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ラヘルの消えた日

アンティークグリーンの空、目が眩むほどの晴天。
今日はルラの日。とびきりのお祭り日和だ。

祈りの踊りとご馳走を太陽神アルムピカに捧げて、新緑を祝い一年の豊作を願う日。
ルラは最初の神子となった人の名前らしい。
こどもたちの中から一番踊りが上手い人がルラとなって、代表して踊りを捧げる。

ルラに選ばれるのは一種のステータスみたいなところがあって、ルラになったことがある人はみんなエリート街道まっしぐらだ。
ぼくは町長の子供だけれど、踊りはてんでダメなので期待してくれている両親には悪いけど、ぼくがルラを勝ち取るのは諦めてもらいたい。

明け方、日の出と共に神殿に祈りと供物を捧げる。
そのあと町のみんなで広場に集まって踊りを踊る。
赤ん坊、子ども、兄さん姉さん、大人、年寄りの順で自分より若いものを取り囲んで踊る。

年寄りから踊っていって徐々に若い人たちへと順番がうつる。最後に子どもたちが踊って終わりだけど、そこで一番上手だった人がルラに選ばれるのだ。
贔屓があったらいけないから、みんなカツラのついたお面を被る。
顔は動物、髪は植物で出来た被り物は、ミノムシみたいに全身を覆うので、顔どころか全身隠れる。本当に上手な人じゃないと太陽神のお怒りを受けるから、そのための風習だけど、これを被ったまま踊るのは結構大変。

僕らの代はめちゃくちゃ踊りが上手なラヘルって奴がいて、みんなラヘルが選ばれるだろうと思っていたけどやっぱりそうだった。

ラヘルには親がいない。
不慮の事故でラヘルが生まれてすぐに死んでしまったのだ。
子どもはみんなで育てる風習があるので、ぼくらは正直ラヘルと兄弟のように感じている。

ラヘルはちょっと変わった奴で、いつも心ここにあらずというか、なんかふわふわ浮いたところがあったけど、悪い奴じゃないし勉強もスポーツもなんでも出来たのでみんなから愛されていた。

昼はみんなでご馳走を食べたり、大人はお酒を飲んだり、宴会をする。
賑やかな声を捧げるのだそうだ。太陽神アルムピカ様のおかげで私たちは幸せですって言うのを見せてるらしい。

日が傾いてきたら火を起こして、大きな焚き火を作る。色んなものを火に焚べてどんどん、どんどん煙を立てる。燃やして燃やして燃やし尽くして、上がった煙を天まで届かせる。
その、焚き火を取り囲んで全員がそれぞれ祈りと誓いをたてる。
この誓いはまあいっちゃえば抱負みたいなもの。
そして最後、あらかじめ建てておいたやぐらの上で、神子が踊りを捧げ日の入りを見届けたら、ルラの日は終わりを迎える。

ラヘルが櫓の上に登って天に向かってお辞儀をする。太鼓の音がドドンと響いてお腹がざわめく。笛の音とやぐらを踏みしめる軽快な足音が広場に響く。

ラヘルの踊りは、今まで見てきたどんな踊りの中でも一等に美しかった。
声も出ないほど。それはぼくだけでなく大人たちも。ましてや赤ん坊も釣られるように息を呑んでいた。

ぼくは、この時初めてラヘルが踊っている時の顔をみた。ラヘルの顔は生き生きとしていた。踊ることが、ラヘルにとって一番の幸せであるかのように見えた。ぼくはそんなラヘルが本当に神の使いのように思えたのだった。

神々しいまでの時間は永遠に続くように思えたけれど、あっという間に過ぎ去っていくようねもあった。気が付けばラヘルは踊りを終えて最後、日の入りする太陽に向かい祈りを捧げている所だった。
先ほどまでは見渡す限りの晴天だったはずなのに、いつのまにか曇っていた。その雲は分厚く重なりだすとゴロゴロと雷の音をわななかせた。

ピカッと一陣の稲妻が地面に向かって突き刺さる。その行き先は、脇目も振らずラヘル一直線であることだけはぼくらにもわかり得た。

目も開けないほどの雷光と轟音に眩み、吹き飛ばされる。
再び目を開けた時、視界に入ってきた情報は衝撃的なものだった。
雷が直撃したはずのやぐらは、そんな気配を少しも見せずそびえ立ったままで、けれどラヘルだけが見つからなかった。
衝撃で落ちたのかとも思ったけれどどこにもいないのだ。

ラヘルは、神様に連れて行かれてしまったのだ。

太陽神に捧げたラヘルの踊りをたいそう気に入ったのだろうとババ様が言った。
ラヘルなら大丈夫、きっと幸せに暮らしているよ、という言葉は、正直あまりにも身勝手な言葉のように思えるけれどしかし、ラヘルはどこか、この町というかこの世界に馴染んでないような気がしたのでそれもそうか、と思ってしまう僕がいた。


ラヘルがいなくなってから、それでも町はさほど変わることもなかった。
ただ、去年よりもずっとラヘルの好きだったモココが豊作だったり、リバトがたくさん狩れたりしたので、やっぱりラヘルは神様のところにいるような気がした。

ぼくは、それでちょっと嬉しいような寂しいような気持ちになったけど、二人だけの秘密基地にラヘルが好きだったお菓子を置いておくと、綺麗さっぱり無くなっているのを見て、ラヘルが元気に踊っていることを想像するのであった。

ルラの日は一年の豊作を願う日。
ルラの日はラヘルの消えた日り
ルラの日は楽しくてでも、少し寂しい気持ちのする日。

来年のルラの日は、いつものご馳走と合わせて、モココで作ったお菓子と、リバトのステーキを捧げよう。ぼくらの兄弟がお腹を空かせないことを願って。

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