【柳の下に夏はない】
誰と仲良いのかわからない,実際誰とも仲良くない転校生「柳澤 沢夏(やなぎさわ さわな)」。8月1日,彼女からあるメッセージが送られてきた。クラス全員に。『親睦会』の招待が。
ちょっと奇特な男「神無月 水戸城(かんなづき みとじょう)」は招待先の柳澤宅へと訪問する。しかしその門前には,今は疎遠の幼馴染の女の子がいて……?
少し変わった,ちょっとは思春期な中学生たちが織りなす,青春群像劇のページが捲られる……
1
その日,25人の未読数が同時に増えた。
『
親睦会のご案内
皆様方
夜分遅くに失礼致します。
今夏の際からお世話になっております。柳澤 沢夏(やなぎさわ さわな)です。
転校から早一月,皆様方との親交を深めたいと思い連絡致しました。
八月一日(日)夕刻
柳澤宅にて親睦会を開催いたします。
余興や料理など,皆様が楽しめる用意をしております。
以下は当日の詳細となります。
―中略―
それでは皆様。心よりお待ちしております。
柳澤 沢夏(やなぎさわ さわな)
』22:00
二年一組のクラスライン(名前は誰が名付けたか「二ノ一ノ△ノ」。どうゆうセンスだ?)には,クラスメイト30人のうち26名が参加している。普段事務的な連絡事項が流れるのみで,私的な発言は見かけない。
しかし今回はその「普段」には当たらなかったようである。
「親睦会のご案内」も私的といえば「そう」なのだが,中二の俺には数分の間を置いて投下された返信の方がより「私的」に映っていた。
『「え,待ってこわい笑」』22:05
『「「乗っ取られた?ww」」』22:06
『「「「柳澤さーん!おーい返事して笑」」」』22:06
『「「ぜったい乗っ取られてんじゃんwww」」』22:011
『「いや違うでしょ笑柳澤さんなんだから」』22:14
『「「「ちょっとわかるかも笑柳澤さーん。俺参加できるかもだけどまだわからん!」」」』22:14
『「「「「私予定あるので難しいです。」」」」』22:17
『「「「「「俺も〜」」」」」』22:17
以下略
要約すると,親睦会に参加が確定する人は誰もいない,ということになるだろう。
なんだか参加へは肯定的に見えて,その実意欲が見えない者ばかり,という印象を受ける。
しかし返信があるだけ良い方で,クラスの大半は既読・未読無視で逃れているようであった。
2
柳澤沢夏。国立振子中学校二年生。
同学年の中でもとりわけ背が低く,サイズに見合った小動物系の雰囲気を纏っている。
また袖が広く,ゆったりとしたシルエットの制服(サイズが合っていない)でいることが多く,柔和な笑顔と相待って小動物系のオーラを増長させている。
が,しかし,「柳澤」と聞いて,小動物(基本はハムスターなどを想像するかもしれない)のような可愛らしいイメージを抱くことはないだろう。
というのも,ほのぼのイメージを塗りつぶしてしまうほど太くてたくましい剛毛,これが手入れもなしに脳天からくまなく伸び放題なのである。
七月の頭に転校するというオマケもつき,彼女は早々にクラスの中で『奇異』な存在として認識されていた。誰の目から見ても,クラスに馴染んでいる,とは言い難い。なんなら誰かと過ごしている様子なんて見たことがない。
そんな彼女がいきなり「クラスのほぼ全員に自宅へ招待」したというのだから驚きだ。それはクラス全員同様なようで,ほのかなオレンジ色に染まり始めた教室の中からしばらく喧騒が消えることはなかった。
3
ここを右に曲がれば到着か。
教室に残っているのが俺一人になるのを待ち,柳澤宅に向かうことにした。
誰か一人でも向かうような雰囲気があれば,俺も例に漏れずに無視を決め込んでいた。しかしよくよく聞いてみると,そもそも柳澤の話は会話の端々にしか登場していない。基本はやれカラオケだのファミレスだのといったザ青春話で持ちきりだ。
俺は教科書類をロッカーに入れ,電子端末の「NOTE」のみをカバンにしまった。そのままスマホの位置情報アプリを開き,柳澤宅までのルートを検索する。どうやら学校から少し距離があるようである。徒歩で40分はかかるみたいだ。
あいにく自転車で優雅に登校する,というほどの距離に自宅はないため,俺は徒歩で向かうことにした。行き先はとうぜん,柳澤宅だ。
4
む。
築年数の平均が高さそうな住宅街の角を曲がると,目的地の柳澤宅が見えた。見えたのだが,これまた古びた門の前に,見知った奴が佇んでいた。
本 栞那(ほん かんな)俺の一つ下の幼馴染だ。左腕には赤の腕章。一年生の証だ。ちなみに俺は二年生なので,青の腕章をつけている。
俺のご近所さんで小さい頃よく一緒に遊んでいた。昔から引っ込み思案でおとなしい性格な彼女とは,俺の中学進学と同時に疎遠になっていた。
中学に入学してからは話したこともない。
彼女がなぜ柳澤の家の前に?
