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#02 発酵博士|小泉武夫『日本酒の世界』

とにかく、発酵博士である。

刊行されている本のタイトルを羅列してみると、『発酵食品学』『くさいはうまい』『納豆の快楽』『発酵は力なり』そして、中公新書『発酵』...... おそるべし発酵博士、小泉先生。
『発酵手帳2023』なんてのもある。便利な発酵調味料の使い方ガイドも載っているそうで、いつでもどこでも発酵のイロハを参照できる。

さて、『日本酒の世界』の話に移ろう。
冒頭は、初めて酒を飲んだ日本人についての考察から。
酒を飲んだ最初の日本人は、日本酒のような米の酒ではなく、おそらく漿果酒 (ブドウなどの液果から作られた酒) を飲んでいたようだ。
やがて、クリ・クルミ・アワ・ヒエなどのデンプンを口噛みによって唾液のアミラーゼで糖化してアルコール発酵させた堅果・雑穀酒が生まれた。
実際に小泉先生の研究室で口噛み酒を作った話や、沖縄・石垣島で行われていた「噛ミシ」という口噛み酒の話も紹介されている。

そして麹による酒造りが始まり、これが日本の酒を大きく特徴づけることになった。
麹を使った酒自体はアジアに複数存在しており、それだけでは日本特有のものとは言えない。しかし、日本以外の麹酒は「餅麹×クモノスカビ (Rhizopus)」という組み合わせであり、日本のような「散麹×コウジカビ (Aspergillus)」ではない。
ここに、日本の酒の特有性があると小泉先生は指摘する。
蒸した粒状の米を食べていた日本人に、湿潤な気候・風土が組み合わさって生み出された日本酒。その後、長い期間をかけて大きく技術革新を進めていく。

前半は、縄文期から現代までの日本の酒造りを丁寧にたどる。
一つ一つの解説が非常に分厚く、他の本では省略されるようなこと (例えば『延喜式』に記載されている酒や酒造道具の詳細について) までしっかりと記載されている。
個人的に興味深いのは、室町時代に麹座をめぐって神と仏がぶつかった「文安の麹騒動」。徴税を目論む幕府と権利を独占したい北野社、そして町の酒屋と繋がりが深い比叡山の僧の対立関係にドキドキする。

後半は「酒と社交と通過儀礼」「酒を競う」「酒と器」など、日本酒にまつわる周辺をトピックごとに紹介している。
日本のあらゆる地域の儀礼や伝統が挙げられており、民俗学の視点から見ても面白いテキストだろう。
祭りや宴会があるから、無礼講や可杯 (べくはい) が生まれた。送別会の差し入れには、ビールではなく一升瓶である。

最後に「酒合戦」を紹介したい。
大酒飲み選手権で、今風に言えば「コール飲み」である。昭和2年の「熊谷の酒合戦」の記録で、1位はなんと一斗二升を飲み干したという。一升瓶、12本である。
四合瓶1本すら飲み干せない自分なんて...

こぼれ話

小泉先生は、国税局主導の「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り」の調査も行われている。153枚にわたる ボリューミーなpdf が無料で公開されているので、印刷して『発酵手帳』に貼っておくのがおすすめです。

参考文献

小泉武夫, 日本酒の世界, 講談社学術文庫, 2021
小泉武夫, 日本酒ルネッサンス, 中公新書, 1992
小泉武夫, 日本酒百味百題, 柴田書店, 2000
国税庁, 「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り」調査報告, 2021
宮城 文, 噛ミシ (神酒), 日本釀造協會雜誌, 1976, 71 巻, 1 号, p. 29-31


酒にまつわる本を「酒本」と呼ぼう。

家に積まれた酒本を、一つ一つ順番に読み干していこうとする試み「呑ん読」。これから少しずつあげていきます。

本編はこちら:https://sunhai-sake.studio.site/zakki/hangesho-2023


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