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パステルカラーの恋 5

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 朝、目覚めると美和からメールが届いていた。中身を開いてその文言にドキリとした。ジュリアが私とのツーショット写真を撮った時、まさかその先の事まで頭が回らなかった。たかが記念写真の一枚のつもり、その時のノリではしゃいでしまった。
 仕事で急遽、東京に出張した事、ツイッターでそれを呟いてジュリアから食事の誘いを受けて待ち合わせをした。それらを美和に言ってなかったのは何も隠しだてしようとした訳ではない。仕事の話はあまりこれまでして来なかったし、ジュリアに会ったのも偶然の成り行きで気軽に考えていた。もちろんジュリアは素敵な人で会って話してみると気さくで話も楽しかった。良い友達関係を構築出来たのではないかと思っている。無論それだけの話で、その日も食事をしてその後新宿の彼女行き付けのスナックやバーを2,3件案内されて何人かの人達を紹介された。楽しい夜だったが次の日も私は仕事があったので夜も遅くならない内に早々ホテルへ引き上げたのだ。

 ネットでジュリアの日記を見たのは、東京での仕事を終え二日程経った頃。すなわち昨日の夜だ。ジュリアと美和もSNS上で友達であり良い感じでコメントし合っているのを目にした事がある。そこで初めて美和がこの画像を見たらと思うと少々気になった。いやジュリアが日記にアップしている以上確実に見るだろう。けれども、何をどう説明したら良いやら、頭がこんがらがって何だかバツが悪い。それでメールを出すのも躊躇っていた。友達同士のよくあるお付き合いだと理解してスルーしてくれれば良いなと、私は甘い考えのまま眠りに就いてしまった。
 そして今朝目覚めてみるとこのメールだ。その文言をどの様な意味合いで読み解けばいいのか? とにかく私から言う前に美和が知ってしまったのは少々失策だった。あまり良い気はしないだろう。とにかく早速メールを送信する事にした。
 
――おはよう。実は昨日まで東京に仕事で出張してたんだ。ジュリアとはその時食事に誘われて会う事になった。美和に連絡できなくて、ゴメン。
 
 最初のメールは一旦そこで切ったが、暫くしてから続きを打った。
 
――ジュリアが美和にもよろしくって言ってたよ。詳しい事は今度会った時話すけど、近い内に東京で三人で会わないかって提案されたんだ。ジュリアも美和に会いたがってた。
 
と追伸する。

 美和からの返事はすぐには来ない、多分今はガソリンスタンドでのバイト中だろう。夕方からはコンビニと、美和も忙しい日々を送っている。次のデートの予定まで、まだ十日以上ある。
 先週デートした時は信じられない位に燃えてしまった。別れ際、切なくなってホームの端まで走った。そんな事は初めてだった。私はこれまでの人生の中で男性にときめきを感じた事は一度もない。私の性対象はあくまで異性であり、バイセクシャルでもないと思う。けれど美和だけは別だ。美和は美和であって、今更性別がどうのなど全く気にならない。異性として接している。それは裸で抱き合っていても何の違和感も無く愛し合えた。女性を抱いている感覚とまるで同じだ。東京に行ってジュリアという飛びきり綺麗な女と親しく話して食事やお酒を共にしたが、私はジュリアには恋愛感情を持っていない。
 それでも仮にジュリアに告白でもされ、そんなムードになってしまったとしたら、絶対に間違いを起こさずにいられるかどうか。それは正直なところ定かではない。特に都会の夜というものは独特の雰囲気があり人の心を狂わせる怪しい魅力で溢れかえっているのだ。そう考えれば、美和があの写真を見て動揺しない訳がない。私は今頃になって事の重大さに気が付いた。早くその心を静めてあげなくてはとスマホを何度となく見直して美和からの返信を待った。
 夕方になってようやく美和からメールが届いた。――分かりました。ごめん。と短いメールにやや不安な気持ちになる。こんな時すぐに会える距離にいないのが残念に思う。顔を見て話せば伝わる思いも、メールではもどかしい。
 それでも特に何事もなく表面的には平穏な日々が続いて行った。やがて美和との三回目のデートの日が近付いて来た。今回も前回と同じK駅での待ち合わせという事にした。時間も同じ正午前。そろそろ初夏の時季になり暑い日が続く。私は車だから良いが歩いて駅まで来る美和は大変だろうなと思う。
 
