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国語力を上げるにはどんな文章を読むべきなのか?

どんな読書が読解力に影響しているか

読書と学力の関係を調べていて、おもしろい論文を見つけたので記録的に書いておきます。どんなジャンルの本・文章をよく読む子どもが読解力テストの点が高いのか、という国際的な研究。

Jerrim, J., & Moss, G. (2019). The link between fiction and teenagers’ reading skills: International evidence from the OECD PISA study. British Educational Research Journal, 45(1), 181-200.

調査対象はOECD加盟国35カ国で、15歳の子どものデータ。2009年版のPISA(国際学力調査)の結果を用いて分析しています。

分析した読書のジャンル分けは次の5つ。

  1. フィクション(小説・説話・物語)

  2. ノン・フィクション

  3. 雑誌

  4. 新聞

  5. 漫画

結果から言えば、ほぼすべてのOECD加盟国(34カ国)で、フィクション(小説など)をよく読むことが読解力テストの結果に一貫して影響があり、それ以外の文章をよく読むことは、あまり一貫した影響が見られなかった、とのこと。たとえばノン・フィクションをよく読む子も読解力が高いという結果も出たのですが、よく分析してみると、フィクションを読む子とのデータ重複の影響が大きく、その効果を取り除くと、読解力に影響は見られなくなっていました。

ちなみにこの結果は性別、社会経済的地位、他の科目の成績、家族構成、学校の質などをすべて考慮に入れても、そうした結果となっていました。また、フィクションの読者が単に週に読む時間が長いということではないようで、読書時間を考慮に入れても、フィクションの影響は有意に見られました。筆者たちはこのような読書による学力への影響を、「フィクション効果」と呼んでいます。

ではなぜフィクション(小説など)を読むことが、読解力向上につながるのでしょうか?同研究では、さらなる分析の結果、フィクションを読むことが、より長い連続した文章を読み、理解し、解釈する能力と特に強い関連性を持っていることを明らかにしています。

「フィクションは通常、読者に大量の長い文章を消化させる必要があることから、この特定のスキルと特に強い関連性があることは、驚くことではないかもしれない。しかし、職場や個人生活において、途切れることのない大量の文章を読むことができることの重要性を考えると、小説を読むことが若者のこうした能力の向上に役立つ可能性があることは重要である。」

Jerrim & Moss (2019) p.196

日本では最近の学習指導要領の改定で、とくに高校生において、「実用的な」文章をより読ませるべき、ということで、フィクションが教科書から大幅に削られています(※1)。

こうした安易な方向性は、長い目で見たとき、また、国際的に見たときに、間違いであることが、本研究結果からは明らかといえるでしょう。子どもには請求書や契約書ではなく、物語を読ませるべきなのです。

※1 具体的には、2022年の改定で、高校国語での共通必履修科目の「国語総合」4単位が、「現代の国語」と「言語文化」各2単位に分かれ、「現代の国語」は論理的・実用的な文章とされています。「言語文化」には小説のほか、古典や漢文も含まれるので、どうしてもそちらの指導で時間がとられ、結果的に小説は、今までに比べてだいぶ授業で扱う時間が短くなってしまうようです。

補足

中日新聞にこのような記事が出ていました。

記事によれば、高校「現代の国語」で、小説を扱う(もう一方の「言語文化」で扱える余地が少ないから)という苦渋の決断をした検定教科書が、結果、現場の声とも呼応して採択率が高かった、とのこと。理由は大学受験でも必要なこともあり、現場の先生としては、もっと小説を生徒に読ませたいようですね。

それにしても、同記事内で、以下のようにありますが、

課程や教科書が変わる背景には、経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)で、日本の十五歳の読解力は2012年は4位だったが、15年は8位。新指導要領が示された18年には15位まで低下したことも挙げられる。インターネット上の文章から情報を探し出し、信ぴょう性を評価する能力や、自分の考えを説明する力が低かった。国は情報化の進展も踏まえながら、子どもの国語力の強化を掲げる。

(上記記事より)

PISAの点数が低かったから小説の扱いを少なくした、というのは、今回紹介した研究成果から言えば、まったくの逆効果ですね。ますますPISAの点数が下がるのではないでしょうか。教育政策をよりエビデンス・ベースドで行う必要があるかと思います。


さらに細かい補足

別の研究で、Cheema(2018)の研究ですが、読書好きの程度は読解力の有意な予測因子であるとしています。そしてそれは、国レベルで読解達成度の変動の 18%を説明できるとのこと。この分析は、先のJerrim & Moss (2019) と同じく2009年版のPISA(国際学力調査)のデータを用いて、65カ国を対象に行われています。

しかし、読書好きかどうかと読解力の間には、国によって異なる関係があることもわかっています。それは、主に高学力国や平均学力国において読解達成度と正の相関があったのですが、低学力国(主に途上国)では逆に、負の相関が見られました。つまり、読書好きであることは、途上国では読解力に悪い関連があったのです。

Cheema, J. R. (2018). Adolescents' enjoyment of reading as a predictor of reading achievement: new evidence from a cross‐country survey. Journal of Research in Reading, 41, S149-S162.

この原因について、 Cheema(2018)はまず、欠落した変数バイアスによって引き起こされた可能性があるとしています。つまり、見落としている重要な変数があって、それが影響を与えているのではないか、ということです。

しかし同時に、その国固有の経済・文化的な要因が大きいのではないかとも Cheema(2018)は指摘しています。先に述べたとおり、同研究のサンプルに含まれる成績の低い国々は、一般的に発展途上国となっています。それらの国々では、学校における経済的資源が不足しており、娯楽用読書教材の量と質の両方が低いのではないか、と。そして、ひいてはそのような国々における読書の楽しみのレベルを低下させる原因になっている可能性があるのでは、とCheema(2018)は推測しています。

また、文化の違いとして、たとえば娯楽活動は時間の無駄とみなされ、親が子ども たちに読書を楽しむことを積極的に勧めない傾向の国では、 子どもたちは読書の楽しさをあまり評価しなくなる可能性もあるだろう、としています。

こうした経済的・文化的要因がどれだけ影響しているのか実際のところはわかりませんが、とにかく低学力国では、単純に(どんな本でも)読書を楽しむ人は読解力が高いというわけではない、ということのようです。


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