いくら学校が同じとはいえ,学年の違う柳澤と本に接点があるようには思えないが……。
とはいえ,他に人影はない。陽もゆっくりと沈んでいる。
本はその場から動く様子もない。呼び鈴を押さずに眺めているだけだ。
こちらに気づいていないのか,彼女が振り返ることはない。
門の脇に植えられている柳だけがゆらゆらと揺れ動いている。
ここまで来たら引き返す選択肢もなかったため,俺は本に話しかけることにした。
む,少々緊張するな。
「本ちゃん。神無月だけど。」
若干の気まずさを抱えているためか,足取りは遅い。
ふと,夕暮れ時にいきなり声をかけるとびっくりさせるかも,と思ったが,それは杞憂だった。
彼女は落ち着いた動作で振り返る。束のない細い髪を風と躍らせて。
「ん。神無月おにいさん。びっくりした。こんばんわ。」
感情がまったく表に表れてないんだが。柔らかな笑みはほとんど崩れない。
「ああいや,驚かせたようで,悪い。」
「こうして話すのは久しぶり,だね。」
多少覚悟をして臨んだ俺とは正反対で,彼女は穏やかな振る舞いだ。俺がここに来ることもわかっていたかのよう。
「2,3年くらい前かもな。」
会話が途切れる。二人の間で聞こえてくるのはそよ風だけ。
む。
落ち着いてはいるが,気まずいとは思っているんじゃないか?それとも会話を拒んでいるだけだろうか。
どちらにせよ会話の主導権はこちらが握った方が良さそうだ。
「本ちゃん,悪いな。ちょっとこの家に用がある。そこ通してくれないか。」
本は未だ微笑みを崩さない。かわいい笑顔をしているのだが,時と場合によっては不気味なものである。ちょっと見ない間にここまで雰囲気が変わるとはな。
「奇遇だね,神無月おにいさん。しおりも柳澤さんに呼ばれたんだ。親睦会だってね。」
「……いや,それはおかしな話だろう。……それともなんだ。親睦会メールってのは……。」
「全クラスに一斉送信。ふふ。思慮深い,頭いいねお兄さん。やっぱり凄いなー。」
話がはやい。もっとおっとりというか抜けていた子だった気がするが……。いや,これくらい普通なのだろう。彼女も俺も中学生。思春期真っ只中の成長度合いは人生で最も高いとどっかで聞いたことがある。
「じゃあやっぱり一斉送信したのか。なかなかな思い切ったことをしたものだな,柳澤さんも。」
「ああうん。そうそう。」
「む。そうなったとしても,本ちゃんが柳澤さんに?イマイチ繋がらないんだが。」
そうだよねー,と呟きながら本は左腕につけた腕時計をスッと確認した。
「時間も時間だし,とりあえず入ろうか。おにいさん。」
「まぁ,そうだな。」
今か今かと招待者を待っている(かもしれない)柳澤にも悪いか。
「ちなみに参加者はしおりたちだけだと思うよ。ここに来たのおにいさんだけだから。」
「なんだ?まるでずっとここにいたかのような語り口じゃないか。」
本が呼び鈴を鳴らす。低音でいかにもな鐘の音が路地で小さく響く。
「しおり一人だと心細かったから……。知ってる人来るまで待ってたんだ。おにいさんが来てくれてよかった。」
まぁ確かに。本は柳澤のクラスメイトでも同学年でもない。入るのを躊躇うのは当然か。
「なるほど。」
俺がそう呟くと同時にガチャっとドアノブの回転する音が聞こえた。
「あの……いらっしゃい……こんに,ちは。」
わずかに開いたドアの隙間から薄氷のような白い顔を覗かせたのは,「クラスの一員になった一週間,それ以降姿を見せていない」柳澤沢夏だった。
5
どういうわけか柳澤さんが顔を見せてから15分,俺と本は柳澤宅の玄関前にいた。
何やら親睦会の準備が整っていないようである。そんなに気合入れられると逆に楽しみにくいな……なんて思うと若干踵を返したくなるのだが,隣に本もいる。後輩である彼女を置いてそんな薄情なことはできない。
その本はというと,ずっとスマホをいじっていた。熱心に何やら打ち込んでおり,こちらに話しかける様子はなかった。
ドアの前で,タタタタとタップ音だけが響く。それを奏でる本の指はスラリと細い。
しかしその音色はあまり心地の良いものではない。さっき中断した話題でも振るか。そう決意し喉奥から言葉を搾り出そうとしたその時,再びドアがゆっくり開かれた。
「ごめ,んさい……。またせちゃいました……。」
「いや,大丈夫。柳澤さん。むしろ焦らされた分楽しみになってるかもだ。」
陽が暮れかかっているとはいえ,真夏の空の下待たされたのだ。わくわくなんてものはなくダクダクと流れる汗で気持ち悪かった。しかし柳澤さんはどうも俺の言葉を額縁通りに受け取ったらしい。ほんと?えへへ。嬉しいなぁとかボソボソ呟き口元を緩めていた。
「ところで,親睦会ってのはどんな内容なんだ?準備に時間かかっていたってことは……。」
片付け,レクリエーション,料理の準備などなど色々考えられそうだが,はたして。
しかし俺の予想とは裏腹に,彼女は親睦会の全貌を俺たちに語った。
「今回……の親睦会は……,『きもだめし』を行います!……は,ふ,ぱちぱちぱち…………げぼっごほっ!」
6
『きもだめし』そのワードを聞いた瞬間に俺は数歩後退し,表札がないか確認した。
きもだめしを自宅で行うやつなど聞いたことがない。とするとまず考えられる可能性は……。
表札は,あった。呼び鈴から少し離れていたためか,はたまた枝垂れた柳の葉に隠れていたのか,どっちにせよよく見ていなかったのだろう。
表札に刻まれてあった苗字は,『清門』。
瞬間,悪寒がした。本来ならあらゆる可能性を想起するべきなのだが,しかし,直感でこの家……廃墟は柳澤が無断で使用しているに違いない,そう感じた。よく見れば庭は荒れ果て,郵便受けはボロボロだ。人の気配が残ってなさすぎる。
だが所詮は直感。事実確認は必須だ。確認,すべき……。
俺の口は開かなかった。
動かそうと,声を出して問うてみようと脳に呼びかけるが,いいややめておけと拒絶されている。
確定させることを恐れている。
これは,親睦会だ,そう心の中で言い聞かせる。
「お兄さん。いきなり後ずさってどうしたの?柳澤さんの可愛さにたじろいだ,というならそう言っちゃいなよ。彼女の好感度はうなぎ登り間違いないと思うけど。」
本がにこにこしているが,俺はその発言で冷静さを取り戻した。少なくとも俺は柳澤さんをかわいいと思っていないことが整理できたためだ。ボサボサの髪,荒れ放題の肌はまるで自分がお化け役をやるのだと主張しているようだった。
「ああいや,すまない。ちょっと不意打ちで動揺しちまった。すまない柳澤さん。話を進めてくれ。」
俺がそう言うと柳澤さんは,しばしの間,え,えへへ……へへ。とか呟いていたが,なんとか持ち直したようだった。表情は緩み切ったまま戻っていないようだが。
「大丈夫。ゆっくり話してくれてかまわない。黙って聞いてるから。」
「あ,あり,ありが,と……。や,やさ,さ……。ん……。えと……仲良くなるためには,……自分の好きなものを知ってもらう。……大事って言われました。私その……オカルト……がその,す,好きで!なので,あのえっと,『きもだめし』一緒に回って……,みんなと仲良くなりたい,……って思って。」
予想はしていたがなかなか愉快な発想だ。そのぶっ飛んでる感じ,嫌いじゃない。……こいつヤバいぞ。
