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侵食もしくは青い炎 ②/⑥

①サマルカンドブルーへ

2     サンクトペテルブルク

シャワーを浴びて身体に纏わりついたこうの体液を洗い落とす。久しぶりのセックスに2人とも異常なくらいにのめり込んで互いの身体を貪り合った。
挿入自体はこの3ヶ月の間に何度かあった。1人や2人ではない。4、5人はいる。深夜にふらっと呑みに出掛ければ、大抵は誰かと朝までのコースになる。それをわたしはお酒とセックスのセットと考えている。恋とかそういう話ではない。あくまでヤるだけの話。

こうの方も多分そんな毎日を過ごしていたのだと思う。ウズベキスタンがどんなところか知らないけれど、人が生活して街がありそこに男女がいる限り、夜毎どこかで誰かはセックスをしているだろう。相手のことは分からないが、商売女であろうと行きずりの女であろうと同じことだ。大人の男が3ヶ月もの間、セックス無しで過ごしているとは思えない。女の1人や2人は抱くだろう。普通。

けれどもそれは単にその時だけの生理現象みたいなもので、空っぽになった腹を満たしたいだけの行為。わたしにしてみれば、それらはこうがいない間の代わりに過ぎない。だからその最中にあまり相手の顔は見ないようにしている。身体の感触や行為の手順などの細かい違いはあるものの挿入された感覚に大きな違いはない、あるとすれば、早いか遅いかくらいだ。

その瞬間、頭に思い浮かべるのは間違いなくこうの顔だ。そうだわたしは他の男に抱かれながら、こうに抱かれることを夢想している。
こうの場合はどうなのだろうか? その時に思い浮かべるのは誰の顔なんだろう。それはわたしであって欲しいが、本人にしか解らないことは、いくら訊いてみたところで真実を知る手立てがない。


麻布のイタリアンで食事をしたあと、少し歩いた先のワインバーで軽く酔ってから、当然のようにシティホテルに2人でチェックインした。少し高級感が漂う部屋の大きなベッドで抱き合うのは気持ちのいいものだ。飢えていたとは思えないが、今夜のこうは激しかった。まるで会えなかった日々を埋め合わせるかのよう、前戯もそこそこに挿入すると、激しく腰を振った。わたしはその最中ほぼ我を忘れてひたすら絶叫した。

何度か交わったあと、ようやくひと息しようと2人でシャワーに向かった。それでもシャワーを浴びながらキスして、口でイかせた。わたしも指でイかされて、また声を出した。
さすがにそれだけやると、彼はさっぱりした背中でバスルームを後にした。そして今わたしはこうして身体中に染み付いた彼の唾液や精液をシャワーで落としている。本当は流してしまいたくないのだが、皮膚がパリパリになってしまうのもどうかと思い、ボディソープをつけて念入りに洗い流す。出来れば僅かでもいいからその匂いを身体のどこかへ蓄えておきたいと思う。

濡れた髪の毛をタオルで拭きながらバスローブを羽織り室内に戻ると、テーブルの上にあまり目にしたことの無いような幾何学模様の青いタイルが数枚置かれていた。それがどうやらサマルカンドブルーと言われるウズベキスタン土産であるらしい。
「いい感じだね」
わたしはそれを手に取り質感を確かめながらそう伝えた。
「そうだろ」
彼は自分の買って来たものを褒められるといつも得意そうな顔をする。
「これをこうして部屋飾りにするといいかもね」
わたしはその中のいくつかを並べて色合いと模様の組み合わせを数パターン考案してみた。
それは思っていたよりゾクゾクする楽しい感触だった。
こうは満足そうに目を細めBGMに身を揺らしている、


「それで、何なの?」
「何が?」
「話したいことがあるって言ったじゃん」
「ああ、あれね」
「何かあるの」
「いや、まあね」
こうはなんだか勿体をつけた言い方をする。わたしは音楽を聴くようなフリをしてこうが話し出すのを待った。
こうはふいに煙草を咥えて火を付けた。
その動作にわたしは不吉な影を見出し、心臓の高まりを覚える。
「いや、実はね、今年の6月から3年くらいの予定でロシアに行く事になった」
「えっ」
意外な言葉にわたしの動作が止まる。
「そんなに長く?」
「そうなんだ」
少し悩まし気な顔をしてこうは煙草の煙を吐き出す。
部屋の中が少し青みががった空気に変わって行く。
コーヒーに溶かしたミルクのようにわたしの心にもこうの言葉が混ざり込んで少しずつ色を変えて行く。
「ロシアのどこ?」
「サンクトペテルブルク」
また場所の分からない地名が出て来た。
「本当に行くの?」
こうはわたしの質問に一瞬怪訝な顔をしたが、やや間を置いて「ああ」と呟いた。

これまでも海外赴任を繰り返して来たこうだが、大抵、長くてもせいぜい半年くらいで帰国した。
わたしは3年という月日がどれほどのものだろうかと想像を巡らす。
短いような長いような……、歳月。
産まれたての赤ちゃんが幼稚園に通うようになる時間。少年は青年になり、少女は娘になる。桜が3回咲いて散る。バレンタインもクリスマスもお正月も3回通り過ぎる。
3年という年月は中途半端だ。これが5年や7年なら、一緒に行くか別れるかの2択である。3年だとそれに"待つ”という選択肢がひとつ増える。
待つ? わたしは唐突にそれを考える。一体何を待つのか? これまでわたしはこうを待っていたことなんてあるか? 将来の約束や束縛はしない。会いたくなれば会う。いつだってそんな風にやって来た。
3年あればわたしは誰かと出会い恋をして、どうにかなっているだろうか?
3年も離れていれば、こうはわたしを忘れるだろうな。何となくそう思った。

「美希は好きなようにやりなよ」
「どういう意味?」
「いや、今まで通り、会いたけりゃ会うし、会いたくなけりゃ、会わずにいよう」
「ロシアまでは行けないわ」
「ああ、別に構わない。また帰ったら会おう」
「そんな先のこと、わからない」
「その時に決めればいいよ」
「平気なの?」
「平気って?」
「3年よ。その頃にはわたしはどうなってるかわからないわ。もしかして誰かと結婚してるかも。子供だって産んでるかもしれないし、それでもいいの?」
一気にたたみかけると、こうはまた煙草の煙りを部屋中に撒き散らした。
それはわたしの体内にまで染み込んで視界を掠めさせた。
「美希の好きなようにすればいいさ」
こうはひとりごとを言うようにそう呟いた。

その言葉の意味を感じながらも、わたしとこうはそれからもまたベッドで抱き合って、挿入もした。
夜に2回、朝に1回。

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