見出し画像

【ショートショート】青の自動販売機


「何飲む?」
「お茶でしょ」
「いや、コーラ!」

 午前中だけの部活でもあったのだろうか、制服姿の女子高生と思しき女の子が三人、駅のホームに置かれている自動販売機の前で楽しげに話していた。私はそれを横目にベンチに座り、機器の点検だか何だかで少し遅れた電車と、腹痛を訴えトイレに駆け込んだ後輩を待つ。
鞄の中には、この暑い真夏の時期に飲むには最悪の温度になったペットボトル。本音を言えば喉はきんきんに冷えた水分を欲しているが、このぬるくなったペットボトルが我が物顔で鞄に入っている以上新しい物を買いに行く事も出来ない。私の鞄はペットボトルの定員が一名なのだ。はあーっと小さく小さく溜め息を吐いてぬるいお茶を喉に通らせた。自動販売機の前ではまだ女子高生が高い声でジュースを決めあぐねている。

「あー、危なかったー。マジで漏らすとこでしたよぉー」
「汚い。セクハラで訴えんぞ」
「冗談じゃないですかもう!」

 きゅっとぬるいペットボトルの蓋を閉めた頃、トイレから生還した後輩の汚い報告に苦情を申し立てる。冗談だと笑う後輩が私の隣に腰を下ろし、携帯電話の画面に指を滑らせた。「まだ遅延してますねー」と呟くそれに、「あいつらが文句ばっか言うから」と当初の予定よりも遥かに遅い電車に乗る破目に陥った原因である取引先の相手を罵る。やれここの部分がだの、やれ予算がだのと文句を言えば何とかなると思い込んでいる自称神様は手に負えない。こちらとて慈善事業で赴いている訳ではないのだ。客を選ぶ権利がある事も忘れないでもらいたい。ああ、思い返したらまた腹が立ってきた。そもそもこのペットボトルがこんなにぬるくなったのもと思った瞬間、がこんとアルミ缶が機械内を転がり落ちる音。
 視線を向けると例の女子高生三人組がようやく購入するジュースを決めたようだ。各々がきんきんに冷えたアルミ缶を手に、何がそんなに面白いのかも分からないが満面の笑みでプルタブに指を引っかけていた。

「先輩? どうかしました?」
「ああ言うの、私もやったなあって」

 笑い合った女子高生三人組はごくごくと冷えたジュースを喉に通してはまた笑い合う。それを見ていた私に後輩が疑問符。それに対して、ふと思った事をぽつりと返して視線を戻した。
 自分自身が女子高生だった頃、何が面白いのかも分からないような事で馬鹿みたいに笑っていた。箸が転がるだけで笑う年頃とはよく言ったもので、実際にそれだけで友人と馬鹿みたいに笑い合っていた。それが何故なのかを疑いもせずに笑い合っていた。
 だがこうしてあの女子高生三人組を見て思考した内容は、自分も随分とおばさんになったものだと知らしめてくるようなもので、意味もなく笑いがこぼれた。隣の後輩は自分の鞄からのど飴をひとつ取り出しては、暑さで少し溶けて包装にこびり付いたそれを剥がす事に悪戦苦闘している。そしてようやく取り出したのど飴を口に放り込んでは数回口内で転がしてから、へらっと笑って一言。

「先輩にも可愛い時代があったんですね」
「殴るぞ」

 まもなく電車が参りますのアナウンスでベンチから立ち上がった。ぬるくなったペットボトルをゴミ箱に突っ込んで電車に乗り込む。次の駅で降りたら自動販売機で新しい飲み物を買おう。
 ああそうだ、たまにはコーラを飲むのも悪くない。

「ほら餌の笹代だ」的な感じでサポートよろしくお願いします! ポチって貴方に谢谢させてください!!!