しかし乗り気かどうかは別問題だ。俺は今すぐにでも帰りたい。
「二人……も来てくれると思ってなかったから……嬉しい,の。さっそくは,入ろ!」
そしてその姿でお化け役じゃないのな。……あぁここまで来て帰れるわけもなし,か……。
「よしじゃあ行くか……。本ちゃんも行くのか?」
「お兄さんが行くならしおりも付き添いたい。それにここ,柳澤さんの家じゃなさそうだし,おもしろそう〜。」
本の言葉は耳に入っていないか,柳澤さんはドアを開け中へ這入った。
夏の陽は長い。しかしドアを閉じる際,なんの合図もなく陽は沈んだ。
7
家の中は当然薄暗く,電灯の一つも点っていなかった。覚悟はしてきたが,家の中も明らかに生活感がない。
俺はスマホのライト機能を使い,足元から数歩手前を照らす。うっすらと白く反射するフローリングの床はそこまで古くはない。加えてホコリがまったく見当たらないのも印象的だった。
隣の本も俺と同じく,スマホのライトで壁面全体をぐるりと照らしている。
玄関からは廊下が真っ直ぐ伸びていた。その左右に二つずつドアが設置。右のドアは曇りガラスが付いているため,リビングやキッチンの可能性が高そうだ。となると,全面木製の左側は,トイレや浴槽であると予想できる。また,どうやら一階建の一軒家のようだ。
しかし床と異なり,側面や天井は蜘蛛の巣や埃が積もっていた。この家の住民が生活をしなくなってからそこそこの年月は経過していそうだが……。
「柳澤さん,床は君が掃除したのか?」
「あ,はい……。転んだ時とか汚れたりして……嫌だろうなって……。」
「じゃ,さっきまでの間にしていたのは,掃除ってことか?」
「あ,はい……。そうなり,ます。はい……。」
まぁ,きもだめしというくらいだから,掃除だけじゃなく他にも準備していそうなものだが,果たして。
「よし,わかった。さぁ早速そのきもだめしとやらをやろうじゃないか。」
さっさとやって,一時間くらいでお暇するとしよう。妖怪や霊とか信じるタイプではないが,そう。長居は禁物だろう。不法侵入とかそういう意味で。
「きもだめし,というからには,ゴール,とかあるんですか?」
本が尋ねる。今は各部屋のドア付近や棚にある小物などをライトでチラチラ見て回っているようだ。ネタバレを配慮してか,玄関付近からは動こうとしないあたりは,昔の彼女らしさが感じられるな。
「はい。あ,はい,そうで,す。ルール,はこの家のどこかにあるお札,を取って,玄関のドア,に貼ること,です。」
「それ以外はないのか?」
「は,はい……。あ,ライト,はわ,わたし持ってきているので,……スマホはき,禁止にしま,す。」
雰囲気作りにも余念がないようである。その後も一度に多くを語れない柳澤さんとの問答が続き,細かなルールの整理を行なった。
① スマホを使わない(親睦会なので)
② 単独行動はNG。みんなで楽しむ(親睦会なので)
③ なるべく下の名前で呼んで欲しい(親睦会なので)
大きなルールとしてはこんな感じだ。③だけ少し気に掛かったが,このメンバーならまぁ問題ないだろう。……それにしても。なんか思った以上に真剣に親睦会を考えていたみたいだな,柳澤。
いや待て。真剣に悩んだ末が「きもだめし」なんだが……。まぁこれも彼女の個性なのだろう。それに変に着飾らずありのままの自分を曝け出しているのは多少好感が持てる。むしろかなり好きだ。一時間と五分は付き合うことにしよう,よし。
「うん。そろそろ始めよう。日も暮れているわけだしな。」
「しおりちょっとこわい……(にっこり)。昔みたいに私を守ってね?神無月おにいさん。」
そう言って本が俺の背後に回る。いい笑顔だ。昔と変わらない笑顔。ただ,昔と違い,その裏側では逞しく成長しているんだろう。無垢な感じ全然ない。
「おいおい,昔と変わらず臆病じゃないか,本ちゃん。安心するな,この懐かしい感じ。ところで柳……沢夏が先導してくれるのか?」
「わ,たしは,後ろで,に,います……。その,お札の場所も知っているので……。」
「あ〜そうか。そりゃそうか。」
と答えつつ柳澤からライトを受け取る。その瞬間,背筋をスッと撫でられた。本だ。
「あ,おにいさん,ごめんね。」
「お,おう。なぞられるの弱いからやめような。」
「そうだったよね……。なんだか怖がってそうだったから。つい。」
「一言もそんなことは言っていない。」
振り返りすらしなかったが,絶対に申し訳なさそうな顔はしていない。目の奥なんて意地悪9割,邪悪な瞳となっているだろう。
「じゃあ沢夏さんは私のお隣さん。あ,しおりは本 栞那って言います。「ほん」って名字だけど日本人なんだ。あと,みんなからは「かんな」じゃなくて「しおり」って呼ばれるから,沢夏さんもあだ名で呼んでくれると嬉しい,かもです。」
「あ,あの,しおり!さん……えと,かわいい,です,ね……。よ,よろしくお願いします!」
「ふふ……。おもしろい。沢夏さん。」
「え,ええ!?わ,私なんかおかしかったですか!?」
動揺したのか両手をオロオロさせる柳澤。その様子はまさに小動物だった。
「ううん。全然おかしくなんて……来てよかったかもです。」
「う,嬉しいです!私もです!あ,二人ともわざわざ私なんかのために来てくれて今日はありがとうございます。」
「今,今それ言うんだ。ふふ……。」
二人が仲睦まじくしている(ように見える)時点でこの親睦会は成功と言って差し支えないように思えるが,帰っていいだろうか?……いやまぁせっかく用意してくれたわけだから,せいぜい楽しむこととしよう……。
それに中学生の女の子一人が用意できるものなど高が知れている。リアクションくらいはしてやらないとな。
俺は右手のドアノブを回し,リビング(と予想)へと這入った。
見事予想が当たり,最初に開けた部屋はリビングだった。液晶に傷が入っている薄型テレビ,埃まみれで穴だらけのソファ,僅かに異臭のする冷蔵庫やキッチン,カーテンも年季が入っており,所々破れている。
玄関でも感じたが,なかなか雰囲気がある。また,この部屋も床だけは綺麗に掃除がされていた。
埃があると足跡が残るからな。俺らに札探しのヒントを与えてしまう。大方,準備し終わった後に気づいたのだろうけど。
所々抜けている,といえばそうなのだが……。彼女の場合,この親睦会に力を入れたい,という熱意はかなり強そうだ。
現状を変えるために自らを曝け出し,理解者を募ろうとしている,か。共感できなくもない話だ。
俺は腰や上腕二頭筋,はたまたうなじをツムツム触ってくる本をペシペシあしらいながら,手近のソファーから調査することにした。
8
それから20分ほど経ち,きもだめしを終えた俺たち3人は玄関近くの廊下に戻っていた。
お札は浴槽で見つけた。そして今さっき,玄関のドアに貼り付け終わったところだ。
すると,
「……うわああああああああああああああああああああああああああああああ」
そう絶叫したのは,暗所恐怖症気味の俺でも,大穴の本でもなく,主催者の柳澤だった。なんでだ。
いやしかし俺自身一度たりとも叫ばなかったことに驚愕している。それほどまでに,「ヤバい」きもだめしだった。さっきまで目に映っていたアレを,「作り物」として判断することができない。幽霊だよおばけ!
