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今日も空は青い

妙な機械を見つけた。

道端に、落っこちていたそれは、タイプライターのようで少し違う、まあようはタイプライターみたいなモノだった。

道に落ちてるものを拾うなんて、と思うかもしれないけれど、まだまだ使えそうなそれが、異質なまでに存在感を放ってこちらを見てくるのだから仕方ない。
あちこち錆び付いてガタガタギシギシと呻き声を上げているので、綺麗に吹き上げて油をさした。ネジがおかしくなっている所は締め直して、うん、まともなもんだろう。

適当に近くにあった紙をロールにセットして微調整をする。使い方を調べながら、こんな感じかなと様子を見ながら準備を進める。
よし、できた。これでよいだろう。
キーボードに手を置いて、少し考える。

最初の言葉はどうしようか、うーん。


あー、なんだっけ、プログラミングとかのテストワードにあんな言葉があったような。うん。ちょうどいいんじゃないかな。

キーボードの部分に乗せた指に力を込めて、その感触を確かめるようにゆっくりと文字を刻んでいく。

“Hello , World”

ガシャン、と重たい音が静かに響く。
インクの擦れ方も、フォントの形も中々にいい。
せっかくだからいつもの日記をここに書いてみるか。朝起きてから、今までのこと。昔のこともいいから書いてみよう。
なんだか楽しくていつもよりも文章が長くなるような気がする。

打ち間違えると勿体ないので間違いのないようにゆっくりと打ち込む。

静かな部屋にガシャンガシャンと言葉が打ち込まれる音だけが響いた。

よし。

最後の文章を打ち込み終えて、ロールを巻きながら紙をとろうとすると、それまでされるがままだったタイプライターが勝手に動きだした。
ロールから外そうとした紙が逆回転で吸い込まれるように消えてしまったのだ。

驚きのまま言葉が出なくなる。

あ、れ?あれ?え、えっと…?

暫しの動揺と沈黙の後。

まあ、そんなこともあるのだろう。

そう思って、よしとする事にした。
逆に考えてみよう。道で拾ったボロボロのタイプライターを、使ってみたら実は何かの通信機だったのかもしれない。

だから、だいぶ恥ずかしいのだが、誰に見せるわけでもなく書き連ねた本日の日記は、もしかするともしかして、誰かに届くのかもしれない。と。
想像するだにドキドキして、心臓が破裂しそうだ。
恥ずかしさというよりはワクワクに。

まったくもって説明のできない方法で誰かのもとにこの他愛もない日常が届いたとき、どう受け取られるのだろう。
退屈だと一笑されるのだろうか、それとも、知らぬ世界だと好奇心を掻き立てられるのだろうか。

消えてしまった日記が、誰かに見られることを想像するだけでこんなにも楽しいのだ。
そうだ。
あしたから毎日これで日記を書こう。
そして、届くともわからぬ、誰とも知らぬ“貴方”に向けて、自分が確かにここにいたということを伝えられたら、どんなにか心躍るだろうか。

今晩はもう少し実験をしよう。

知らぬ世界を届けたいのだ、なるべく丁寧に言葉を綴りたいし届けたい。

ハロー、ハロー。
届いている?
聞こえても返事はいらない。だけどもし届いているのなら、心の片隅でいい。
この日常を、自分と一緒に分かち合って欲しいと、少しだけ思うのだ。
名も知らぬ貴方に、届くように祈って書くから。

Hello World
今日も空は青いよ。

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