見出し画像

お化け屋敷の殺人 前編

【プロローグ】
 


「君の気持ちは嬉しいけど、僕には……」
 男の目は長く伸ばした前髪に隠れて見えない。
「やっぱりあの子の事が好きなのね」
 女はひきつった笑顔を見せて俯いた。
「すまない……」
「謝らないで。余計みじめになるわ」
 無機質な狭い部屋。およそ恋の告白をするには不似合いな場所だ。
 たまたまバイト終わりの片付けがいつもより手間取って、彼と2人きりになれるチャンスが巡って来た。
 思わず胸に溢れる想いに耐えきれず、打ち明けてみたのだが、やはりこんな場所で言うのじゃなかった。女は後悔した。
「因果応報だわ」
「え? 何が?」
 女はフフと笑った。
「実はね、地元の高校に通ってた時の事だけど、ある人に告白されたの」
 男は腕組みしたまま黙って話を聞いている。
「でも、その頃、私には彼氏がいたから、お断りしたの」
「……それで?」
「そしたら、その人。校舎の屋上から飛び降りて自殺してしまったわ」
「そんな話はやめてくれよ。ここをどこだと思ってるんだ」
「そうね、ごめんなさい。でも、その人の気持ちが少しは分かった気がして」
「バカな事を言うのはやめろよ。フラれたくらいで死んでたら命がいくつあっても足りやしない。さ、戸締りするから外に出てくれないか」
 女は諦めたように部屋を出て行った。
 男が外に出るとすでに女の姿はどこかに消えていた。戸締りをして灯りの消えた建物を見上げる。
 怖ろしい女の顔に『お化け屋敷』の5文字が目に飛び込んで来る。
「冗談じゃないぜ、全く」男は独り言を呟く。
 だが、世間を騒がす忌まわしい事件はそれから程なくして起こった。


1【事件発生】

 
 街の繁華街、賑わった通りの少し先にある高速道路、その高架下にちょっとしたイベントハウスがある。
 大きさは一辺15メートル程のほぼ正方形に近い建物で季節ごとに何かしらのイベントを期間限定で行っている。毎年夏場はお化け屋敷を開催するのが恒例になっていて、人気を集めている。
 建物の壁面を蔦で覆い、前面にはお化けや火の玉、墓場などのおどろおどろしい絵が描かれ、人々の恐怖心を煽り、常に入口前には怖いもの見たさの中高生や若者達のグループが行列を作り出す。
 事件はお盆も過ぎたある日、まだ茹だる様な昼間の暑さが残る夕暮れ時に起こった。

 このイベントの責任者は米津といって、ここを主催する会社から派遣された正社員で、三十代前半のひょろりとした男である。目が隠れるほど前髪を伸ばしており、いつも顔色が悪く、ボソボソとした声でしか話さない。けれども、仕事はきっちりとこなすタイプで、アルバイトスタッフからは信頼を寄せられている。
 米津は建物入口横にある管理室で場内に設置された監視カメラの映像を元にイベント全体が事故なく運営されるのを監視する役割を受け持っている。
 場内にはセンサーで作動する仕掛けが多く、井戸から出る血まみれのお化けや宙を飛ぶ生首、障子から現れる着物姿の幽霊女など、それらは精巧に作られたフィギュア、人形などである。
 その仕掛け以外に、お化けに扮装したスタッフが3人、各ポイントで待機しており、客が近付いて来ると姿を現して驚かすということもやっている。
 もちろん、音響や照明も人の恐怖心を煽り、背筋が凍るようなムードを醸し出している。それらを効果的に演出操作するのも米津の役割であった。
 建物の入口前ではもう一人女性スタッフが配置されており、イベントの呼び込み、行列の整理、チケットの確認、手荷物の管理などの業務を行なっている。
 手荷物の管理とは、場内には鞄や傘などの持ち物は持ち込めないという規則があるので、客は入場前に入口と出口の間に設置されたロッカーに持ち物を入れておき、出口を出たらそれらを持って帰る事になる。
 これは客が各自セルフで行うのだが、会場内で味わった恐怖や驚きに興奮して荷物を持ち忘れるケースがよくあるので、それを防止するため、スタッフが声掛けて確認を行っている。

 さて、問題のその日、気温はまだ30℃越えをする真夏の夕暮れ、オクラこと奥田リラは会場前スタッフとして暑さの中、動き回り、明るくよく通る声で、行列を作る客達を誘導し、切り盛りしていた。
 そこへ、出口から出て来た白いロングスカートの女性が怖ろしい形相をして、何か喚いているのを発見した。
 その血相に驚き、オクラはその客のもとに駆けつけ、「どうかされましたか?」と丁寧な口調で応対した。女性は酷く取り乱していた。
 その女性を落ち着かせて、ちゃんと話を聞き直してみると、場内の通路にお化けが倒れていて、それに躓いて倒れてしまったという。よく見るとそれは人形ではなく、本物の人間だった。しかも転んだ拍子に手や服にべったりとヌルヌルしたものが付着して、そのまま外に出て明るい所で見てみると、それは本物の血であったと、オクラに赤黒く染まった手のひらとスカートの汚れた部分を見せたのである。
 オクラも場内の仕掛けには精通しているが、そんな通路にお化けが倒れているなんてはずはない、しかも客の衣服を汚してしまっている。
 これは只事ではないなと思い、すぐに管理室をノックして米津を呼び出した。
 米津は話を聞くと直ぐに管理室に女性を招き入れ、改めて事情を聞いて、問題の通路へと行ってみた。
 するとお化け担当だったスタッフの一人、菅田マキがその場に倒れている。後頭部から夥しい量の血を流し、ピクリとも動かない。
 事態を重く見た米津は直ちに入場を制止し、並んでいた客に詫びを入れ、トラブルの発生によりその日の営業を即時中止をすると発表した。スタッフを集め、その他の者の無事を確かめると、すぐさま、110番に連絡を入れた。
 それから数分後に現れた数台のパトカーがお化け屋敷の周囲を取り囲むと辺りは一時騒然となった。
 その時、現場に現れたのはご存知、警視庁捜査一課の小泥木(こどろき)警部であった。
 直ぐに現場を確認すると小泥木警部はそれを殺人事件とみなし、捜査を開始した。