 その日は晴天で真っ青な空にセミの鳴き声がうるさいくらいに鳴り響いて、うだる様な暑い日だった。K駅前に着くと水色の夏らしい半袖のワンピース姿で白い日傘を広げて、前回と同じ場所で美和は佇んでいた。どことなく表情が冴えなく見えたのは気のせいだろうか。
 とりあえずどこかでご飯をという事で今回は前回行ったお好み焼屋さんの向かいにある中華飯店に入ってみることにした。
 店内に入るとごま油とニンニクの混ざり合った良い匂いがする。小綺麗で明るい店内はカウンター席とテーブル席、奥には座敷もある様だ。客席はそこそこに埋まり活気がある。私と美和がテーブル席に着くとふくよかな体型のおかみさんがエプロン姿で「いらっしゃい」とにこにこしながら水を出してくれた。「外は暑いでしょう」と気軽に声を掛けてくれる。二人とも炒飯を注文し焼売と餃子を一人前づつ取って分けて食べる事にした。美和が黙ったままでいるので気詰まりになった私は「餃子を食べちゃうと後でキス出来ないかもね」と冗談を言ってみた。美和の反応がイマイチだったので、続けて「でも同じもの食べるんだから、別に良いよね」って笑うと、それがたまたま横を通ったおかみさんに聞こえてしまったみたいで、あははっと口を押さえて楽しそうに笑われてしまった。恥ずかしい。 美和が笑ってくれたかどうかは分からなかった。
 
 微妙な雰囲気を醸し出す中、しばらく待っていると炒飯を炒める香ばしい匂いが店内に漂って来た。厨房を見ると三十代半ばくらいのお兄さんが湯気の向こうで中華鍋を揺すっている。炒飯を炒めるシャーシャーという小気味良い音がする。その時はとても和やかな気持ちでいたのだが、私は徐々に訪れる美和の異変に気が付いていなかった。
 運ばれた来た炒飯や焼売、餃子などを「美味しい、美味しいね」と感嘆しながら、ひたすら食べる事に夢中になっていると、突然に美和が青い顔になって頭がふらふらと揺れて変な具合でいる。目元がトロンとしていた。「どうした?」と尋ねると「大丈夫、ちょっと目眩がしただけ、だいじょう……ぶ」と言ってる最中に突然ガタンと大きな音を立てて椅子から崩れ落ちてしまい、その場に横向きのまま倒れてしまった。
 私をはじめ店内にいた他のお客さんもハッとして、慌てて美和の元へ駆け寄った。私は美和を抱き起こして顔を覗き込む。青い顔をして苦しそうに呻いている。「あわわ、どうしよう、美和、美和、大丈夫か?」と声を掛ける。おかみさんも駆け寄って来る。「そのワンピースのベルトを緩めてあげて」と私に言う。見るとそう言えばお腹の辺りにベルトがあり、美和はそれを結構きつく締めているみたいだった。緩めるとフっと息をして上半身の力が抜けた。
「救急車呼ぼうか? コウ、救急車!」とおかみさんはカウンターの中にいるお兄さんに向って声を上げる。「あいよっ!」と声が返って来る。すると……、
「待って!」美和が手を上げてそれを制する。「少しだけ横にならせて貰えませんか。そうすれば治りますから、救急車は呼ばないで」と涙目で訴える。
「そうかい、う〜ん、それじゃ、奥の座敷が空いてるから、そちらへ運んであげて」とおかみさんの指示に従い、美和を抱きかかえて奥の座敷に運び込み、寝かせる。横になった美和はふーっと息を吐き、次の瞬間すやすやと眠り始めた。ちゃんと呼吸はしている。おかみさんがタオルケットを持って来てくれたのでそっと美和に掛けてあげた。
 
