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片っぽのサンダル

穴の空いたバケツで縁の下を除いたら、サンダルの妖精が顔を覗かせた。
サンダルの妖精はつま先の空いてる部分をパカパカさせながら、つっけんどんに聞いてきた。

『おいおまえ!おれの相方見たことない?』
そのサンダルは、片っぽだけだった。
その顔がなんだか凄く見覚えがあって、でもどうしても思い出せないもんだから暫く黙り込んでいたらまた更に大きな声で怒鳴られてしまった。

右足のサンダル(略してミギサン)は、ある嵐の夜に相方である左足のサンダル(略してヒダリン)と離れ離れになってしまったそうだ。
荒れ狂う暴風雨の中、ミギサンはヒダリンに必ず助けると誓ったそうだ。

ミギサンはその時、バーベキューの炭を入れたダンボールの下敷きになっていたおかげで一緒になって吹き飛ばされるのを免れたらしい。
また2人で、この縁の下のジメジメとした地面に並んでいたい、そういうミギサンの目元は、僅かに潤んでいたような、そんな光がみえた。

穴の空いたバケツを覗いたまま、庭をぐるりと一周する。植え込みの近く、ブロック塀の足元、さまざまなところを隈なく見るものの、なかなかヒダリンは見つからない。

家を出てお隣さんの庭を覗き込んだり、お向かいさんの家の中をそっと見るが、やっぱりここにも見当たらない。

公園にも、小学校にも、どこにもない。

肩を落としながら家に帰る。
両手は錆びたバケツの匂いが移って、少し鉄っぽい匂いがした。

ミギサンに隈なく探したけれど見つからなかったと報告すると、すごく、すごく落胆したような顔で俯いたままなにも喋らなくなってしまった。

片っぽだけのサンダルは、バケツの穴から覗いても覗かなくても、もうなにも言ってはくれなくなった。

ふと、カレーライスのいい匂いが風に乗ってやって来た。自分の家からである。
お母さんが手伝ってと呼ぶ声がする。
急いで縁側から駆け上がって洗面所へ向かう。
大好物のカレーライス!錆びついた手で食べるわけに行かない。
せっけんであわあわにして洗い流すのだ。

意気揚々と扉を開けて、思わず体が固まった。

ああ、そうか。
だからあんなに見覚えがあったのか。


洗面所には、ピカピカに磨かれたヒダリンが、お澄まししてそこにいた。

『あら、ちょっとあなた、ちょうど良かった。』

わたしの相方、見たことない?

片っぽのサンダルがそう言って恭しく聞いて来た。

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