2【万画一道寸登場】

 大森の山の手にある割烹旅館『潮月(ちょうげつ)』の離れに間借りさせて貰っている万画一道寸(まんがいちどうすん)は、その連絡を受け、ちょっと近所に散歩に出掛けるかの如く、いつものしわしわのセルの袴にお釜帽を被り、鼻歌まじりで警視庁からの迎えの車に乗り込んだという。
 この所、いくつかの事件に携わり、それを解決に導いた万画一は正式にオブザーバーとして採用され、殺人事件等がある度に捜査会議に招聘される事となった。小泥木警部も全幅の信頼を寄せており、お化け屋敷で起こった殺人事件の報せを受けるや否や、すぐさま部下に命じて万画一に迎えの車を走らせたのであった。
 
 さて、現場に到着した警部は、お化け屋敷の周囲にKEEP OUTのテープを張り巡らし、騒然と集まる野次馬達を遠ざけた。そして管理室に入り、現場責任者の米津と挨拶を交わし、事件発覚までの経緯を聴取した。
「なるほど、それでは先ず、現場に案内して頂きましょう」
「はい、どうぞこちらです」
 すでに場内には鑑識係が数名入っており、現場を保管し周囲の状態を細かく調査している。普段は薄暗い場内だが、今は煌々と明かりが点されている。
 通路にはお化け屋敷特有のオブジェや仕掛けが沢山並んでおり、見るからに魔界の様な空間である。
 死体は出口から奥に入り、突き当たりの角を折り返した通路の中程に横たわっていた。その死体を見るや否や小泥木警部は背筋にゾーッと怖ろしい戦慄が走るのを禁じ得なかった。
 柘榴に割られた頭、血溜まりになった地面に半分浸かった白塗りの顔。それは世にも怖ろしい光景だった。頬のあたりまで裂けた口、カッと見開いた目、乱れる蓬髪、何かを掴もうと伸ばしかけて力尽きた両の手。白っぽい麻のワンピースは飛び散る血と土にまみれ、裾は捲り上がり、淫らな太腿を露わにして横たわっている。
「な、何なのですか? この女は!」
 驚きの声を上げる小泥木警部に、米津は冷静に返答した。
「ウチのスタッフで菅田マキと言います。担当は口裂け女でして、これはその衣装とメイクです」
「う、う〜む、そういう事か、で、頭部を何かで殴られている様ですが、この血は本物でしょうね」
「そうです。口裂け女は血糊を付けませんから」
「何か鈍器の様なもので殴られたと見えますな」
「ああ、それは多分、これです」
と、鑑識の1人が手元を指差した。
 見ると1本の消化器が転がっていた。
「それは、普段からここに置かれているものですか?」
「はい、各通路に1本ずつ配置してあります」
 米津はそう答えた。
「指紋は残されていますか?」鑑識に尋ねる。
「いえ、それは無さそうですね。犯人はゴム手袋か何かを嵌めていたのでしょう。しかし、血がかなり付着してますので、これが凶器である事に間違いはなさそうです」
「なるほど、それでは米津さん、他のスタッフの方々にお会いしたいのですが」
「はい、全員スタッフルームで待機させております」

 スタッフルームは横たわる死体のすぐ側にあった。引き戸を開けて小泥木警部が中に入ると、3人の若い女性が並んで座っていた。それぞれ私服に着替え、メイクも落としていた様である。
 室内は雑然としており、右手奥にスタッフ用のロッカー、壁の周囲にお化けに変装するための衣装が掛けて並べられており、テーブルの上にも鏡や化粧道具、血糊など小道具がいくつか散らばって置かれている。正面に大きな窓があり、その左横にはドアがある。
 警部は書記係の若い刑事を従え、米津と共にテーブルについた。
「警視庁の小泥木です。それでは先ず、一人一人自己紹介と事件発生時の様子をお話して頂きますかな」
 と言い終わったその時、ガラーっと音を立てて引き戸が開き、万画一道寸が室内に現れた。
「おお、万画一さん! 丁度良かった」
「け、警部さん、し、死体をご覧になられましたか? 何ともまあ、む、惨たらしいじゃありませんか!」
 と、いかにも興奮冷めやらぬ顔をして、お釜帽を取り頭の上の雀の巣をバリバリと掻き毟り始めた。
 一体何者かと驚きの表情で見つめるスタッフに、警部は万画一探偵を紹介した。
「ああ、お騒がせしてすみません。ぼ、僕、万画一です。あっはっは」
と、今度は途端に白い歯を見せて屈託なく笑う。
 さて、そんな訳でスタッフからの事件発生時の聴き取りが始まった。


