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小説:雷の道(火曜日) #03

さて二時間。
するべき事は何も無かった。
あるとすれば食事の店を決めることくらいだ。

僕は車を出した。
あてもなく道をたどっていくと、かつて通った小学校に出た。
二年生の時に新築された校舎だ。

何もない更地の土地に建物が建っていく。
それを目の当たりにした最初だったのかもしれない。
だけどその校舎も幾分古さを増していた。
八歳の頃だからもう二十五年も前の出来事なんだ。
今はただの何処にでもあるコンクリートの箱。そ
してその中に美沙岐も居たんだ。

僕たちは小学校六年間クラスが同じだった。
一学年三クラス、二年に一度クラス替えがあったから六年間同じクラスというのはまあまあの確率だ。
そして六年間クラスが同じだったのは美沙岐も含めて三人だけだった。

でも美沙岐と個人的な会話を交わした事は無かった。
それにまだ恋がなんなのかさえ、わからずにいた。

その姿がおぼろげに見えてきたのは小学校も卒業間近の頃だった。
僕たちはもう一人、六年間クラスが同じだった幼馴染の加奈子とそれとあと一人、その頃よく遊んでいたアツシと四人でピクニックに行ったんだ。

何でそういう流れになったのかは思い出せない。
でもあの頃の僕達は思春期という入口に立っていて、これから起こるワクワクするような何かに期待を膨らませていた。

でも何も起こらなかった。
正確に言えば、美沙岐はピクニックの中に思春期のかけらも発見出来ず出て行ったんだ。
物足りなさを抱えて。

中学校に進学すると三つの小学校が一緒になって学年の人数が倍になった。そして僕と美沙岐は別々のクラスになった。
それ以来、同じクラスになることはなかった。

沙岐はバスケット部に、僕はバレー部に入った。
同じ体育館を使って練習をした。
遠目に美沙岐の姿を追った。
彼女の汗にまみれて走る姿を。
でも視線が交わる事はなかった。
彼女の視線の先はいつも別のところにあったんだ。
それを目の当たりにするたびにとても悲しい気持ちになった。

きっと嫉妬だったのだと思う。
でもその頃の僕はそれが何なのかさえ理解できずにいたんだ。

そう言えば中学校三年間の中で一度だけ、美沙岐と個人的な会話を交したことがある。
父が土地を買い、新しい家を建てることになった時だ。
その棟梁が美沙岐の父親だったんだ。

何も無いまっさらな土地に縄が張られ、次の日には基礎を作るための穴が掘られた。
ベニアで型枠が組まれコンクリートが流し込まれると基礎の形が出来上がった。
昨日までそこに無かったものが遠い場所からやってきて新しい形になる。
モノづくりという行為を目の当たりにした最初だったのかもしれない。

棟上げ式の日。棟梁と一緒に美沙岐も手伝いに来たんだ。
基礎の上に土台が敷かれ、あっという間に柱が建てられ、その先端に梁が組まれた。
男衆十人ばかりで、午前中には建物の骨組みが出来上がった。
餅がまかれ大人たちは酒を酌み交わし、子供である僕たち二人が取り残された。
永遠に続くと思われる酒盛りをしり目に僕達はあてもなく歩き始めた。
あれは美沙岐が僕を誘ったんだ。大人のめくばせをしながら「ここを離れよう」と。
僕も目で同意した。

どこをどう歩いたのかは覚えていない。
気が付いたら大きな川の見える堤防にいた。
僕達は並んで腰を下ろした。
美沙岐は部活の話をした。
走ってばかりで練習がきついと言った。
でも三年生だから次が最後の試合になるかもしれない。
優勝して県大会に行きたいと。

僕も部活の話をした。
たいして熱心に練習はしていなかったけど、よこしまな理由で体育館に居ることを悟られてはいけないと思った。

突然、何の脈略もなく「ジュンは将来建築士になるの?」と言った。
考えてみるとその言葉がきっかけだったと思うんだ。
今までぼんやりとしていた興味、みたいなものが、像が、焦点を結ぶ。

堤防に車を停め、あの頃僕らが目にしたものを見ている。
川幅が拡張され、すっかりと変わってしまったけど。



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