初めこそ子供騙しのこんにゃくが垂れ下がっており,逆にほのぼのとしていた。俺がライトを上に向けてしまったせいで楽々躱してしまったけれど。
ちなみに後で柳澤を脅かそうと思い,こんにゃくはハンカチに包みポケットへしまった。柳澤もそうだがこのこんにゃくも出番がこれだけなのは少し哀れだろうからな。
しかしその後突如としてクオリティは跳ね上がり,俺を恐怖のどん底へと叩き落とした。
まぁ一番叫んでいるのは柳澤なわけだが。
しばらく脳も体も動いていない俺はその場になんとか立っていた状態だったが,後ろにいた本は違った。今も柳澤の背中を摩り,宥めるべく声をかけているという余裕ぶりだ。
「どうしたの?沢夏さん。おにいさんがみっともなくしおりに縋りつくなら胸が高鳴るドッキドキだったんだけど……。まさかのサプライズにしおり,違う意味でドキドキしちゃった。」
という当の本(人)は,数歩進むごとに「おにいさん……(といかにも不安げに服の袖を引っ張る)」だの,「しおり…こわい…(といかにも竦んでいるかのように俺の右腕を両手で抱えている)」だの終始か弱い少女を演じていた。途中,本気で怖がっているのかと思い振り返ると,そこには恍惚めいた表情をする本がいた。この場を本気で楽しんでいるようだ。そして先ほどの発言はスルーさせてもらおう。
だんだん本との距離感も掴めてきた気がする。活発的だった昔と違い,今の俺は聞き手側に回った方がいいみたいだ。
「沢夏。まるで自分の知らないものが仕掛けられていた,みたいな顔してたぞ。リアクション芸人すぎて,恐怖が引っ込んじまった。」
「もぅ。おにいさん。さっきから塩だよ。対応がしょっぱいよぉ……。」
わざとらしくしょげている本を尻目に,柳澤へと目を向ける。このやりとりの間,彼女もいくらか落ち着いたようで,ゆっくりと口を開くと早口で話し始めた。
9
「ワタシトキドキフシギナコトオキルンデス!キョウミタイニ!キモダメシスルトキトカトクニナンデス!ロウソクガヒトダマニナッタリ,コンニャクガガイコツニナッタリ…。ヘヤゴトカワッテイルトキモアリマシタ!オマツリノチョウチンハニンゲンノカオニナルシ,カガミカラシラナイオンナノヒトガデテクルコトモアリマシタ!ボチニイッタトキモ。ハイキジョウデモ。……デモキマッテワタシヒトリノトキダケダッタ。コンナコトガオキルノ……。オトウサンモオカアサンダッテ,ワタシハバケモノナンダッテ!ナンデナンデナンデ!ナンデナノヨ……。ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ」
いや落ち着けよ沢夏(笑)
と軽く声かけるのも憚られるほど,彼女の語りには鬼気迫るものがあった。
様子がおかしい。
柳澤のリアクションに圧倒されてしまったが,「きもだめし」のクオリティは非常に高く,満足のいくものだった。ディ○ニーを超える臨場感があったと言ってもいい。それにもかかわらず,何かに怯え過ぎている。
どうしたものか。「こうなっている」原因が,イマイチ掴めない。ただし下手に口を出しても,余計に興奮させることになるかもしれない。
「おい,沢夏。いったぃ……。」
俺が声をかけた瞬間,今までに見たこともない鋭い形相で,柳澤が睨みつけてきた。
「うるさい!テメェは黙って震えていやがれ!腰抜け豚の出会い厨が!」
信じられない,というか信じたくないのだが,今の失礼極まりない発言は,沢夏のものだった。
一瞬この終盤で新たな登場人物が乱入してきたのかと周囲を見渡したが,当然俺たち3人以外誰もいない。
「おにいさん。ごめんね。ここからはしおりに任せて。」
頭の整理が追いつかない俺の前にしおりが立った。
「沢夏さん。しおりだけど,聞こえてるかな?」
未だ叫び続ける柳澤から返事はなかったが,虚だった目をギロリとしおりに向けた気がした。
「沢夏さん。あなたが知りたがっていることは,しおり全部知っているよ。でも,落ち着かないなら教えてあげないかも!」
はったりか,はたまた真実か,こんな時でも彼女は口元に可愛らしく両手を添え,声を出している。
が,パニックは止まらない。柳澤はぶつぶつと呟きながら両腕を抱え白いワンピースを掻きむしっている。
さらに会話を重ねようとしたのだろう。しおりが柳澤に向かい,一歩,踏み出した時……。
いきなり柳澤は,「どぉおおおおおおおおしてぇええええー!!!!」と,持っていたライトを本に向けて投げつけた。
鈍い音が廊下に響く。耳の裏から血が溢れ出してきた。俺の眼前には目を見開いた本の顔があった。
……こんな顔もできるんだな。
「神無月お兄,ちゃん……。」
お兄ちゃん,か。懐かしい響きな気がする。やっぱり,しおりはしおり,か。
「しおりちゃん。情報を提供してくれ。俺も手伝う。」
「いや,お兄さんは関係な……。」
関係ない……?何か知っているのか,こいつ。……まぁでも。
「これは親睦会だ。関係なかったとしても関係づくりはしたいんだよ,俺は。」
「そんな屁理屈……。っ……沢夏さんよりお兄さんの方が手間かかるよ……。もぅ。」
そうゆうことだ。諦めて協力してもらおうか。
「じゃあ悪いけど,しおりを守ってねお兄さん。」
「っ……おう任せな。」
バッと体を反転させると,沢夏はリビングのドアを荒々しく開けていた。
「お兄ちゃん!最悪自害するかも……止めて!」
本が言い終わるのを待つことなく俺は全力で駆け出した。
本当に訳がわからない。というか柳澤が自殺する可能性なんてどれほどあるというんだ。だってさっきまでただ笑って,驚いて……。でも今は本を信じて,踏み出すしかない。
乱暴に開いた反動で閉じてしまっていたドアを蹴破り,俺はリビングへと転がり込む。真っ先にキッチンへと目を向ける。いない。どこだ。いた。テレビの前!