3【スタッフの証言】

「私は米津ケンジです。このイベントを運営している会社から派遣された社員です。主に管理室で音響や照明などの操作をしながら、モニターで仕掛けがちゃんと作動しているかの確認をしてます。あと入場ゲートの開閉も私が操作してます」
「事件の報せをどこでお聞きになりましたか?」
 小泥木警部が質問する。
「管理室です。丁度次の入場者のゲートを開けようとしたところでした。オクラが…、あっ奥田という、表で入場整理などをしているスタッフですが、血相変えて飛び込んで来まして、客が興奮していると聞いて応対にあたりました。すると何かに躓いて転び、手や服に血が付いてしまったと言うんです」
「それは何時頃でした?」
「5時半の少し前くらいでしたね」
「それであの現場に向かわれた、と」
「はい」
「それで、どうされました?」
「ライトで照らしてみて、それが菅田だということはすぐ分かりました。頭が割れて血が流れ出してる事は分かったのですが、最初、こういう場所ですから、新しいネタかと思ったんです」
「ネタ?」
「はい、何せ、お化け屋敷のお化け役ですから、たまに自分達で工夫を凝らして人を怖がらせるメイクや衣装、小道具などを取り入れる時もあるんです。でも、通路の真ん中に倒れているのは変でした」
「変というのは?」
「はい、基本的にお客さんと接触する事はNGなんです。興奮した相手だとお互い怪我につながる恐れがありますので」
「なるほど」
「それで何度か名前を呼び掛けてみたのですが、ピクリとも動かないので、これは大変だと驚いて」
「驚いて、どうされました?」
「他のスタッフの様子を見に行ったのです。次のお客さんが来るのを止めないといけないし」
「それで、他の方はいましたか?」
「はい、椎名も上白石もそれぞれ持ち場で待機してました、幸いお客さんもまだ入口付近に一組いただけなので、トラブルが発生した事を伝え、入口から出て貰いました。その後110番に電話し、並んでいたお客さん達には、今日の営業を中止すると伝えました」
「なるほど、迅速で的確なご判断ですな」
 小泥木は感心した。

「それでは、次の方、お願いします」
 若い女性3人の左側から一番歳下らしい小柄な女性に声を掛ける。流石に殺人事件に遭遇して怯えた表情をしている。
「はい、上白石モモです。私は場内の左側通路の奥で一つ目小僧に扮装して待機してました。事件が起こった事は米津さんから聞きまして、びっくりしました。その後はこのスタッフルームに戻って待機してました。菅田さんの様子は話を聞いただけで見てません」
「なるほど、事件の起こる前後に何か不審な物音がしたとか、人の動きを目にしたという事はありませんでしたか?」
「あ、いえ、特に何も、気が付きませんでした」
「スタッフルームに来た時、すでにどなたかみえましたか?」
「あ、椎名さんがいました」
「そうですか、それからはずっとこちらにいたのですね」
「はい、そうです」

「では、次の方、お願いします」
 その隣の女性は3人の中では一番歳上らしく、美人だが、目力が強く、少々キツい顔をしていた。
「椎名ミカです。場内中央奥で四谷怪談のお岩さんに扮してます。私も米津さんから聞くまで事件には気が付きませんでした。スタッフルームに戻る様に言われて、戻りました。そこの引き戸を開けて倒れてる菅田さんの様子を見ました。近付きはしませんでしたが」
「死体をご覧になったのですね」
「はい」
「何か不審な点はありませんでしたか?」
「不審? 特に何も」
「物音や足音、人影とか、そういった物は?」
「はあ、特に何も、戸を開けて菅田さんが倒れているのをボーっと見てたらモモがやって来たので、すぐ戸を閉めました」
「何故すぐ、戸を閉めたのですか?」
「いえ、何となく見ない方が良いと思って、モモはこんなバイトしてるけど、気が小さくて怖がりなので」
「そうですか、で、その後は?」
「暫くそのまま待機してたのですが、米津さんから今日の営業は中止になったことや、通報した事を聞きましたので、とりあえずメイクを落として、私服に着替えました」
「ああ、ちょっとよろしいですか」
 それまで黙ってやり取りを聞いていた万画一が声を発した。
「どうぞ」と、小泥木。
「今日着ていた衣装、それはどこにありますか?」
「あ、そこの壁に掛けてあります」
 椎名は壁に掛かった衣装を指差した。
「これですね、警部さん、これは鑑識の方で調べてください」
「了解しました。君」と部下の刑事に指示する。
 鑑識の者が部屋に呼ばれ、衣装をそれぞれ別の袋に詰め込み持ち去った。

「では、最後の方、お願いします」
と、最後に警部に促されたのは、3人の中では一番目鼻立ちの整った今風の綺麗な女性だった。
「はい、奥田リラです。私の担当は建物前でお客さんの誘導とか、行列の整理です。チケットを受け取り手荷物置場の監視などもしてます」
 そして、奥田は白いロングスカートの女性から事件の一報を聞き、米津に伝えた経緯を語った。
「事件の起こる前後、不審な人物は見ませんでしたか?」
「はい、特に不審な事は無かったです」
「米津さんに伝えた後、あなたはどうされましたか?」
「とりあえず管理室で興奮されていた発見者のお客さんを落ち着かせていまして、すると米津さんが戻られて警察に通報されて、今日の営業は中止だと聞きました。それから後は、来られた客の対応をしてまして、パトカーが到着してからはスタッフルームで待機してました」
「死体はご覧になりましたか?」
「スタッフルームに入る時にチラッとですが、もう警察の方が何人か入られてたので、隙間から少しです」
「何か気付いた点はありませんでしたか?」
「ええ、特に何も」

