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パステルカラーの恋 1

あらすじ
SNSを通じて知り合ったさくらと美和。さくらは普通の男性。美和は女性装をして暮らすトランスジェンダー。二人はやり取りを通して親しくなって行く。やがて二人は実際に会う約束を交わし待ち合わせをする。それから二人の恋愛が始まる。
最初はぎこちないながらも二人はお互いのことを気遣い、愛情を深めて行く。東京で行われたイベントに参加したり、美和の実家をさくらが訪れたりする。ある日さくらのアパートで料理をして幸せな時間を過ごした帰り。さくらの運転する車が事故に遭い。さくらは重症、美和も軽症を負う。
その結果、さくらの両親が二人の交際を知り、反対し別れさせようとする。だが、さくらは松葉杖をついて美和の家に向かう。


本編

 この物語は一般男性と女性装者として生きる事を決意したトランスジェンダーとの恋物語である。

 私の名は香山桜という。女性っぽい名前だけれど普通の男であることに間違いはない。私はこれまでごく普通に生きて来て、初恋も同級生の女子だったし、その後に付き合った相手もそれぞれ皆、普通の女性だった。しかし私の恋愛はどれも長続きせず、あまり社交的と言えない私は女性から言わせれば、見た目は悪くないと思うが面白みに欠けるという。つまり容姿に釣られて付き合ってみたものの案外つまらない男だったという哀れな結末を迎える。その繰り返しばかりであった。あの日、美和に会うまでは。
 美和との出会いはSNSを介してのものだったが、私達はすぐに意気投合し、ネットの画面にお互いの話を書き連ね、何度も会話を重ねた。知り合ってすぐ美和は私に自分が女性装者であることを告げ、最初は聞き慣れない言葉やその心理状態に少なからず、何故、どうして、などの疑問を投げ掛けた。だが、その都度美和は丁寧に自分の置かれた状況やその時の自身の想いを拙いながらも真摯な言葉で私に語り掛けた。
 幼い頃より美和は親や学校から押し付けられる男子としての扱い、行動などについて酷く違和感を覚えたという。特に日々感じていた事は男物の服装を着せられるという現実。美和はその度に他人の服を無理やり着せられている気分に苛まれていたそうである。男女の差は思春期に入ると如実にその身体に差が表れる。美和の身体は無情にも男性としての特徴を少しずつ現し初め、彼女を悲観の日々へと突き落とした。その頃より次第に美和は外部に対して心を閉ざし始め、半引き籠もり状態な生活を余儀なくされ、それは大人になった現在も続いているという。
 美和がネットの世界で生きる活路を見つけ出したのは、そこでは性別を自らの意思で選択出来たからだという。その頃から彼は自らの名を美和と改め、自室にて通販で仕入れた女性服を身に纏い、髪を伸ばし、初めて自分の心が自然に落ち着くものはこれだと確信し、女性装者として生きる決心をしたのである。
 ネットを介して美和と会話をする様になって半年が過ぎた頃、私は美和にリアルで会いたい旨を告白した。ネットに貼られた画像を幾度となく見て美和の顔立ち、姿形、生活スタイルなどを知り、私の目には、もう美和は男性ではなく普通に素敵な一人の女性として映っていた。美和は私の申し出について随分迷っていた様子であったが、十日程経った頃に「逢いたい」との返事が届いた。
 