柳澤の両拳はすでに紅く染まっていた。既にヒビ入った画面を割り,握り締めた破片を喉元に突き立て……。
「沢夏!」
ダメだ間に合わない。ちくしょう。法名違反だがやるしかない。命かかってんだ。
左腕に取り付けている青腕章の「非常時限定開放」ボタンをタップする。学外使用,事前申請なしで事後報告のため制限は食らってしますが,彼女の手を止めるだけなら十分すぎる。
「俺の諱は『神無月 水戸城』だ。」
申請を終えるとリングが赤く光り一言,『受諾』
同時に,腕章には能力名,【月は脇目に戸は先に】と表示された。
能力の概要は……複数あり冗長なので,今の状況に最も適したものだけ紹介する。
身体能力向上【中】(条件:他人助け限定)
つまりこの場合,足が速くなるだけ!実は俺肉体派ぁ!!!
「危ねぇからそれ離せ!!!」
床が軋む音がひどい。柳澤は止まる様子がない。手を伸ばす。届く。
…………届く……届くが,この勢いじゃ彼女を傷つけてしまう!
直前で踏みとどまるしかない。できるか?いいややれ!
そして破片と喉元の間に,俺の手を挟み刺されながら止めればいい。
血を流す彼女の手を,これ以上傷つけたくはない!
…………………………………………………………いや,それだって違うだろ。
目を覚ました彼女に,罪の意識は抱かせちゃいけないな。
さぁ何かないか。何か方法は……………………………………………………………!
柳澤の目の前でブレーキを踏む直前,ポケットに突っ込んでいたこんにゃくを柳澤の右頬に放り,ライトを消した。
ぺちゃん。柔らかいもの同士ひっついた音が耳に届く。
よし,よく見えないが当たった。後は……柳澤を信じるしかないな。
「ひゃ,ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
期待を裏切らない素晴らしい絶叫を耳にした瞬間,俺はライトを点灯する。
期待通り。柳澤の両手はパーに開き,頭の上でバンザイしている。お手本のようなリアクションだ。最近ギャグアニメもでも見ないぞ。
眺めているわけにもいかず,俺はその隙に彼女の懐へ飛び込み,両脇を抱えたまま壁の方まで押しやっていく。
もっと暴れるかと思ったが,案外大人しいな。
どうも手応えがないと感じ,彼女の様子を伺うと,こんにゃく(何と思ったかは知らないが)が余程恐ろしかったのだろう。柳澤は失神していた。
10
「『X転』って聞いたことある?おにいさん。」
「バッテン?マルバツののバツのことか?」
両手で○と×を作る俺。
「違うよー。そっかーまだ知らないか。」
どうだろう。詳細でも聞けば何か思い出すだろうか。
「『X転』は,簡単に言うとその人の「性格」が正反対になっちゃう現象のことを指すの。Xは間違い,誤りの意のXだね。誤りへと「転」じるでX転。」
うーむ。やはり聞き覚えがない。
「授業で習ったか?」
「ううん。習ってないかも。」
「割と常識的な感じか?悪い…俺常識とか割と疎くて。」
「うーん。別に……まぁ都市伝説くらいの知名度かな。この辺り一帯の。」
「ふーん。全然聞いたことなかったな。それで,そのバッテンとやらが今回関係しているんだろ?」
「沢夏さんがまさに今,その状態になっていたんだよ。そうだなぁ。たぶん【礼儀】が【無礼】にX転してた感じかな?まぁこうして落ち着いちゃったんだし,そこら辺はなんだっていいんだけど。」
「ふーん。」
なんか,X転する性格とか……既にかなり調べられている現象なのか……?