「なるほど、これで一通り皆さんの事件発生時の様子をお話頂いた訳ですが……、万画一さん何か、ご質問は?」
「ええ、それでは、その、第一発見者の女性ですが、その後どうされました?」
 これには米津が答えた。
「はあ、とりあえず落ち着かせて、事情を話し、僅かですが汚したスカートのクリーニング代をお渡しして帰って頂きました」
「特にお名前や住所はお聞きになられませんでしたか?」
「あ、いや、それは聞かなかったのですが、いけませんでしたか?」
「ああ、大丈夫です。気にしないでください、あと、亡くなられた菅田さんですが、どんな方でしたか?」
 これにはスタッフ一同それぞれ目を見交わしたが、
「いや、普通の学生アルバイトで、特に変わった点もない真面目な子でしたが、まさか殺されるなんて」と米津。
「菅田さんと親しくされてた方はいらっしゃいますか?」
「どうでしょう、僕は、それほど……」と言って米津は3人の女性達に視線を送る。
「ま、普通のバイト仲間として、顔を合わせれば挨拶や休憩時に多少雑談はしてましたけど、特別に仲が良かったとか、親しかった訳ではありません」
と、椎名が答える。
「他のお二人もいかがでしょう?」
 奥田と上白石もそれぞれ目を見交わせて、
「はい、椎名さんの仰った通りで、特別な間柄ではありません、大学も別ですし」
 奥田が答えて上白石も同調する様に頷いた。
「あなた方3人は皆さん、大学生のアルバイトなんですね」
 万画一の質問に3人は「はいそうです」と答えた。


4【お化け屋敷見取り図】

 事件から一夜が明けた。
 丁度タイミング良く事件のあったお化け屋敷は金土日の営業を終え、今日から4日間は休みだという。週末だけの営業なのだ。
 その間を利用して警察は念入りな現場検証を行い、監視カメラの映像をチェックし、スタッフ関係者の聴き取りを個別に行うなどの作業を開始した。  
 もちろん警視庁本部では捜査会議室が設けられ、当然の事ながら捜査会議には万画一探偵も顔を連ねた。

「万画一さん、あなたの指示通り昨夜からお化け屋敷スタッフ全員にそれぞれ刑事を尾行させました。それから当日の持ち物検査でも特に不審な物は無かったです。これが各人の持ち物リストです」
 小泥木はそのリストをプリントした用紙を万画一に手渡した。
「ああ、わざわざ申し訳ありません」
と、万画一はそれを受け取り、念入りに目を通した。
「全員、スマホをお持ちの様ですね」
「ええ、それくらい今時、当然でしょう。お持ちでないのは万画一さんくらいのものですよ」
 小泥木警部はそう言って笑う。
「ああ、そうですが、それはどうもすみません」
 万画一はポリポリと頭を掻いた。
「という事は、バイトの連絡事項や個人的な事などはスマホを使って個別にやり取りしてるのでしょうねぇ」
「う〜む、それはそうでしょうな」
「それはちょっと厄介ですね」
「どういう事ですか?」
「いやぁ、いつでも誰とでも秘密のやり取りが出来るとなると、人間関係が表面的には浮かんで来ないというケースがよくあります」
「万画一さんはスタッフが怪しいと考えておられるのですか?」
「いや、そういう訳ではありませんが、可能性から考えると外部の犯行とはどうしても考え難くて……、ときに監視カメラの映像はご覧になられましたか?」
「ええ、担当の者が朝から目を皿の様にして取り掛かっておりますが」
「監視カメラは建物のどの位置に配置されているのでしょう?」
「ああそれなら、こちらをご覧ください。現場の見取り図です」
 警部はもう一枚、別にプリントされた用紙を取り出し、万画一に差し出した。
 そこにはお化け屋敷の見取り図が書かれてあった。

見取り図参照

画像1


「なるほど、これは分かりやすいですね。この矢印が監視カメラの位置ですか」
「ええ、でも基本的に屋内の監視カメラは、場内に設置されてるセンサー式の仕掛けがちゃんと作動するかを見るもので、スタッフの姿や客の顔がはっきり判るほどの物では無さそうです。ただ入口横にあるカメラは人の出入りがしっかり映っています」
「この赤いX印が被害者の倒れていた場所ですね」
「ええ、そうです」
「ならそこの上の監視カメラ5番ですか、こちらにその時の映像はありましたか?」
「ええ、ありました。けれど、倒れて行く被害者だけが映されていて、犯人はカメラの死角にいる様で姿は見えなかったです」
「それは残念でしたね。後でその映像を確認させてください。それから、このABCなどのアルファベットはスタッフの配置を表してるのですか?」
「ええ、そうです。こちらのホワイトボードをご覧ください」
 小泥木が指し示したホワイトボードには、お化け屋敷スタッフの名前、年齢、役割等が下記の様に書かれてあった。

A 米津ケンジ 32歳 現場責任者 
B 上白石モモ 19歳 お化け担当
C 椎名ミカ    23歳 お化け担当
D 菅田マキ    21歳 お化け担当 〈被害者〉
E 奥田リラ    21歳 場外整理係

「なるほど、なるほど、分かりやすいですね。ところで、この方々の履歴書など、手に入りましたか?」
「あ、それは本部の会社に連絡してあります。まもなく到着するでしょう」
「そうですか。ではそれもまた届いたらお願い致します」
「はい、承知しました」

