ある父より
「ねぇねぇ」と僕を起こす声。
眠い目をこすりながら、笑いかける君を見る。小さな眼が僕を見つめている。そうだね、君が起きろと言えば、僕は起きる。僕は眠るのが大好きで、横着で、それに最近はいつも寝不足だから、王様でも弁護士でも大統領でも出来ないことを、君はやっているんだよ?なんてそれは大袈裟か。
君のお母さんが空の上へ旅立って、もう1年になる。男手一つで君を育ててきたけど、うまくやってこれたのか、自信はない。甘やかしすぎたかなとも思うけど、いい旦那さんになかなかなれなかった僕が君を怒るのを、天国のお母さんはあんまり良くは思わないと思うから。
夜寝る時に、まだ小さな小さな君の手が、僕の服のはしをぎゅって掴むと、僕はちょっとだけ、本当ちょっとだけだけど、強くなれる。このぐぅたらな僕が、仕事を掛け持ちしてまで日々日々頑張れているのも、君のおかげ。だからね、君が居てくれて、本当によかった。
職場の同僚たちは、「なんでそんなに働くんだよ」って口では言うけど、何だかんだ僕がもう一つの仕事をしている間、君のことや可愛いペット達に餌をやるのを任されてくれる。感謝しなくちゃね。
新しい会社では、僕は個人宅への訪問営業マン。それにしても人間って変わってるよね。僕がスーツで営業に行くと、2秒で断られる。人間の世界では見かけや職業も重要なんだ。いつか君がもっと大きくなったら、こういう事も教えてあげなくちゃならない。
でもね。
君のお母さんのように、見かけとか、職業とか、家柄とか、人種とか、そんなの全然これっぽっちも関係なく、僕を、僕自身をちゃんと見てくれる人もいる。君には、そんなことも、しっかり教えてあげなくちゃ。だって、君のお母さんが命をかけて教えてくれたことだから。
お母さんはさ、元々身体が弱くて、小さい頃から病気に悩まされていた。僕と一緒に暮らしていなければ、もっと長生きできたかもしれない。いい病院に入って、いい治療を受けて、もっと素敵な人生を送れたかもしれない。
いつか、お母さんのお見舞いに行った時、僕は訊いてみたんだ。「君はちゃんと幸せだった?」って。そしたら、お母さんは一瞬驚いた顔をして、「え?そう見えてなかったの?」って。「あなたと、この子にも会えたし、私の人生大正解よ」って僕と君を見て笑ったんだ。
片親が人間の、君がいつか大人になる為には、人間の世界のこともちゃんと知らなくちゃいけないと思うから。僕が色んなことを教えてあげられるように、広い人間の世界を自分のこの目で、しっかり見ておこうと思う。そしてそれを、ずーっと忘れないように、日々書き留めておくよ。人間の世界で僕が知ったこと、君に教えたいことや伝えたいことはもちろん、本業のトナカイの乗り方とか、煙突の入り方とか、それに、僕とお母さんが、君をとんでもなく愛していることとかも全部。
長くなってしまったけど、初めての日記はこれでおしまい。とりあえず思いついてやってみたけど、3日坊主にならないように気をつけます。もうすぐクリスマスだから、本業も頑張らなくちゃね。じゃあ、おやすみなさい。
あるサンタクロースの日記より
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