「ちなみに放っておくとどうなるんだ?沢夏は今回たまたま良い性格がX転したわけだけれど,悪い,というかネガティブな性格がX転したら,それは,実はいいことなんじゃないか?」
本の人差し指が口元で小さく×を作った。
「いい質問だね。おにいさん。でも重きが置かれているのは,問題視されているのはそこじゃないんだ。『何がX転するか』じゃなくて,『X転自体が悪』ってことなんだよ。」
問題視,世間一般的にだろうか,それとも研究者視点?都市伝説程度の知名度にしてはやけに具体的な考察が為されているようだ。俺が世間に疎いだけなんだろうが。
「と言うと?」
「大きく問題視されているのは,ん〜二つくらい?「X転」はその人の尖った「性格」を,180度捻じ曲げる。」
「アイデンティティの崩壊か。」
「うん。そうだね。本来自分が持ち得ない性格が突如として出現する。大抵の場合,自我意識がどうにかなっちゃうんだ。」
確かに。それを踏まえると,柳澤が狂人のようになっちまったのは,「X転そのもの」の影響じゃなく,「X転したことによる」脳の混乱が招いたもの,と一応整理できる。概ねこんな感じの解釈でいいだろう。
「二つ目は,『諱』の性質も変わるから。」
『諱』,いみな……これは知っている。というかさっき俺が使ってしまったやつだ。
『諱』は「自身の名前」と「性格」の組み合わせでその「能力」の効果が決まってくる,らしい。
例えば,俺の名前『神無月 水戸城』と,自身の特徴的な性格「御人好し(って言葉はおにいさんを元に創られたんだよ?とさっき本が囁いてきた)」によって,俺の能力は構成されている,らしい。
「まぁまだ学校で習ってないことだししょうがないよおにいさん。」
「まだ何も喋ってないんだが。」
「必死な顔しちゃってるんだもん。あやふやな知識思い出そうとして頑張っているんだよねぇ。うんうん。」
「うるさいぞ。」
「後,そうゆう時だけ顔整うから,しおり眺めるの好きなんだぁ。」
「普段は崩れていて悪かったな。」
……ということはそうか,黙っていればモテるタイプだったのか,俺。(※ちがう)
んー,む。となると,「性格」が変容する「X転」現象が起きれば,使用者は同じでも「能力」は大きく変動する,というわけか?。つまり……。
「つまり,「X転」によって,未知の化け物が世に放たれることになる。いい方向に働く「能力」もなくはないけど,それ以上に被害者が出るリスクの方が高いんだ……。」
能力の暴走。使用者の自我の崩壊。
未だ脳裏にはっきり残っている「柳澤の自殺未遂」を思い返す。
「しかし本ちゃん。沢夏には本当にその「X転」現象とやらが起きていたのか?沢夏が自我を見失った。これはまぁわかる。ただ性格が急に変貌したのは何も「X転」特有の現象じゃないだろう?押さえつけていた自分を解放しただけかもしれない。それに,彼女がドウシテ連呼後に,つまり取り乱しちまった後に,彼女が「X転」した能力を使用した様子なんてまったくなかった。……それとも何か?別のサインが,見分け方があるっていうのか?」
すると本はまつ毛の長い瞼をぱちぱちと鳴らすかの如く瞬きし,目を見開いた。え?そんなこともわからないの?って言いたそうな顔をしている。
「え……?わからないの?」
本当に思っていた。まぁレアなキョトン顔を拝めただけ良しとするか……。
え,む,なんだ。つまり見分けるピースは出揃っていると?…………あぁそうか。
「わかったぞ。『きもだめし』か。」
「そうゆうことだよおにいさん。具体的に言えば,彼女の「X転」は「不発こんにゃく」の後に起きていたの。」
こんにゃくターニングポイントすぎんな。
とはいえなるほど。
「「X転」時の能力は……,こんにゃくをお化けに変える,ってところか。」
「全然違うよおにいさん。それじゃあ名前と性格全然関係ないよぉ。「柳澤沢夏」と「無礼(予想)」が関係しているんだからそこから考えないと。」
「……そう単純なものじゃないんだな。」
「まぁ後ヒントになるのは『能力名』なんだけど,沢夏さん腕章付けてないんだよね。」
俺の能力名『月は脇目に戸は先に』は,「神無月 水戸城」の「月」と「戸」がセレクトされている。またおそらく,俺の性格「御人好し」も能力名に反映されたものになっているはずだ。能力名は,「性格」と「名前」を踏まえた上で,その能力の詳細を考察する材料になるのだが,今回はそれに頼ることは難しそうだ。
「でもしおりはわかっちゃった。能力のおおよその詳細は。」
柔らかな笑みを浮かべつつ,その瞳には,おにいさんはわからない?と挑発的な眼力が込められているようだった。てか絶対込めている。
「まぁコレ本筋じゃないし,もっと大事なこと考えよ。宿題ねおにいさん。」
「これ以上宿題を増やさないでくれ。」
夏休みの課題とかダルすぎて一切手を付けてない。なんでどの科目もプレゼンかレポートばっかなんだ。あぁ……俺も伝説の時代で生きたかった。
「というか,もう解決したんじゃないのか?考えるべき重要事項,まだあるか?」
「あ〜。おにいさん。X転って別に,「気絶すれば治る」ものじゃないんだよ?」
本は俯いた。視線の先には,あれからまだ目を開けていない沢夏が眠っていた。
11
「沢夏……。おい,沢夏……!」
本の膝上でくぅくぅと意外に可愛い寝息をたてている柳澤の肩を揺らす。
穴が空いているとはいえ,柔らかなソファの上はさぞ寝心地がいいのだろう。
「なぁ。わざわざ膝枕しているのって,柔らかいソファに座るためだったりするか?」
「いやだなぁおにいさん。私の太ももに存在するのは純粋な善意だけだけど?」
「善意だけじゃ膝枕は語れないぞ本ちゃん。俺の太ももを見ろよ。善意だけじゃなく肉もしっかりついてるぜ。」
「太ももどころか全身からわる〜い気がしっかり溢れ出ているよ?おにいさん。」
「ん,ん〜。」
ふぁ〜あ,と大きな欠伸をしながら柳澤が目を開けた。
目を擦って周囲を確認しているようである。あ,本の制服に目ヤニを擦り付けている。
やはり「X転」は終わってないようだな。
……いよいよか。俺はこれからすることを整理するため,直前までにしていた本との会話を思い出した。
12
「『諱』は生活を便利にするだけでなく,私たち一人ひとりのアイデンティティにもなってくる。それが個々人の唯一性を生み出す。だからこそ使用機会は限られつつも社会全体で広く認められてきた。」