 その後、万画一は小泥木警部と共に監視カメラの映像を一緒に確認した。
 カメラ5に被害者となった菅田マキが頭部を殴られて倒れて行く様子が映されている。
 確かに犯人の姿は映されていない。
 カメラに記録された時刻を見ると、17:22と表示されている。
 さてその時刻のスタッフの所在が、実ははっきりとは確認出来ないのである。
 管理室にいたという米津は元からカメラのない場所であり、建物の外にいるはずの奥田も、カメラの映像の外にいたらしく、姿が映されていない。お化け役の上白石と椎名もまた同様で、暗闇の仕掛けの中に潜んで人を待ち受けるため、カメラではその所在が確認出来ない。場内とスタッフ通路の出入り口は黒いカーテンで仕切られていて、その周辺も闇に包まれている。
 菅田が倒れた後に例の白いロングスカートの女性がやって来て、倒れている菅田に躓いて転けそうになり手を地面に着く。その後菅田の顔を見て驚き、叫んで逃げる様に出口へ向かって走って行く。
 そして、その後、外の入口と出口を映し出す監視カメラの映像でその後の様子が見て取れる。
「大体、昨夜聞いた通りですね。時刻も言っていた通りですし」
「被害者ですけど、殴られてすぐ血しぶきが飛び散ったという感じではないですね。倒れてからじわじわと溢れ出て来たみたいで、これだと犯人は返り血など浴びてない可能性が高いですね」
「その様ですな」
「あ、そうだ、白いロングスカートの女性の前に通った客はどんな人なのですか?」
「あ、そうですね。巻き戻してみましょう」
 カメラ5の映像を巻き戻す、菅田が倒れる2分ほど前、カラフルな服を着た女性の2人組みが何事もなく通り過ぎる。
「出口の映像はどうでしょう」
 そちらを再生する。
「あ、出て来ました。時刻は17:21です」
 万画一と小泥木は目を合わせて、不思議な顔をした。
「一体、被害者は誰に殴られたんだ」
 小泥木警部は頭を抱えた。
 万画一は例の如く、頭の上の雀の巣をバリバリと掻き毟った。


5【捜査の行方】

 その日の午後になって各班が調査した事が捜査会議室にて報告された。
 先ずは監視カメラのチェックについて、入口より入場した客、一人一人の動きは全て各カメラポイントで確認する限り、順当な流れ、事件発生まで129名が入場し、2名は事件発生後、米津によって入口に戻され、残りの127名は出口より退出している。
 スタッフは唯一建物前で入場案内等をしている奥田の姿が時折映り込むのみ。
 その報告を聞く限り、外部からの犯行は無く、内部犯の仕業と言わざるを得ないな。
 小泥木警部は会議室に居並ぶ刑事達の顔を順次見ながらそう口にした。
「スタッフルームに窓がひとつありましたね。あそこからなら人が出入り出来るのではないでしょうか?」
 万画一の言葉に警部がハッとする。
「そうなると全く雲をつかむ様な話だ。凶器はそこにある消化器、ある種通り魔的な犯行とも言えますな」
「しかし、警部さん、指紋も足跡も残されてないとなると、これは計画的な殺人ではないでしょうか」
 警部はうんうんと頷いた。
「やはり、そう考えた方が妥当な線でしょうな。そうなると、スタッフの米津、椎名、上白石は全員アリバイなし……、と、建物前にいた奥田はどうなります? 出入り口から場内に入った映像はありませんぞ」
「それこそスタッフルームの窓を使えばカメラに映らずに済みます。建物の左をカメラの裏側から回れば良いわけですからね。あくまで可能性の話ですが」
「犯行時刻の前後、屋外の監視カメラに奥田の姿は映っているか?」
 そこでもう一度カメラ映像が確認された。
 入場する客を手荷物ロッカーの前に誘導する姿が映った後、建物から離れて映像から消える。それが17:12の表示。犯行の10分前だ。
 その次に姿を現したのが、例の白いロングスカートの女が出口から出て来て人を呼んで駆け付けた時で、それが17:24の時点。
「う〜む、12分間の空白か。カメラがもう少し外を向いててくれたら良かったのにな」
「入口と出口の監視用のカメラですからね。仕方ありませんよ」
 建物入口から約5メートル前方に離れた場所にお化け屋敷の立て看板があり、大抵、奥田はその辺りで待機している。
「なるほど、米津にしても管理室からスタッフルームに行くまでの通路にはカメラが無いので、これもアリバイは無しか。いずれにせよ。スタッフの4人には殺害が可能だった訳ですな」
「そういう事です」

 続いて鑑識班より、報告がなされたが、こちらでは事件を進展させる程の有力な情報はあまり得られなかった。お化けスタッフが着ていた衣装も本人以外の指紋はなく、血液の付着も確認出来なかった。
 ただひとつ、ここで特筆すべきはスタッフルームの窓の件である。この窓から何人かのスタッフが外へ出入りしていた形跡が発見されたという。
 万画一は鑑識班の報告書を熱心に見つめていたが、首を傾げるばかりであった。