 幸い三十分程したら美和の顔色もだいぶ良くなって起き上がれる様になった。「大丈夫なのかい」心配して美和の目を覗き込んで見る。確かにさっきよりは目付きもシャンとして来た。気が付かなかったけど思えば今日は出会ってから美和はいつもより口数が少なかった。時々美和は黙り込む事があるのでそんなに気に留めていなかったが、体調が悪かったのかも知れない。
「実は昨夜眠れなくて、殆ど寝てないんです」美和の言葉に店のおかみさんとコウと呼ばれた厨房のお兄さんも「なんだ」と少しほっとした顔をする。「うちの炒飯食べてる最中に倒れたの、あんたが初めてだよ」とコウさんが笑って言う。私と美和は「本当にすみません」と言って小さくなって何度も頭を下げた。「まあ、ゆっくりしていきなよ」とコウさんはそう言ってくれた。
 結局1時間近く美和は横にならせて貰って、私達は引き上げる事にした。会計を済ませて私は美和の肩を抱きながら、改めておかみさんに礼を言った。コウさんも見送りに厨房から出て来る。「歩けるか?」と美和に声掛ける。美和は「大丈夫です。ご迷惑かけました」と謝った。おかみさんは優しそうな笑顔を見せて「ま、若い時はいろいろあるもんだよ。これに懲りずにまた食べにおいでよ。あんた栄養つけなきゃ」と美和の肩をポンポンと叩いた。その顔を見てると何だか心まで癒される。二人でもう一度礼を言って店を後にする。店の看板を見ながら、有沢飯店か、また来なくちゃな、と心の中で呟いた。
  
 思わぬトラブルを起こしてしまった私達は、その後どこへ行くかというと、やはり前回も行ったラブホテルに行くのだ。しかし今回は美和の体調を考慮して二人並んでベッドで添い寝をするだけ、ほんとにそれだけ、ほんと、ほんと、いや、ちょっとだけイチャイチャしたかも知れない。
 そして美和とゆっくりお話をした。やはり美和は私とジュリアの写真を見て以来、ずっと今日まで心を乱していたらしい。それは単純な嫉妬という感情だけでなく、自分の存在がさくらにとって相応しいかどうかを深く悩んでいたらしい。今は楽しく付き合ってはいるが、将来の事を考えると自分はさくらと結婚出来る訳ではない。さくらがこれから誰かと出逢い恋愛をしてその先に家族を作ってと言う事を思うと、その相手は自分ではない。そう考えてしまい、毎日眠れずに苦しんでいたという。
 私はその美和の言葉にどう答えれば良いのか、随分迷ってしまった。結局迷い迷いしながら、「それは、これから二人でじっくり考えて行こうよ。直ぐに答えを出すべき事じゃ無いし、先の事は誰にも分からないから」と言った。美和は私の胸に顔を埋めて何度か頷いた。
 それから私は、来月か再来月、一緒に東京に行かないかと誘ってみた。ジュリアが美和に逢いたがっている事と、ちょっとしたジェンダーレスの人達が集まるイベントがあるらしいと東京で訊いて来た情報を伝えた。美和はとても興味深そうに「行きたい。行くとしたら泊まりね」と言った。「そうだね。それは構わないの?」と私は訊いた。「大丈夫。前にも一度アニメのイベントに出掛けた事があるし、行きたいわ、ジュリアにも逢いたい」美和はそう言った。
 その日、私はそのまま美和を車に乗せてK駅ではなく家の近くまで送った。美和は済まなそうにしていたが、私は嬉しかった。思わぬ仲直りドライブだ。美和の表情が明るくなった事が嬉しかった。今夜からはゆっくりおやすみ。いろんな事があった三回目のデートだったけど、最後はなんとなくほっこりして良い感じになった。

続く




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作中に登場しました「有沢飯店」は秋谷りんこさんとの作中コラボです。オリジナルはりんこさんのこちらの作品に登場します。ぜひご覧下さい。


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