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「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第八話 眠れない初夜

眠れない初夜

お式は緊張の内に終わった。家定様はお式の時に一度も私と顔を合せなかった。ずっと前を向き、視線をそらせていた。
嫌われているかと思ったが、それはあとで違うことがわかった。
けれどいっそ嫌われている方がましだったのかもしれない、と後で思い知った。
家定様は私に何の興味もなかった。
ただ御台所の地位が空いており、家臣や生母の本寿院様達にせっつかれ仕方なく私を迎えたようだ。

チラッ、と見た家定様は、お顔にあざがあったが端正なお顔立ちをしていた。だが無表情でずっと前を向いておられた。
家定様は生まれつき病弱で、幼少の時、天然痘や脳性麻痺を患われたそうだ。その影響でお身体は弱く、とても内向的だった、と聞いている。
生母の本寿院様は、赤ちゃんの頃から家定様の面倒をすべて乳母の歌橋殿に丸投げされていたそうで、家定様は歌橋様に大層なついていたそうだ。
これまでの結婚は初めの御台所の鷹司任子様と六年で、任子様は病死。
二度目の一条秀子様とのご結婚は半年。秀子様も病気で急死されていた。
その後家定様は大奥にはあまり通われず、お志賀の方という年上の側室がおられるだけだ。
というのが、幾島から聞いた話だった。

私はこれまで実家の兄上や兄上の友人たち以外の男性と接したことなどほとんどない。
兄上の友人に軽い好意を持っていたことはある。
初恋もあった。
けれどそれと結婚は別だと思っていた。
両親から結婚は、家と家との結びつきのためにするもの、と言い聞かされていた。
だから正直、結婚とは何か本当のところはわからない。
この結婚も、お役目あっての結婚だ。
つまり家と家との結びつきやお役目、という目的が先にある。
そのために、嫁いでいくのだ。
その嫁ぎ先がまさか、この国を動かすトップのところだとは夢には思わなかった。だけど、それは先にお役目ありき、だ。
そのために、家定様と仲良くなってこちらの要求を通してもらわねばならない。
確かにそうだかが、私は何か喉に小骨が刺さったような違和感を持ち、自分の喉をそっと押さえた。

家定様との床入りを待つ、真っ白い布団の上に座って考え込んだ。
答えを知っているようで、見たくない。気づきたくない。
モソモソするような居心地の悪さ。
何、なに?これは、と一人逡巡していたら、家定様が来られた。私はすぐに頭を布団につけた。
顔を上げると、家定様は初めて私の顔をまっすぐ見た。

「何を考えておる?」
「私はどうして家定様と結婚したのか、考えておりました」
「はっ!私が結婚したのは幕閣どもに言われ空いている御台の場所を埋めるためだ。しかも、そなたは薩摩から来た。
どうせ島津斉彬から、次の将軍を一橋慶喜にするようわたしに勧めるためであろう。そなたの魂胆はわかっておるわ」

家定様は吐き捨てるように顔を歪め、言い捨てた。私は驚ろいた。愚鈍な方だと聞いていたが、聡明な方だと気づいた。
「まぁ!そんなことまで、ご存知なのですね。だったら、私はどうしたらいいのでしょう?」
「そなたがここでするべきことなど、何もない。
ただ大奥にいてすきなように過ごしておればよい。
そなたはお飾りの御台じゃ。
私はそなたを受け入れるつもりはない。私は誰も受け入れない」

「側室のお志賀の方は、受け入れているのですか?」

「ふん、側室の一人くらいは持たねば、形がつかぬ。
 誰でもよかったが、お志賀が楽だった。それだけじゃ。
だがお志賀にも心は許しておらぬ。信じているものなど、誰一人おらぬわ」

「誰も信じないなど、さみしいではありませんか!」

「私はこれまで何度も毒を飲まされ、殺されかけた。誰も信じられなくて、当然であろう」

凍りつくような冷たい声で家定様は言った。そして布団に入りくるりと背を向けた。

「私はもう寝る。そなたももう寝るがよい」

しばらくすると、すうすうという寝息が聞こえた。
私は一瞬あっけに取られた。なんじゃこりゃ?!と思った時、じわじわと迫りくる黒い波のように不吉な予感に包まれた。
結婚は家と家の結びつきを深めるもの。
家と家が結びつく、というのはお互いの血筋をひいた子を産み出す、ということ。だが、お義父上は私に家定様の子を産めよ、とは一言も言われなかった。
次の将軍に、一橋慶喜様を推すだけのお役目を渡された。
子は家定様と睦まなければできない。
どうやって睦むかも、幾島は教えてくれた。
しかしもしかしたらお義父上は、家定様が私と睦めない、とわかった上でわたしを家定様の御台所にさせたのかもしれない。

私は急に息苦しくなった。この上なくふかふかの布団に体を沈めたが、意識は醒め、まったく眠れそうにない。

夜が更けても孤独感だけ増していく。私の中で静かな疑惑が目を覚まし、夜が更けると共に孤独感だけ増していく。
眠れない初夜。
この結婚生活は仮面夫婦でセックスレスなのか、と布団の中でため息をつく。ため息は失望と悲しみの涙をまとって夜の闇にとけていった。


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運命を開き、天命を叶えるガイドブック

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