「さて、警部さん、被害者の菅田マキさんの持ち物はこちらで保管されてますか?」
「ああ、ございますよ。見られますか?」
「ええ、ぜひ」
 小泥木は部下に命じて菅田マキのバッグ一式を持って来させた。
「これはもう鑑識はお済みですか?」
「ええ、済んでおります。そのままお触り頂いて結構です」
 では、とばかり万画一はバッグの中身を覗き込んだ。財布、メイク用品、ハンカチ、ポケットティッシュ、メモ帳、そしてスマホ等がテーブルの上に並んだ。万画一はそれら一つ一つを丁寧に手に取って調べた。
 財布の中には現金の他、カード類や運転免許証等があった。殺害された時には口裂け女のメイクをしていたので判らなかったが、免許証の写真を見ると、そこそこ整った顔立ちをしている。
 メモ帳には買物の覚え書きだろうか、食品や果物等の単語がいくつか並んでいたが、解読は不可能であった。それでもいくつかのワードを万画一は脳に記憶した。
 それと最後にスマホである。電源は入るが、パスワードが分からない。
「これは見れそうにないですね」
 と、諦めてテーブルに戻した。

「さて、これからもう一度スタッフの方々、今度は一人一人個別に事情聴取を現場にて行うのですが、同行頂けますか?」
「もちろんですよ」
「あ、それと、これ、スタッフ全員の履歴書が本社よりファイルが到着したそうですので、プリント致しました」
「あ、これは丁度良かったです。では行きましょうか」

 という訳で、万画一と小泥木警部は再び、お化け屋敷に出向いた、
 入口は封鎖されていたが、管理室に米津がいて出口の左部分にあるドアを開ける。
「皆さんはまだ?」
「ええ、椎名と上白石はすでにスタッフルームで待機してます。奥田もまもなく来るでしょう。
「では先ずこちらで米津さん、少しお話を聞かせて頂けますか?」
「はい、構いませんが、どうぞ、適当にお座り下さい」
 小泥木と万画一は米津と向き合う形で椅子に腰掛ける。
「スタッフの方々と連絡を取るのはやはりスマホを使ってされるのですか?」
「ええ、そうです。主に連絡はLINEで行ってます」
「そのやり取りの内容を見せて貰ってよろしいですか?」
「は? ああ、別に構いませんけど……」
 米津はスマホを取り出しLINEを開いて警部に手渡した。
 小泥木と万画一はそれを確認した。
 業務連絡と言うのか、出勤に関する打ち合わせが主だった。個人的なやり取りはそこからは窺えない。
「すみませんが一応、控えさせて頂きます」と言って部下の刑事がそれを書き写す。
 その間に万画一が質問する。
「米津さん、これはプライベートな部分に関する事なのですが、スタッフの中に個人的なお付き合いをされている方はおられませんか?」
「私がですか?」
「はい」
 すると、米津は相当、困惑した顔を見せた。
「いや、それは……、どうしてもお話しなければいけませんか?」
「と言う事は、どなたかとお付き合いがあるという事ですね」
「いや、そういう訳では」
 米津の答弁がいかにも歯切れが悪くなった。
「隠したいお気持ちは理解出来ますが、私達は知り得た事を第三者に口外する事はありませんし、事は殺人事件に関する事です。出来れば何でも包み隠さずお話して頂ければ有難いのですが」
 と警部も口添えする。
「米津さんがお付き合いされてるのは、奥田さんですね」
 万画一の言葉に米津も小泥木もびっくりして飛び上がる。
「万画一さん、どうして、そんな事が?」
「いや、昨晩皆さんの様子を見てましたら、ある程度の人間関係は掴めましたよ。特に奥田さんと米津さんは何度も目を合わせていた」
「そんな事が? 知らなかった。で、どうなんです? 米津さん」
 米津は、暫くもじもじと言葉を詰まらせていた。
「奥田さんにも確認しますので、ご心配要りませんよ」万画一はそう言って笑う。
「はあ、実は、その通りです。でもまだ1ヶ月も経ってないくらいの段階です。それにこれは何か事件と関係あるのでしょうか?」
「さあ、それはまだこれから調べてみないと分かりませんが……」
「どうかこの件は他のスタッフには内緒にしておいて頂けますか?」
「何か、知られると良くない事でもお有りですか?」
「いえ、そういう訳ではなく、このお化け屋敷イベントは8月末までで、もうまもなくで終わりになります。できたらそれまで波風を立てたくないなと、それだけの事なのですが」
「なるほど、ただ奥田さんご本人には確認させて頂きますよ。それはよろしいですか?」
「奥田本人にですか、それは構いませんが、他の者にはちょっと……」
「分かりました。我々は不必要に人のプライバシーを侵害する事はありませんのでご安心ください。けれど、事件にそのことが関連している場合などは、その限りではありませんので、ご了承ください」
「そうですか。はい、分かりました。その場合は、仕方ないですね」
 小泥木警部と米津は軽く頷き合った。
「それでは米津さん、あまりスタッフルームのお2人を待たせる訳にもいきませんので、我々はそちらに向かいます。米津さんにはまた後ほど話をお伺いしたいので、こちらでお待ち頂けますか」
「はい、分かりました」


