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リスボンの公園は、素朴でやさしさのある公園だった

「理想の公園」と聞いて何を想像するだろうか。
私は、6年前の春にたまたま立ち寄った、リスボンの公園を思い浮かべる。
特別なものは何も置いていない。とりわけ綺麗でもない。だけど、とても魅力的な名前も知らないあの公園。
「排除ベンチ」や「排除アート」の問題について耳にするたびに、なぜあの公園に魅力を感じたのか、その答えが見えてくるような気がした。

リスボンのとある公園での思い出

ちょうど6年前の2017年の春、イギリス留学中だった私は友人とポルトガルのリスボンに訪れた。

カラフルな外観の建物が並ぶストリート。
おもちゃみたいにかわいいトラム。
カラッとした気候に海。
滞在期間こそ短かったが、私も友人もすっかりリスボンに魅了された。

旅行の思い出として今でもその友人との話題に上がるのが、リスボンの公園での出来事である。

リスボンの街を歩くと、そこかしこに公園があった。
歩くのが好きな私たちなので、基本は徒歩移動だ。疲れたときに一休みできる場所が、街にたくさんあるのはありがたい。

私たちはリスボンの街中にある、とある公園のベンチに腰掛けた。
公園では子どもたちがサッカーボールで遊んだり、自転車を乗り回したりしている。
保護者と思われる大人たちは、公園内に設置された小さなカフェ(というより売店?)の席に座って談笑をしている。
飼い犬も、鳩を追いかけたりと公園で自由に振る舞っていた。

ここでは子どもたちや犬が遊んでた

そこへご老人が集団でやってきた。
子どもたちが遊ぶ広いスペースの隣には、机と椅子がいくつか設置されている。
そこで各々、チェスをしたり、お菓子を広げて茶話会を開いたりしているのだ。

チェスや茶話会を楽しむご老人たち

この公園で唯一のアジア人である私たちは、結局2時間ほどそこに居座り、公園の人々を観察したのだった。その間、居心地の悪さは、全く感じられなかった。

日本にもこんな公園があっただろうかと考えた。
小さい子どもからお年寄り、そしてリスボンでの私たちのような外国人まで、多様な人が違和感なく集える公園は、あるのだろうか。
私がまだ出会っていないだけで、日本のどこかにはあるのだろうとは思っている。

公園が排他的な場所になっていく


しかし、最近では「排除ベンチ」や「排除アート」の問題が目につくようになってきた。例えば、大阪・天王寺の「てんしば」、愛知・長久手市の「ジブリパーク」のベンチ、東京・渋谷の「MIYASHITA-PARK」だ。

「てんしば」はもともとは天王寺公園だ。天王寺公園やその付近は、ホームレスの人々が暮らしていたが、行政により強制的に立退させられた。その後、民間企業が公園を運営するようになり、商業施設の集まる綺麗な広場へと変容した。公園からは、アベノハルカスも近い。

渋谷区の宮下公園は、かつては区内外の人の憩いの場であり、多くの路上生活者が生活をする場でもあったという。しかし、2020年には、高級ファッションブランド店や飲食店が入る商業施設「MIYASHITA-PARK」になった。再開発に伴い、ホームレスのテントは撤去されてしまった。

ホームレスの人々を公園から強制的に追放する行為は、困窮者の抱える問題の本質的な解決にはならない。「景観を損なう」として、特定の人を排除しているに過ぎない。資本主義のもと、消費してくれる層の快適さを優先し、その能力がない人(低所得者層やホームレスの人々)は追い出す。
みんなのものであるはずの公園は、誰かのための公園になり、そのために邪魔な誰かには出て行ってもらうという、居心地の悪い排他的な場所になっているのではないだろうか。

包摂的な憩いの場としての公園

なにもないけど、自然とそこに人が集まる。「ここにいてもいい」と感じられる。
そういう素朴だが包摂的な場所があれば、路上生活者のような社会的に弱い立場人や身寄りのない高齢者を含めたいろんな人の孤立を防ぐことができるのではないだろうか。

リスボンの公園は、公園としてしっかりと機能していたように思う。
子どももお年寄りも外国人(私たち)も、みんな「ここにいていい」という感覚があった。公園がみんなのものだった。人を排除しない、やさしさのある公園。他人とのつながりや、コミュニケーションを生む場所。公園とは本来、こういうものなのだと思った。

もしかしたら、あの公園も姿を変えてしまっているのかもしれないけれど。

そして、再びポルトガルへ

あの公園が、変わってなければ良いなと思う。だからもう一度確かめに行こうと思う。
もちろん公園に行くためにわざわざ片道10万円以上の航空券を買うわけではない。
実は今年の夏から1年間、ワーホリビザを取得してポルトガルに住む計画だ。
(また別の機会に、経緯など詳しく書いてみたい)
6年前に訪れた時からずっと、一度はポルトガルに住んでみたいと思っていた。
私が「ここに住みたい!」と感じた理由を、今度はじっくりと時間をかけて街や人を観察しながら言語化していきたい。

6年前、インスタでこんな投稿をしていた

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