと自分は婚家からはじかれている、と思っていた。
豊臣に嫁いでも、徳川の女、として見られていると思っていたし、自分もそうだと思っていた。
けれど、こうやって秀くんを思い守ろうとする気持ちは、やっぱりわたしが妻で豊臣の女だからだわ。

「千姫、よくぞ言ってくれました。
さすが、わたしの姪です。
江の娘です。」
淀ママはわたしを抱きしめた。

「よかった・・・・・・あなたが、江の娘で。わたしの姪で。
本当に、ほんとうによかった・・・・・・」

わたしは初めて淀ママに抱きしめてもらい、うれしかった。
ああ、ママと同じ甘い匂いがする。お香か何かかしら?

その時、ふっと思ったの。
「あれっ?秀くんはこうやって、淀ママに抱きしめてもらったことがあるのかしら?」

淀ママは秀くんにとても厳しい。
秀くんはわたしに
「わたしはね、母に抱きしめてもらったことがないんだ。
もしかしたら記憶にないだけで、幼い頃あったのかもしれないけど、母はいつもわたしに厳しかった。父が亡くなり、幼いわたしを豊臣の主にするために母はわたしを厳しく育てたのだろうが、やはりさみしかった」
秀くんの顔は、とても悲しそうで二つか三つの小さな子供のようだった。ほっておくと、どこか違うところに飛んで行ってしまいそうな薄い紙のようなお顔だった。

その話を聞いていたから、淀ママがにっくき宿敵の嫁のわたしが抱きしめられたのが不思議だった。裏を返すと、それだけ淀ママは切羽詰まっていたのだと思う。

そしてわたしは淀ママに提案した。
「あの・・・・・・高台院様にもおじいちゃまに宛てて、手紙を書いてもらえばいかがでしょうか?」

「高台院様に?」

「はい。高台院様にも協力してもらいましょう!
おじいちゃまは、昔父がこちらに養子に出されていた頃のご恩を覚えているはずです。
高台院様からの手紙も届けば、さらに良いかと思います」

「そうね!そうしましょう!
わかりました。早速一緒に高台院様にお願いにまいりましょう!」

そう言って淀ママは元気よく立ち上がった。そしてわたしを見て微笑んだ。

「千姫、ありがとう。心から礼を言います」

見るものをうっとりさせる、とても晴れ晴れとした美しい笑顔だった。
わたしの心はちくっ、と痛んだ。秀くんが望むのは淀ママのこの笑顔だ。わたしの笑顔では足りないんだな、と。
いつもニコニコしているわたしのあたり前の笑顔より、時々微笑む淀ママの笑顔の方が最強だ。
秀くんはこの笑顔を手に入れるなら、命を賭けちゃうんだろうな。
なんだか、負けている気がする・・・
いやいや、今はそんなことにかまっている暇はないの。とにかくみなで秀くんを守らなければ!!
ジェラシーを横に置いてわたしも立ち上がり、寧々ママに会いに行く支度をした。

こうして、京都の二条城で秀くんとおじいちゃまの会見が行われ、無事に秀くんは大阪城に戻ってきた。
おじいちゃまにわたしの想いは伝わったのかどうか、わからない。
もちろん、おじいちゃまからの返事はない。
でも、わたしは秀くんが無事に帰ってきた事が、おじいちゃまの返事だと信じている。
しばらくして、秀くんがわたしのところに来た。

「千のおじいさまに、お会いしてきたよ。」
うれしそうに報告してくれた。

わたしは秀くんの顔を見たら胸がいっぱいになって、思わず
「ビビった?」
と、しょうもない質問をしちゃった。

秀くんは真面目な顔で言った。
「正直、ほんの少し、ビビった・・・・・・」

わたし達は大笑いした。
大笑いしながら、心の中でこっそり思った。
わたし達は猶予をもらった。
なんの猶予か、わからない。
そしてこの猶予がいつまであるのかも、わからないし知りたくもない。

やっぱり突き詰めて考えるのが怖かったわ。
だから、無理やり蓋をして記憶の奥に押さえ込んで忘れたの。
ううん、忘れたふりをしたの。本当は、忘れちゃいけなかったのにね・・・

本当の答えのあり場所、知っている?それはね、一番見たくない所にあるの。本当に大切な答えは、一番見たくないところにある。

わたしはその答えを封印した。
見たくないし、知りたくないから。
封印されたものは、いつまでも残り腐り濁っていく。
後で開かざるを得なくなるのに、そんなことを知らないわたしはとにかく目をつむって逃げたの。一目散に逃げた。
あとで、誰かがどうにかしてくれるかもしれない、そう思ったの。お嬢様育ちのわたしの悪い癖。

だけど、誰もどうにもしてくれないの。当り前よね。
わたしの人生は、わたししか責任を持てないのだから。



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