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半年間の筋肉痛の末に【佐藤正午著:鳩の撃退法】

ずっと感想文を書きたかったのに、あまりにすごすぎて半年近く書けなかった物語。

物語の中に別の物語があり、どれが本当でどれが想像なのか、わからなくなって混乱をきたし、とてもじゃないが落ち着いて感想なんて書けなかったのだ。
「結局のところ、本当に起こったことは何?」というのが、読み終わって思ったことだった。

パラレルワールド、というのとは違うと思う。
「はてしない物語」や「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」などはパラレルワールドだと思うけれど、あれとは違う。
あくまで、登場人物が繰り広げる想像の世界。

主人公は、かつて直木賞を取ったこともある小説家。
今はデリヘルの送迎車の運転係をしている。
彼が深夜のドーナツ屋さんで偶然相席をした男が、その直後に幼い娘を含む家族揃って失踪した、というところから物語が始まる。

彼の周囲の人たちの行動と、失踪した家族やその周囲の人たちの行動が、微妙に重なり、つながりながらも、結局「本当のこと」はわからないまま、おそらく真相に近いであろう想像が繰り広げられる。
ひとつひとつは無関係に見える、いくつかの不倫、いくつかの裏切り、見え隠れする犯罪、お金、老人、子ども、それぞれの登場人物の過去。
それらが時に密接に絡まり、時に偶然すれ違い、時に同じものを違う角度から目撃する。
ある事実を突端にして、想像が広がり、構築され、rigidな構造物ができていく、ように見えるけれど、あくまで想像上の物語です、という注意書きが消えることはない。

結局、本当のところ、どうなのよ?
と思うのだけれど、全部本当のところ本当じゃないのだ。
そもそもが物語の世界でのできごとなんだもの。
それがわかっていても思ってしまう。本当のところが知りたい、と。

物語の世界と、現実の世界の間には、暗くて深い川がある。
でも、大きな橋がかかっていたり、浅瀬があったり、干上がっている場所もあったりして、簡単に渡れてしまうことがある。

物語の中の性犯罪を現実世界で試してしまったり、カルト教団の教祖が強烈な閉じた物語に信者を参加させて閉じ込めたり、悪用してしまうととんでもない悲劇を生んでしまうと思うのだけれど。

でも、物語と現実とを行き来したり、物語の世界に没頭して我を忘れたりという体験は、現実世界にいるだけでは鍛えられない筋肉が鍛えられる。
「鳩の撃退法」は、実にたくさんの、細かい筋肉を鍛えさせてくれる物語だ。

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