6【絡み合う糸】

 スタッフルームでは椎名ミカと上白石モモが並んで座っていた。
 小泥木警部が1人ずつ個別にお話を伺いたい旨を伝え、若い上白石モモが席を立って部屋を出て行った。
「椎名さんは今度の事件につきまして、何か思うことはありますか?」
「さあ、外部からの侵入者の犯行なら、お気の毒だなぁって事くらいかしら」
 椎名ミカは昨夜見たよりは幾分濃い化粧をしていた。美人ではあるが、やはりキツい印象を受ける。
「内部の犯行だとしたら、どう思われます?」
「どうって、私は知らないわ」
「菅田さんが誰かに恨みを買っていたと言う様な事はありませんでしたか?」
「さあ、特には」
「菅田さんと一番仲良くしてたのはどなたかご存知ですか?」
「さあ、何も思いつかないわ」
 全く暖簾に腕押しとはこの事だ。小泥木警部は弱った顔をして見せる。
 すると、椎名が
「警察は、スタッフの内部犯行を疑ってるんですか?」と逆に質問した。
「いや、可能性の問題です。ときにそこの窓ですが」
「窓?」
「ええ、そこから外に出入りする事はありますか?」
 椎名は振り向いて窓を見て、
「有りますよ」と平然と答える。
「何のために?」
「みんなやります。コンビニに買物に行ったりする事もあるけど、一番は気休めとタバコですね」
「タバコ?」
「ええ、この建物内は禁煙なので、そうしてるんです」
「でも何で窓から外へ?」
「表には人が沢山いますから」
「なるほど」
 ここで万画一が確認する。
「窓の鍵はいつも開いてるんですか?」
「鍵? そうね、帰りには閉めるけど、いる間は閉めないわ」
「あの、変な質問ですけど、外にタバコを吸いに出られる時って、その、お、お化けのメイクをしたままですか?」
「そうよ。いちいち着替えするのも面倒だし、それにここって外からあまり見えないから大丈夫」
「あ、そ、そうなんですね」
 万画一は立ち上がって窓を開けてみて辺りを眺め回した。
「確かにそうですね。それに日陰で風の通り道だから、暑さにも耐えられそうですね」
「ところで、菅田さんが倒れてた場所なんですが、普段の持ち場ではない様ですね」
「ああ、多分、休憩が終わって持ち場に戻る時じゃなかったのかしら」
「ああ、お化けにも休憩があるんですね」
 万画一のものの言い方に椎名が横目で睨む。
「人間ですから」
「し、失礼しました。それで、休憩は交代で取られるんですか?」
「ええ、夕方の暇な時間帯に一人ずつ交代で」
「それは誰が決められるんですか?」
「大体いつも決まってるのよ。私が4時頃で、モモが4時半、菅田さんは5時くらいからかしら、その後はオクラ……、ああ、奥田さんね」
「お一人何分くらい?」
「その日によって多少違うけど、大体15分から20分ていうところかしら」
「なるほど、そうすると、5時から休憩されてた菅田さんが持ち場に戻るところを後ろから何者かに襲われたって事になりますね」
「そういう事かしら」
「何か変だな?」
「何がですか?」
「いや、いいです。それと、ちょっとお尋ねしたいのですが、何かスマホでSNSとかやられてます?」
「は? やってますよ」
「LINE以外で」
「はい」
「主に何を?」
「それが何か関係あります?」
「いや、参考のために」
 椎名は、ほんの少し黙った。
「椎名さん、我々は調べれば何でも分かりますから、正直にお答えください」
と小泥木警部も口を添える。
「ええ、……グレパイとか」
「は?」
 万画一と小泥木は声を合わせた。

 椎名を帰らせて、次は上白石モモがスタッフルームに呼ばれた。
 小柄で可愛いタイプである。少し気が小さい感じに見えたりするのだが、お化け屋敷でバイトをしているくらいだから、実際はどうか分からない。
「上白石さんは菅田さんとはよく交流されてましたか?」
 警部の質問である。
「いいえ、それほどでは、もちろんここで顔を合わせれば挨拶もして、雑談くらいはしましたけど」
「事件当日に菅田さんとお会いになりましたか?」
「さあ、どうだったかしら、着替えの時、いたとは思いますが、特に話をした記憶はありません」
「あなたから見て菅田さんはどんな方でしたか?」
「えっと……、几帳面で、しっかりしてた方だと思います」
「しっかりとは?」
 上白石は首を傾げる。
「いえ、ただ、何となく、イメージです」
「菅田さんが誰かとトラブルを起こしてる様なところは見ませんでしたか?」
「いいえ」
 小泥木は内心やれやれと思った。
「それでは、えっと、あなたはいつも休憩を4時半頃から取られるらしいですな」
「はい」
「事件当日も4時半頃に休憩に入られて何時頃持ち場に戻られましたか?」
「4時50分頃です」
「その間はずっとこの部屋で?」
「ええ、はい」
「誰も見かけませんでしたか?」
「はい」
「あなたもやっぱりこの窓から外へ出入りされますか?」
 この質問には多少びっくりした様だ。
「あ、はい、あ、たまにですけど」
「事件の日はどうでした?」
「あ、出たかも分かりません。すみません」
 何だか学校の先生に責められてる生徒の様だ。
「あ、いや、何も、謝る必要はありませんよ」
 警部はちょっと笑ってみせた。
「その時も誰か、例えば怪しい人物とか、見掛けませんでしたか?」
「はい、誰も」
「そうですか、万画一さん何か?」
「あ、はい、あはは、どうか緊張なさらないで」
 万画一がそう言うと、「はい」と微笑んで多少リラックスした様だったが、
「君もグレパイやってるの?」
と質問されると、驚いて絶句した。

 さて、そのグレパイとは何かという事であるが、先程の椎名に訊いたところによると、正式名称は『グレープパイン』と言い、最近新しく出来た人気のSNSであるという。
 ここのスタッフも全員登録しているらしいが、それぞれ本名ではない名前で登録しているので、誰が誰かは判らず、繋がっているのかどうかさえも判らないと、そんな状況であるらしい。
 ただ、奥田リラだけは普段のニックネーム通りのオクラという名前でやっているので、投稿内容から見ても本人に間違いないとの事だった。
 上白石は一応登録しているものの見ているだけでまだ一度も投稿はした事がないと言う。

