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【ミステリーレビュー】ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人/東野圭吾(2020年)

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人/東野圭吾

2024年に「ブラック・ショーマンと覚醒する女たち」が発表されたことで、晴れてシリーズ作品となった"ブラック・ショーマン"シリーズの第一弾。



内容紹介

謎を解くためなら、手段を選ばない。
コロナの時代に、とんでもないヒーローがあらわれた!

名もなき町。ほとんどの人が訪れたこともなく、訪れようともしない町。
けれど、この町は寂れてはいても観光地で、再び客を呼ぶための華々しい計画が進行中だった。
多くの住民の期待を集めていた計画はしかし、世界中を襲ったコロナウイルスの蔓延により頓挫。町は望みを絶たれてしまう。
そんなタイミングで殺人事件が発生。
犯人はもちろん、犯行の流れも謎だらけ。当然だが、警察は、被害者遺族にも関係者にも捜査過程を教えてくれない。いったい、何が起こったのか。
「俺は自分の手で、警察より先に真相を突き止めたいと思っている」──。颯爽とあらわれた〝黒い魔術師〟が人を喰ったような知恵と仕掛けを駆使して、犯人と警察に挑む!

最新で普遍的。この男の小説は、ここまで凄くなる。東野圭吾、圧巻の離れ業。

読書メーター


解説/感想(ネタバレなし)


まず、驚いたのは探偵役の元マジシャン・神尾武史のキャラクター設定。
名探偵というのは変わり者であることが常ではあるが、ことに東野圭吾が描く名探偵は、ひとりの人間として成長していく様も一緒に描かれていくことが多い印象だ。
その点、彼の場合は古典的な名探偵よろしく、はじめから万能感があり、人間ドラマとは切り離されたところにいるため、少し作風が変わったのかな、と思ってしまうほど。
今更、こんなにも胡散臭い、変人だけど無敵な名探偵を、東野作品で読むことになるとは思ってもみなかった。

一方、視点人物である真世は、没個性もいいところの一般人女性。
国語教師だった父を殺した犯人を突き止めるため、武史と手を組む以外は、特に能力を持つわけでも、勇気があるわけでもない。
被害者の娘、あるいは容疑者たちの同級生という立場がなければ、好奇心で事件に首を突っ込むタイプではなかったのでは。
ボイスCMを聴く限り、続編でも彼女は登場するようだが、どういう巻き込まれ方をしているのかは気になるところだ。
そんなふたりの掛け合いが本作のテンポを生んでいて、やや高圧的な武史の言い回しに抵抗がある読者もいそうではあるものの、それによって使う側と使われる側がはっきり認識できるのも事実。
素人探偵が余計なことをしないので、物語としては理想的に進行していく。

さて、2020年に初版が出版された本作。
話題になったのは、ミステリーにコロナ禍を設定に取り込んだことだろう。
舞台は、コロナ禍によって寂れつつある観光資源のある小さな町。
完全にフィクションに振り切ると思いきや、背景に横たわるリアリティもしっかり書き込まれていて、閉じた人間関係の中で誰が出し抜くかと駆け引きをしているのは、さすが東野圭吾である。
そろそろ記憶から薄れてしまっているコロナ禍特有のお作法もあったりすることも勘案すると、続編が出た今、早めに読んでおくのが吉というのは間違いない。
登場人物の何人かが、大分に多い名字や地名を連想させるのだけれど、別府や湯布院あたりがモデルだったりするのかな。



総評(ネタバレ注意)


東野圭吾が描く胡散臭い名探偵ということで、個人的には新鮮に感じたなと。
手品の要領で欲しい証拠品を覗き見たり、盗聴器を使って情報を得たり、とかなり無茶なくだりも多く使われているので、賛否両論あるだろうが、名探偵のジッチャンから習ったせいで手癖の悪さも武器としている金田一少年で育っている世代である。
そのぐらいで萎えていられない。

武史のキャラクターについても、この終わり方であれば、今後人情派な一面を見せる機会は増えそうだし、敵か味方かはっきりさせない第一弾特有の引っ張りによって、必要以上に感じが悪くなってしまったものと捉えておこう。
蓋を開けてみれば、アリバイ崩しという地味な犯人の特定方法だったのだが、彼の演出があってこそ、エンタメ性の高いミステリーとして成立していたのは確かだし。

惜しいのは、コロナの設定を、犯人当てに上手く活かせていなかったことか。
マスクの有無で時系列の違いが判明したり、入場規制がかかったことでアリバイが不成立になったり、とそれっぽい決め手が登場するかと待ち構えていたが、証拠集めにオンライン葬式の映像を使った程度。
しかも、その映像も都合よく編集済となれば、容疑者をちょうどよい規模感に留めおくための移動制限にしかなっていなかった気がする。
予想通りすぎても面白くないから難しいのだけれど、もう少し工夫があっても良かったような。
例えば、20年後に将来の読者が読んだところで、細部まで理解できるかというと微妙なコロナ禍という世界観。
解像度高く読める期間が限定されてしまうのは、少しもったいないな。

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