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【ショートショート】君の音符と薄汚れた夜と


「ん~、ん~ん……君の髪を……いや。髪が、かな」

 さらんとアコースティックギターが音を奏でては止まり、紙の上を安いゲルインキのボールペンが走る音が部屋にじんわりと広がる。かたっとペンを置いてはまたギターが歌い出す。その繰り返しを眺めながら、本命彼女の好みなのかファンからの貢ぎ物なのかも分からない、ルームフレグランスの甘ったるい匂いが染み付いたベッド兼ソファーに寝転ぶ。
 狭いワンルーム。情緒のない雑然としたワンルーム。彼の夢が詰まったワンルーム。

「ねぇ、新曲ってバラード?」
「うん。蓮がバラードにしろってうるさくてさ。俺はもっとロック色の強いのがいいっつったんだけど」

 ふーんと適当な相槌を返してベッドから起き上がる。お目当ての冷蔵庫前に辿り着くのに徒歩数歩。がぱっと開けた中から缶ビールを二本取り出して扉を閉める。まだ冷え切っていない缶の感触に心の中で舌打ちをしながら、それを両手で抱えて彼の隣へと腰を下ろした。テーブルに置いたアルミ缶の音ですぐに察したのか、視線はギターに向いたままの彼が「ありがと」とだけ言ってギターを歌わせる。
 その隣で少し好みの温度からずれたビールを喉に流しながら、先程の彼の言葉を頭の中で再生し、彼のバンドのリーダーである蓮の言葉に賛同をした。彼自身はロックを好むが、彼の歌声はバラードのようにゆっくりと聴かせるものでこそその本領を発揮する。まあ彼の彼女もファンも、きっと彼のロックをしたいの我儘を最大限持ち上げているから気付かないのだろうけれど。なんて私が考えている事など知りもしない隣の彼は気分が乗ってきたのかペンを取る事なくギターを歌わせ続けている。

「いいね、そのメロディー。私結構好き」
「ま、俺天才だからな」

 隣の天才様は満足のいくメロディーの骨組みが出来上がったのか、今度はそれにどんな肉付けをしていくかを考え始める。私はそれを眺めながらアルミ缶を傾けるだけ。私と彼との付き合いはそう言うものだ。
 知り合ったのは彼のバイト先。彼がバンドマンな事など知りもしなかったが、付き合っている彼女がいる事はすぐに彼の口から知った。その上で、私は彼との関係を持った。別に好きになった訳ではない。恋する乙女と言うには遅過ぎる年齢で一目惚れをするはずもない。ただ、面白そうだと思ったから関係を持った。
 私は飽き性だ。誰かひとりに絞って愛情を注ぐなんて柄じゃない。現に今だって彼の他に二人程、お友達がいる。だがそれ以上の関係など望んでいない。そんなものは疲れるだけだ。

「君の髪が風に靡いて僕の手を離れてしまう」

 疲れるだけ。深入りなんて必要ない。気が向いた時に会って、気が向いた時にご飯を食べて、気が向いた時にセックスをする。それが一番私の性に合っている。

「伸ばした僕の手は何も掴めなくて」

 だからこうして彼の音色に耳を傾けているのも、いつものお遊びだ。遊んでいるだけだから、何も掴めなくて良いんだ。


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