今や「仕事」と呼ばれるそのほとんどがAIやロボットで補える時代だ。便利な反面,大人だとしても,自堕落な生活に身を落としがち。一方で子どもの知能指数の平均も格段に伸びているが,「必要なスキル」や「選択肢は多いが未来のない職業」が跋扈している。必然だろうか。自身に価値を見出せない者も増えた。俺は記憶にないが,一時期そうした様々な社会問題が表出していたという。
「『諱』が社会にもたらした影響は大きい。でもその一方で,予期せぬエラーが発生し始めた。」
「それが『X転』ってことか。」
「『諱』が生まれた反動なのかな。時々人が変わったかのように暴走してしまう人が現れ始めたんだ。」
「そうそうそれ,どうゆう人がなりやすいとかあるのか?それとも……」
「感染症のように誰がなるのかランダムかって?もぅ。おにいさんちょくちょく先読みするよね……もぅ。」
そう言いながら少し頬を膨らませる本。
「ムクれるのかよ。いやいいことだろ。」
「話し相手に華を持たせてあげるのが,モテる秘訣だとしおり思うの。」
まだ中学生だ。許して欲しい。……はぁ。この時代だと「中学生だから」は言い訳になりにくいのが辛いところだ。
「あ,おにいさん,話戻すね。さっきの質問に答えると,『なりやすい人はいる』の。」
「条件はあるってことか。」
「そうなの。通説では,『自分を愛せない人』って言われてるみたい。」
「自分」を,愛せない……。それを俺は,理解できない,ということはなかった。
「じゃあ,沢夏を元に戻す方法っていうのは,『自分を受け入れる』ってことか?」
「そういうことになるよ。」
「…………難しいな。」
自分を受け入れる,愛する,だなんて,口で言うのは簡単だ。SNSでもありふれている文言だ。けれど,声に出すよりも,手で打ち込むよりも,それは遥かに難しい。その理由は人それぞれで違う。一般論が,画一的で紋切り型のアドバイスが,無意味だなんてこと,ざらにある。
けれど,無理ではない。
「おにいさん。しおりならできるよ,「X転」を終わらせることが。」
もうわかる。言外にしおりは訴えかけてきている。解決するのが「しおり」でいいの?と。
あぁわかってる。今回,解決するのは「俺の方がいい」。だから……。
「本ちゃん。俺が「X転」を何とかする。沢夏を,元に戻す。」
待ってましたスマイルを浮かべる本。彼女も俺の決断を望んでいたようだった。
「というわけで本ちゃん。具体的な方法を俺に教えてくれないか?」
「え,いやだよ?」
先程までのエンジェルスマイルはそこになく,悪魔の微笑みが広がっていた。
気のせいだったか。何考えているかわかんないなこいつ。
13
会話を思い出してはみたが,これから何をするかのヒントは全然なかった……。なんなんだよ本の奴。
「あん?うちの眼前に汚物がいるんですけど。」
さぁて。俺はサバサバ系女子を嫌いではない。しかし目の前のこいつはただ失礼なだけの女子中学生だ。会話をしていて良い気持ちになるものではない。
だけれど,「柳澤の根底」は変わってないんだよな。
あくまで性格の一部が変わっただけ。
そう。「出会い厨」とか「汚物」とかはまぁ,心の奥底でちょっとだけ思っていた,ということだろう。
もほんっと無意識に近いレベルで微かに思っただけに違いない。
でも,だからこそ,「自分を受け入れ,愛する」これは不可能じゃないはずだ。
問題は,どうやって「HOW」を行うか,だ。
本は「しおりはできる」そう言っていた。
そして,俺でもできると,言葉にはしなかったがそう訴えかけてきた。
であれば,俺が知らない知識は必要ない。
そこまで複雑な手順をも踏む必要はない,と考えていいだろう。
俺の価値観を伝え,アドバイス?いや違う。
俺や本から「愛している」と伝える?いいや数時間前に会ったばかりだろう。それに他人から愛されることが解決につながるとは思えない。
あくまで彼女自身が「私は私でいい」と思う必要がある。
私のままでも……楽しいじゃないか,と……?
そうか。
本当に,単純なことじゃないか。
であれば,俺が言う言葉は………………。
「おぉい!黙ってんじゃねぇよ!!あぁ!汚物だから口ついてねぇってか!」
口だけは無礼だ。しかし,その場から動こうとしない。元々暴力に走る性格,「粗暴」ではないからだろう。
俺はまだ何やら罵詈雑言を捲し立てている柳澤の前まで足を進める。
そして膝をつき,柳澤の綺麗な瞳をじっと見つめた。
あれ…………案外かわいいんじゃないか,こいつ。
普段は手入れのされていないボサボサの髪やガッサガサの肌をしているため気がつかなかったが,目鼻立ちは整っている。それに綺麗な二重だ。
……これは今後の学校生活が楽しみだな。
「沢夏。」
俺はできるだけ穏やかな声で,嘘のない笑顔で一言だけ言葉を送った。
「今日の親睦会,めっちゃ楽しかった!ありがとう。沢夏と友達になれて俺,すげぇ嬉しい。」
14
エンディングはいつも突然だ。
二学期の始業式,二年一組はざわついた。クラスラインの「二ノ一ノ△ノ」ではなく,教室内で,だが。
耳を澄ませたところ,転校生もいないのに,いきなり美少女が現れた,というお話だ。
その日,クラス中で手のひら返しが流行ったという。ほんっと好きだよな,お前らそういうの。
15
「お,お疲れ様……です。み,水戸城,くん。」
ガラガラと部屋のドアを開けたのは新学期デビューを晴れて飾った沢夏だ。
「お,お疲れ。……ん?どうした,入って来いよ。」
ココは新学期早々俺が立ち上げた同好会の教室だ。
職員室で申請した俺の隣にはもう一人いたはずなのだが,何を躊躇っているんだ?
「どうしたんだよ?今日からココが『肝試し』同好会の教室だぞ。いわば俺たちの部屋と言っても過言じゃないな。…………何だ緊張しているのか?」
「い,いえ……。」
「じゃあ……,今日体育があって重度の筋肉痛だとか?」
「き,今日体育なかったじゃないですか……。」
「じゃあ一体何だってんだ……?」
未だ入り口でもじもじしている沢夏。今や髪ツヤのある長髪をふりふり揺らしているのが可愛らしい。
数分黙って待っていると,沢夏は口を開いた。
「あの…………。私音声レコーダーとか持っていますからね。」
「いや襲わないから!!!!別に二人きりだからって性的なアレコレとかしないから!!」
えこっわぁ〜。レコーダーとかガチなやつじゃんこっわ〜。
X転の時もそうだったが,俺へのイメージが悪すぎる。
最初エヘヘとかニヤついていたのは何だったんだよ。
それに俺,そんなオオカミっぽい見た目とかしてないはずなんだが……。
沢夏に何かした記憶ないんだが……?