 さて次に、上白石に代わって奥田リラがスタッフルームに呼ばれた。黄色を基調としたワンピースで室内に爽やかな空気が流れた気がした。
 小泥木警部は先の2人と同じ様な質問をいくつか繰り返した後、徐に尋ねた。
「ところで、米津さんとお付き合いをされてるらしいですね」
 突然の質問に奥田は多少驚いた風ではあったが、
「はい」と答えた。
「その事は他のスタッフの方はご存知ですか?」
「多分知っていると思います」
 今度は小泥木警部が驚く。先程米津は他のスタッフに知られるとまずいと話していたのに。
「多分、という事は、お話された訳ではなく……」
「ええ、そういう事は何となく伝わるものだと思います」
「そうですか、それで何かトラブルになったりした事とかはありませんか?」
 奥田は少し口籠もったが、
「いえ、特には」と、答えた。
 ここでまたも万画一が、
「あなたもグレパイをやってらっしゃるそうですね」と訊いた。
 やはり意外な質問だと思ったのか、奥田も一瞬、目を見張る。
「はい」
「こちらのスタッフの方も皆さんやられている様です。亡くなられた菅田さんもやってましたね?」
「ええ、多分」
「グレパイの方で、菅田さん、または、他のスタッフの方と繋がりはございますか?」
「あ、いえ、皆さん名前を変えてらっしゃるので……、正直、誰が誰だか、分かりません。グレパイではたくさんの方と交流してますから」
「なるほど」

 奥田がスタッフルームを去った後、小泥木は万画一に囁いた。
「いや、参りました。さっぱり手掛かりが掴めません」
「う〜ん、グレパイというのを少し調べてみる必要がありますね」
「誰と誰が繋がっているのか、本人同士すら知らないのですからな。捜査する方は大変ですよ」
「今度の事件はどこに殺意があったか、それを探るのに骨が折れそうですね」
「全くです」
 小泥木警部は額の汗をハンカチで拭った。

 その後、管理室に戻って、再び米津と話をした。他のスタッフは帰らせたが、継続してそれぞれに刑事を尾行させている。

「米津さんもグレープパインというSNSをおやりになっているのですか?」
「え、いや、私は登録はしてますが、殆ど投稿などはしてはいません」
 なるほど、上白石と同じパターンだなと小泥木は頷いた。
「人の投稿を見られたりはしますか?」
「ああ、たまにはあります」
「ここのスタッフの方も全員やられてる様ですが、スタッフの方の投稿とか見られますか?」
「はあ、オクラのはたまに見ますが、他の人はやっていても名前が分からないので、見れないです」
 やはり、それか。
「ちなみに米津さんは何というお名前で登録されているのですか?」これは万画一からの質問である。
「はあ、私は『エイト』という名前で登録してます」
 小泥木は、その名前をメモする。
「菅田さんについては何かお聞きになった事はありませんか?」
「いや、彼女とはプライベートな話をした事がないので」
「そうですか、実際、菅田さんが殺される理由について、何か思い当たる事はございませんか?」
 その質問に米津は何度も頭を捻って考え込んでいたが、「いいえ、全く思い付く事はありません」
と答えた。
「すると、誰かとトラブルを起こしていたという事もなかった訳ですね」
「はい、そんな風には見えませんでしたし、聞いてもおりません」
 結局、その日はそれ以上の成果をあげる事も出来ずに小泥木警部と万画一探偵は『お化け屋敷』を後にした。

 お化け屋敷からの帰りの車の中。
「さて、万画一さん、これから何をどの様に捜査しましょうか?」
 小泥木警部は正直、手掛かりを得られず焦り気味だった。
「そうですね、グレープパインをあたってみて何か手掛かりが出れば良いのですが……」
「でしょうね。だけど、どうしたものかな。手の付けようがない」
「署内の若い方でSNSをやってる方がいたら、オクラのページを探して貰うというのはどうですか?」
「あ、そうですな。名前が分かっているのは奥田のオクラでしたね。あと米津のエイト? 何も投稿していないと言ってましたが」
「そうですね。僕はちょっとこのスタッフの履歴書を元に、いろいろ探ってみようかと思います」
「そうですか。それでは、また何か進展がありましたら、連絡し合いましょう」
「はいお願いします」
 そう言って万画一は途中で車を降りた。

 署に戻った警部は早速、署内の若い者達を集めてグレープパインというSNSをやっているかを聞いて回った。
 そこで漸く交通課で署内勤務をしている女性がそれをやっている事を聞き出し、捜査の協力を求めた。
 登録者名を検索にかけて、オクラを絞り出す。何件か同じ様な名前がヒットする。
 その中の一つが、どうやら奥田リラではないかと思われた。プロフィールを見ると大学生となってい
て、投稿されてる写真も都内近辺らしき風景だ。
 大体がどこそこのお店で今日は何を食べたとか、料理の写真が多い。後は街の風景とか、そんなものだ。お化け屋敷やバイトに関する物事はあがっていない。
 スマホだと画面が見難いので、小泥木はその女性職員に頼んで捜査一課のパソコンからアクセスして、画面にオクラのページを表示して貰った。これで一通り投稿した内容が閲覧出来る。
 ついでにエイトのページも検索してみたが、こちらはプロフィールもなく、何も投稿されてなかった。
 とりあえず、お化け屋敷イベントが始まった7月の初めに遡って、オクラの投稿を一つ一つ見て行く事にする。コメント欄のやり取り、イイネの内訳、その名前等も見逃さす控えて行く。

後編に続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?