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月灯りのミウ  14/16

 (第14話)マコトの話


「えっ、もしかして、ミウ……さん?」
彼女は美しく優雅な微笑を浮かべた。
「そうよ。久しぶりね。マコトさん」
「そうなんだ。やっぱり。店名を見て、もしかしたらなんて思いながら来てみたんだけど、まさか本当にミウさんがいるなんて、なんか信じられないよ」
僕は何故だか知らず、こんな素敵な再会を素直に喜んでいた。
「今、私はこの店のオーナーをしてるのよ」
「そうなんだ。でも、何故?」
「ウフフ、そうよね。意外でしょ。あ、ちょっと紹介したい人がいるの。待ってて」
ミウは店の奥の方へ入って行って、そしてまたすぐに戻って来た。そのミウの後ろから背の高いコック服の調理人が一緒にやって来た。
「マコトさん、紹介するわ。ユタカよ」
「ユタカさん……?」
「覚えてる。あちら側の世界で話をしたでしょ」
あちら側の世界……、久しぶりにその言葉を耳にした。
今ではあの出来事が現実のことなのか、夢だったのか、それさえはっきりしない。だけど、あの記憶は鮮明に脳裏に刻まれている。
「いらっしゃい。よく来てくれたね」
ユタカは陽気な顔で気さくに話しかけた。
「はじめまして、マコトです」
そうは言ったものの、
あれ? 確か、この人は……。
「はは、思い出したかい?」
「あ、あの時のダーツの人!」
「そうだよ。あの時は失礼したね。ちょっとキミの能力を見せて貰いたかったんだ」
「僕の能力?」
「そうだよ。あまりここでは大きな声では言えないが、あちら側に行ける人間にはみんな、何かしらの特殊能力があるんだ」
「ええ、僕にそんなものなんて何もありませんよ」
ミウとユタカは目を合わせて微笑みあった。
「ま、それはいつかその内分かるわよ」
なるほど、そんなものかな……。
「で、この店は?」
「ああ、そうなんだ。俺もアメリカンカフェバーの経営に失敗してね、随分長い間、あちらに行ってたんだけど、ミウに言われてこちらに戻った。その時就いた仕事がパン作りだったんだ。そしたらね、その才能がめきめき頭角を表してね。今ではこうなった。もっとも経営はミウに任せているんだけどね」
「私はこっち方面に才能があったみたい」
ええっ、あまりの意外な展開に僕は正直、驚いた。まさか、3年会わない内にこんなになっているとは、まったく想定外だ。

「お2人は結婚されたんですか?」
僕の問いに、2人はまた顔を見合わせて声を出して笑った。
「結婚はしてないわ。自由な関係なのよ」
と、あっけらかんとミウはそう言い放った。
そうは言うものの、2人並んだ雰囲気を見てると、夫婦、あるいはそれ以上の何かしらの強い絆で結ばれてるような気がしてならない。
それから暫くして、店内も混み、忙しさを増して来たので、僕はベーカリーショップ『月灯りのミウ』を後にした。

何故だか不思議な感覚だった。
僕に特殊な能力があり、今は自分でもそれに気が付いてない状態。
だとすると、それは一体何だろう?
今の仕事は可もなく不可もなく続けているが、その仕事で成功するほど、僕はそこで能力を活用していない気がした。
ユタカさんはパン作り、ミウは経営者としての手腕を発揮している。
いいなあと思う。いつかは僕にもそんな才能を見出せる日が来るのだろうか。
そんなことをぼんやり考えていると、また急に、あの"あちら側の世界“という空間に行ってみたくなった。

確かあれは渋谷のホテルの月灯りの午前3時、壁に備え付けられた大きな鏡の向こう側だ。
要領は覚えている。
今夜行ってみようかな、と考えた。
でも、あの手のホテルはひとりで入れないからと確かあの時、ミウはそう言って僕を睡眠剤で眠らせてチェックインして置手紙だけ残して、ひとりで消えた。
僕に能力がある事に気が付いた時は2度目に行った時だ。あの時は2人で一緒に鏡を通り抜けた。
自分ひとりの意思で"あちら側の世界"へ行った訳ではないが、行った事は確かだ。だとすれば、一人でも行けないはずがない。試してみたい。
とりあえず、渋谷のホテルに行ってみなければ、何も始まらない。誰かを誘って部屋に入らなければと考えた。

それで週末になると僕はJAZZ BARに通い、女を物色した。
ナンパ目的ではなく、あくまで、ホテルに入るための道連れになってくれる女性が必要だったのだ。
やり方はあの日のミウを誘ったのと同じ方法で行く。
女性に話しかけ、打ち解けるのは簡単な様だが、とても難しい。仮に上手く行って、ダーツの話をしたとしても、女性がその賭けに頷いてくれなければ話はまとまらない。
このシチュエーションを作るだけでも、そうそうあることでは無い。
けれど、そんな時、僕はダーツを外さない。それだけは根拠のない自信があった。
断っておくがそれが僕の持ち合わせてる能力の全てではない、ダーツはそれ以外の時にやるとてんで下手くそなのだ。

その機会は割りとすぐやって来た、ある日のこと、店内に入ると、カウンター席にセクシーなロングヘアの女性が腰掛けているのに気が付いた。もちろん、ミウではない。また別のタイプの女性だ。
ストレートの黒髪の向こうに見える長い睫毛が印象的だ。
僕は彼女をターゲットとし、話し掛けてみることにした。
彼女は初めの内こそ警戒したのか、口数少なかったが、次第に打ち解け、その後は終始にこやかに僕の他愛無い話に相槌を打った。
頃合いを見計らって僕はダーツの話をそれとなく持ち出し、ミウの時と同じ様に、もしもダーツの矢がボードの真ん中に刺さったらもう一件付き合ってくれないかと持ち掛けた。
彼女はニコリと微笑み、「良いわよ」と答えた。
交渉は成立した。

そしてダーツの矢はボードの真ん中に突き刺さった。


続く


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