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188. マキの口笛 【少女漫画】

牧美也子という漫画家をご存知ですか?
貸本漫画が隆盛を極め、少女漫画雑誌が週刊になり始めた頃にデビューし、バレエ×母娘ものという王道のストーリーと、高橋真琴の影響を強く窺わせる可愛らしい絵柄で人気を誇った方です。
その後はレディースコミックの第一人者としても活躍しており、あの「銀河鉄道999」などを描いた松本零士の奥様でもあります。

デビュー作は貸本漫画の「母恋ワルツ」(1957)。その後「マキの口笛」他、貸本や雑誌で少女漫画を描かれているのですが、なぜか「マキの口笛」以外は復刊されていないため入手困難。
比較的手軽に読めるのはレディコミの作品のみとなっています。

ちなみに、レディコミについては詳しくないのですが、同時代に活躍していたわたなべまさこさんや花村えい子さんがレディコミに転向するのが70年代末〜80年代だったことを考えると、かなり早くから大人向けへと目を転じていたようです。
(当時はレディコミ誌がまだなく、「ビッグコミック」などに連載していたのだとか!)

しかも今回取り上げる「マキの口笛」も、雑誌を元に描き直したバージョンが
1970年代に新書版全3巻で刊行されただけで、完全な形での単行本は出ていなかったのだそうで……。(同じく70年代に文庫版も出ていますが、これも新書版と同じかは不明。ただ文庫だとどうしても小さいので読みにくいですよね)1960年の発表から46年の時を経て、2006年にようやくの単行本化と相成りました。
本編はもちろん可愛いし、巻末に著者インタビューまで載っていてボリューミー。
絶版になってしまいこちらも古書相場が上がって入手が難しくなってきているのが惜しまれます。再販してくれないかな……。
(※以下ネタバレあり)


お母さんのいない悲しみに耐えつつバレエに打ち込むマキは、女優の谷みゆきさんに憧れている。けれど実はみゆきさんはマキの実母で、しかも白血病で余命いくばくもないと判明して……

そんな内容そのものも、なかなかの長編で突っ込みどころも多い展開なわりに面白く読みやすかった覚えがありますが、何よりマキちゃんのイラストが可愛くてファッショナブルなのが印象的でした。

もう本当に、何度もページを捲ってうっとりと見惚れてしまう洗練されたイラストです。
何せ雑誌連載時、毎回マキちゃんの着ている洋服が読者1名に当たる懸賞をやっていたというのです! それはもう皆こぞって応募したことでしょう。羨ましい! わたしも応募して当たらないかなってワクワクしたかった。

服はお母さんが縫うか街の洋装店に頼んでいた時代で、お母さんにマキちゃんとお揃いの服がほしいとねだった子も多かったそう。一応設定は日本人だけれど、洋館に住みバレエを習い素敵なお洋服を着ているマキちゃんをはじめとする登場人物たちは、当時の女の子たちの憧れの的でした。

ちなみに1967年に発売されたタカラ(現・タカラトミー)のリカちゃん人形は、牧美也子のキャラクターを統合して生まれた人形です。顔の可愛さに加え、このファッションセンスの良さもモデルになった理由だろうと思います。
胸ときめく可愛らしさは、二次元でも三次元でも乙女心を掴むのです。


巻末のインタビューや解説では、当時の様子が垣間見られて本編の見方が変わったり、発見や驚きがありました。さらっと読んでいると気に留めていなかったところにも、時代背景が自然に反映されているわけです。

この作品が描かれた1960年代というのは、まだ戦争の記憶が新しい”戦後”であり、60年安保から高度経済成長期へ入っていく時代でした。
段々生活が豊かになっていく中で、まだ”戦争”も生活の中に色濃く残っていたようです。

文中に「戦後、何かの縁で血の繋がらない人を育てることはそれほど珍しくなかった」とありました。
マキちゃん自身もそうですし、確かに言われてみれば当時の漫画って、何かしらの事情で親がいなくて、親戚や親の友人や周囲の大人が子供を引き取って育てている設定はありふれたものでした。
特に疑問に思うこともなくすんなり受け入れていましたし、フィクションでは現代でもたまに見掛ける設定ですが、リアルではありふれた光景とは言えませんよね。
当時も民法に養子縁組の規定はあったので、戦後のごたごたで法律がきちんと機能していなかったということでしょうか。それとも養子縁組をした上で育てていた人が多いのだろうか?

また、マキちゃんの実のお母さんが白血病で亡くなるということで、原爆も絡んできます。解説で「あの頃、少女漫画ではやたらと白血病で人が死んでいたなあ」と藤本由香里さんが回想していますが、ぱっと思いついた漫画は池田理代子「真理子」と里中満智子「6月4日月曜日」でした。他にはどんな漫画があるんでしょう。ご存知の方いらっしゃいましたらぜひ教えてください。

ところで、白血病は被爆2年後くらいから発生し始め、ピークは6〜8年後だったとのことで、ちょうどこの漫画が描かれていた頃が一番多かったわけですね。漫画の影響もあり、当時は白血病でどんどん人が亡くなっていったのだとばかり思っていたけれど、調べてみるとどうやらそうではないようで。
白血病自体が稀な疾患のため、原爆被爆者が白血病になるリスクは高くても、被曝が原因で発症する病気全体に占める割合は随分と小さかったようです。”白血病”という名前が一人歩きしていて、実際は他の病気で亡くなる方の方が大半だったのですね。

それからタイトルにもなっている”口笛”への言及もありました。
「当時は女の子が口笛を吹くことは許されていなかった」そうで(ある時代までは(特に女性が)口笛を吹くことは下品な行為だという共通認識があったようです。現代の感覚からするとどうもピンときませんが)、そんな口笛を吹くマキちゃんは、ちょっとおてんばなキャラ設定だったのかもしれません。

ただ、マキちゃんはとっても嬉しい時ととっても悲しい時に口笛を吹く、と冒頭で触れられていますが、その後の展開でそんなに口笛が前面に出ているわけではなく。マキちゃん自身もおてんばどころか真面目な良い子でした。
もしかすると本来はもう少しはねっかえりな子に描くつもりが、描いているうちに当初の構想から離れていったのかしら、と思います。或いはつい口笛を吹いてしまうくらいに感情が揺れ動く、感性の豊かな子ですよと伝えたかっただけで、実際に口笛を吹くかどうかは重要でなかったのかしらん?

著者に関することでもひとつ。
牧さんが多くの漫画で題材にしている”バレエ”に関することでちょっと嬉しい気持ちになったことがありました。

牧さんは大阪出身なのですが、当時道頓堀にあった天牛書店で売られていたバレエの写真集がほしくて、何日も通ったのだそう。
この天牛書店、明治40年に創業した歴史ある店で、現在は江坂と天神橋の2店舗あります。扱っている品が良くお手頃価格のものからプレミアものまでとりどり揃っているので、大阪に行くと寄りたい古本屋です。
場所は違えど牧さんと同じ古本屋に行っているのだと思うと何だか心が弾みます。

バレエ漫画については先日、京都国際マンガミュージアムで開催された展覧会の図録「バレエ・マンガ 永遠なる美しさ」を読みました。この本についての感想もいずれまとめるつもりです。


牧美也子の少女漫画は他に「りぼんのワルツ」も読みました。これもバレエものですが、「マキの口笛」よりさらに不条理なお涙ちょうだいもので、ラストが悲しかったです……。母恋三部作なども読みたいな。どうにかして読むぞ、と思っています。


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