 私と美和の住まいは隣県であった。車で出向いても電車を利用しても2時間程で行き来出来る距離だ。だが、美和は車の運転が出来ない、そもそも車を所有していない。そこで当日の移動にも車が有った方が便利であろうと、初めての逢瀬は私が美和の住む街まで車で向かう事にした。
 待ち合わせたのは市内の比較的大きなカフェ。その店内の片隅で身を縮める様に俯いて美和は静かにバナナジュースを飲んでいた。写真で見た通りだ。私はすぐに近寄りテーブルを挟んで彼女の正面に腰掛けた。「待たせてごめん」という私の問いかけに美和は小さくかぶりを振って応えた。美和は白系のワンピースに水色のカーディガン姿で、薄いピンクの小さなバッグを隣の椅子に置いていた。爽やかな午後、開け放されたオープンテラスから心地良い風が吹き抜け、美和からだろうか時々甘い香りがそれに混ざった。
 互いに初対面という緊張は隠せなかったものの、私はアイスティを注文しひとときの憩いの時間を過ごした。会話は主に私が話す事が多く、美和は言葉少なに頷いたり小さな返事を返すのみであった。ネット上では饒舌に会話したものだが、初対面ではそれ程簡単に人と人とは直ぐに打ち解けられない。
 しかし私はそれまで文字と画像のみでしか知らなかった美和がそこに実在し、ジュースを飲み、小さいながらも発声し、呼吸をする、その表情や仕草のひとつひとつに感動を覚えた。
 暫くして最初の緊張も解け、和やかなムードになった頃、美和はバッグの中から小さなメモ紙を取り出し自分のテーブルの前に置いた。そこには私に会ったら伝えたい事を箇条書きで沢山並べて有り、それに沿って美和は私に、さくらに出逢えて本当に良かった。さくらは私を理解し受け止めてくれるただ一人の人だ。さくらの言葉に勇気を貰い、生きる力が湧いた。などと幾つもの感謝の言葉がそこに書き連ねてあった。おそらくこの日の為に何日も掛けて準備して書き留めて置いたものだろう。メモにして読み上げる、そうでもしなければ自分の想いを上手く言葉に出来ない、そう予測していたのだ。そう思うとその行為の全てが私には愛しく思えた。
 
 私達はカフェを出て車で少しドライブをする事にした。美和の住むこの街の郊外は森や湖が多く有り、空気のきれいな景観の良い所であった。車の中では美和の好きな女性シンガーの曲を沢山流した。爽やかな五月晴れの一日で木々の梢や鳥の囀りが静かに自然の音を立てて二人を包んだ。その頃になると美和はもうすっかり打ち解けて、溢れ出す想いを次から次へと言葉に変えて行った。その想いを耳にする度、私は今日という日が二人に訪れた事を神様に感謝したいと何度も思った。
 展望台で休憩を取った後、そろそろ帰るかと問うと、美和は私と離れたくない、もっと側に寄ってさくらを感じたい。そう口にした。それは私も同じ想いであった。あれこれ心の中でどうするか迷った末、誰にも会わずに二人だけになれる場所が良いという美和の言葉で私は決心した。緑に囲まれた中世のお城に似た小さなホテルに私達は向かった。

 部屋に入るなり私はたまらなくなり、美和を抱き寄せキスをした。カラダが蕩ける様な濃密な長い長いキスだった。私の舌はうねり美和の柔らかいそれと絡み合う。私は彼女の背中を強く抱き締めた。美和もまた私の身体を抱き締める。めくりめく時間の始まりだった。
 二人の愛の交歓は非常にデリケートなものであった。私は部屋に備え付けられていたローションを使ったが、美和の身体は敏感に反応し、ゆっくりとその身体を開いて行った。最初はゆっくり、痛がる様子が少しでもあればそこで止めるつもりで挿入していた。だがそんな私の躊躇いを美和は察知したのか、突然「突いて」と涙声で叫んだ。その刹那私の脳内がかーっと熱くなった。腰を激しく前後に動かす。美和の身体は艶かしく淫らに悶え狂う。溢れる滴、飛び散る飛沫、獣達は互いに咆哮を繰り返した。

 最後は美和の身体の中に果ててしまった。
 美和は私の胸に顔を埋めてさくらの匂いがすると言った。行為そのものより互いの身体を密着させて抱き合う、そしてキス、それだけで充分満たされた。白い部屋の中でふたつの裸体はまどろみ、蕩けてしまいそうな時間を彷徨い、暫し宇宙旅行を楽しんだ。
 
 森のホテルを後にして外に出てみると、周囲を深い黄昏が支配していた。陽が沈み始めている、心に病を持ち、両親と暮らしている美和には帰宅の時間が迫っていた。私は車を走らせる。郊外から街の住宅地に向かって。
「今度いつ会える?」
 美和が私に訊ねる。もう最初の頃の心を閉ざしていた彼女ではない。
「逢いたくなったら、いつでも」
 私は笑顔で応えた。
 二人の恋物語は今始まったばかり。

 パステルカラーに染まった街並みを見詰め、私はそっとハンドルを切った。



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