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帰国日記④ノーカントリーフォーヤングウーマン

ホームシックにならないというのは、とてもラッキーな才能だと思う。

飛行機に乗って、次はここ、その次はこの国、と移動して生きるノマドワーカー的な生き方が、よく話題にのぼる。パソコンさえあればできる仕事なら、好きなところに旅しながら生活ができると。

海外に住むのに限らず、日本国内でも、拠点は田舎にあって、気の向いたときに都会に出てくるというような生き方。

スキゾ型の彼らは、ホームシックにはならないのだろうか?


私は3時間の眠りから覚め、ユニットバスでシャワーを浴びる。髪はすぐにべたついて、昨日洗ったのになんだかもう匂うようだ。
水は柔らかいというか、よく浸透するというか、しかしねばりつくような感じで全身を濡らす。髪がぎしぎしときしみ始めている。

お湯に浸かる習慣のない私も、綺麗に掃除された(少なくともそのように見える)浴槽があればお湯を貯め、半身浴をしながら文庫本を読む。

いつもと違う照明、いつもと違う水質、いつもと違うバスタブで、私のお腹は前より出ているみたい。

お湯から出ると、タオルで拭いて、昨日ドラッグストアで買ったマスクを顔に貼る。肌がすごく荒れている。顔の上下左右に吹き出物ができ、かさつき、疲れている。

廊下を清掃係の人が忙しく歩いている。

私は今日もこのホテルで過ごす。あと、11日・・・。


きのうの夜、私は姉と電話した。そのとき私は、「今回は時差ボケしないみたいだよ」と言った。姉はアジアの国で働いている。

けれど、時差ボケは時間差で来るのだ。そして、私の身体には、それが来ないということは無いのだ。

日本に着いた興奮と、日本への呆れや怒りの感情で昂っていた私は、眠れなくてもまあいいさと思っていた。3時間ほどしか眠れなくても、次の日は日中から夜半過ぎまで起きていて平気だった。そんな日が2日続いた。

今、身体はとてもだるい。起きたばかりだというのに、夜勤明けのように、眠くて仕方がない。

ぶ厚い窓の外から、朝の光が入ってくるのが、うっとおしい。冷蔵庫はほとんど空なので、スーパーに行かなくてはいけない。馴染みのない土地のイオンで、あのうるさいBGMと注意音とまぶしすぎる光にさらされて買い物をするのは、気だるい。


時差ボケの解消のためには、時差のぶんだけ日数が必要だという。
3時間の時差なら3日でラクになる。オランダと日本の8時間の時差なら、8日はかかる。

着いたばかりは興奮していて、時差ボケがないと思っても、数日後にガクンと来るのもよくあることらしい。
私は開いたスーツケースの中身を整頓して、日課の英単語のアプリをこなす。書き始めた小説のメモを進める。
頭がまるでまわらない。疲れていて、睡眠不足だ。

陽の光を浴びて、今いるところに体内時計を合わせるのが一番いいというけれど、私は遮光カーテンを閉めて真っ暗にした。そして枕元の電気だけを薄暗くつける。

オランダに置いてきたもののことを考える。

夫。ケンカが原因で私ひとりが帰国することになったものの、出発日までにはもうずいぶん話し合って、お互いをより深く理解し合った。夫と一緒でないと、ベッドが広くて冷たくて、眠れない。彼も、ひとりで寝るのは慣れないと言っている。
離れることで私はのメンタルの回復に集中し、夫も夫でひとりの時間を楽しむ。それは、ふたりにとって良いことだと、私たちは言い聞かせている。
前に進むための、未来のある離れ方ではあるものの、実際に夫がそばにいないこと、それだけでとても不安になる。

猫のシーサー。沖縄で拾った猫だ。夫がとても可愛がっていて、シーサーのためのいくつものおもちゃやベッドが部屋にはある。夫の可愛がりかたは、ひざに乗せて思いきり撫でまわすような溺愛というタイプで、私の可愛がりかたは、彼女の気の向いたときにゆっくり撫でること。シーサーは毎朝私を起こす。鼻先で私の顔を嗅ぎ、前足で頬に触る。彼女にえさをあげて、私はベッドを出て、そのまま英語の勉強をするのが習慣になっていた。

夫と一緒に始めた、作りかけの家庭をすべて、オランダに置いてきた。私たちが見つけた生活サイクル、協力し合うこと、話し合うこと。何を妥協し、何を妥協しないか、どうやってこの先を切り抜けるかというビジョン。

そういうことを思うと、こうして成田空港の近くの小さな部屋に今いる時間が、一体なんのためなのか分からなくなる。決まりを守っているに過ぎず、故郷の沖縄に物理的に近づくわけでもない、休止の時間。

沖縄が恋しくて戻ってきたのに、馴染みのない場所にいなければいけないことが苦痛だ。

そして、日本に感じる無数のカルチャーショック、それを感じること自体にショックを受けている。
衝撃が、オランダに行ったときに感じた以上に強いからだ。

水の質感が違うこと、空気の手触りが違うこと、それに私はしっくりとこないし、身体はここにあっても、そのことに納得していない。
オランダでは日本が懐かしく、日本ではオランダが懐かしいならば、私は永遠に満足しないではないか?
いつでも境界線をうろうろして、切ない気持ちを抱えたままなのか?

日本の食べ物は美味しいはずなのに、お米を食べてもとんかつを食べても、とくに何の感動もない。オランダで自炊していた、自分の料理が恋しい。

私はふたたび眠ったけれど、その眠りもまた浅いものだった。不吉な夢を見た。



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