まぁそんな危機管理意識が強いのも彼女,柳澤沢夏なんだな。
「あ,もうしばらくはここでいいです……入り口で。」
「しばらく入り口で立っている人と活動すんの俺!?」
はぁ……前途多難ではあるだろうが……。
16
「あれあれ?まさかしおりのことをほったらかして物語を畳むつもりじゃ,ないよね?」
「うぉびっくりした。搭乗の仕方こぇえよ,本ちゃん。」
10月の上旬。驚異的な暑さもようやくおさまり始めた秋の初め。銀杏並木の黄色が街景色大半を占めている。紅葉シーズンの到来だ。そんな銀杏並木から飛び降りてきたのが,今俺が抱き抱えている本その人だ。
「ほったらかすって。それをおまえが言うのかよ,本ちゃん。これでも心配はしていたんだぞ。」
そう,本とは親睦会のあの日から一度たりとも会っていなかった。しおり先帰らなくちゃいけない案件がはいちゃった!おにいさん,後はお願い!と言って以来の再会になる。
「しかも休学しているらしいな。今。」
こうして本を見ること自体久々だった。
「まぁ色々私も忙しいんだ。でももうすぐ復帰するかも?」
「だから俺に会いに来れたわけか。」
うんうん。と俺の腕の中でわざとらしく頷く。もっと可愛らしく頷いてくれ。振動で腕がキツいって。
「しおりがおにいさんに一つだけ聞きたいことがあった,って言うのが正しいんだけどね。」
「俺は山ほどあるけどな。……まぁそうだな。じゃあ俺も一個だけ聞いていいか?」
「おぉー等価交換を弁えているだなんて話が早いなぁおにいさんは。」
「会話は冗長になっているぞ。」
「もぅ。うるさいなぁ。」
ぷくっと頬を膨らませて抗議してくる。破壊力が高いからやめてくれ。
「おにいさんはさ。あの日「どうして」親睦会に行くことにしたの?」
……そのことか。わざわざ聞きに来たにしては取るに足らない質問だな。
「別に……大した理由なんてない。強いて言えば,性格かもな。」
「御人好し,かぁ。会話をしたことがない,見た目も良くはない,そんな相手から送られた『親睦会』に「性格」だからと向かったの?それも一人で。」
「……別に仲がいい奴はいるぞ。一応言っておくと。」
「友達が欲しかったから,っていうぼっち乙なオチではないと言いたいんですね。思ってないよ,一応言っておくと。」
「その言い方だと思っていそう。」
話を戻すね。と本は小さく咳払いをすると,両手で俺の首を囲い始めた。ついに。
お姫様抱っこというやつだ。……抱えているこの少女の顔はお姫様とは程遠い笑みを浮かべているが。
「「性格」は意思決定と明確に結びついている。それは疑わないけど,イコールではないんだよ?おにいさん。」
「どういうことだ?」
一応とぼけてみる。無駄そうだけど。
「つまり,「性格上」というのは建前で,本当は何か『別の目的』があったんじゃないかなって。」
……取るに足りそうだなぁ。まったく。
「……まぁお見事だ本ちゃん。やれやれとても質問が一つだとは思えないな。」
「一応一回だよ,おにいさん。はい約束。教えて?」
「暇つぶし。」
「しおり嘘きらーい。」
むしろ好きそうに見えるんだが。
「……目的ってほどでもない。「仲間」が必要なんだよ,俺たちには。」
その瞬間。その一瞬だけ,本の表情が曇ったように感じた。が,すぐに。
「仲間集め,というか『勧誘』!?おにいさん変な団体に所属とかしてない〜?」
と冗談めかしたことを言ってきた。失礼な,してないわ。
「ふふ。「仲間」ってかっこつけてるけど,結局友達欲しいだけだったんだね,おにいさん。」
ある意味で「X転」沢夏よりもタチが悪いんじゃないか?
「あーはいはい本ちゃんのターン終わり〜。次俺の番ね。」
「もぅ。冷たいんだから。」
ぷりぷりしてご機嫌な斜めのようだが,俺の腕も労ってくれ。プルプルでそろそろ限界だ。
ちなみに俺の家に向かっている。本の家も近所だしな。
「俺が聞きたいことは本ちゃんと同じだ。」
「ふーん。それでいいの?」
試すような目で下から俺を見つめてくる。
新学期始まってわかったことだが,この本栞那,一年生の女子でトップクラスの人気を誇るらしい。後輩の男子たちが図書室で激論しているところに鉢合わせたことがある。図書室ではお静かに。でも図書室で話したいのはわかる。
「全クラスに送信って,あれ嘘だろ?……本人に聞けばすぐバレる嘘をついた,これを杜撰だったな,と一蹴することはできるが,本ちゃんだからな。あの時点で姿を消して休学することは既定路線だったんじゃないか?」
「……それはどっちも答えないよ,おにいさん。」
「独り言だ。そうなってくると,本ちゃんの「目的」が何か,ってことが気になってくるのさ。さぁ最初の質問に答えてもらうぞ。」
じっと,本のくりくりとした目を見つめる。
……何も言わない。なんか恥ずかしくなってきたな。
「……ふふ。照れてるの可愛ぃ。首まで捻らなくたっていいのに。」
くっそ。なんかちょっとシリアスな雰囲気だったから油断してた。
「そういうの,いいから。答えて,くれよ。」
「揺らさないでー。わかったよわかったよー。答える答える。」
再び目が合う。瞬きもできない程に,彼女の瞳は美しかった。
「お兄ちゃん。守るためだよ,あなたを。」
17
日常は意識しなければあっけなく過ぎ去っていく。
それは青春時代だろうと例外じゃない。
けれど「何か」に残す。「何か」を見返す。
それだけで過ぎ去った日々は重みを持つ。
自己は意識しなければ形さえ作らない。
それは青春時代なら尚更だ。
けれど私たちには「名」がある。そこに込められた「想い」がある
それだけが曖昧な私に光をくれる。存在していいんだって,思える。
けれどこの世界は「X転」だ。ばつをつけざるを得ない。
しおりがそれを知ることになるのは,いつだっけ。
ペンを置き,しおりは閉じた日記を棚に仕舞う。
明日もまた,同じ時間に取り出すね。
しおりはベットに行っちゃうから。
あ,もちろん,栞はちゃんと挟んであるよ。だから……
To be Continued ?
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