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【ミステリーレビュー】アリス・ザ・ワンダーキラー: 少女探偵殺人事件/早坂吝(2016)

アリス・ザ・ワンダーキラー: 少女探偵殺人事件/早坂吝

「不思議の国のアリス」をモチーフにした、早坂吝による長編ミステリー。


あらすじ


父親のような名探偵になる夢を持つアリスは、10歳の誕生日に"極上の謎"をプレゼントされる。
それは、ウサ耳形ヘッドギア“ホワイトラビット”を着けて、「不思議の国のアリス」を模した仮想空間で謎を解く、VRゲームのガジェットであった。
ゲームの目的は、制限時間である24時間以内に、白ウサギが提示する5つの課題をクリアすること。
ところが、彼女を導くコーモラント・イーグレットと名乗る青年にも思惑はあるようで……



概要/感想(ネタバレなし)


当初は、上木らいちシリーズとして描かれる構想もあったというのが意外な気もする、ファンタジー×ミステリー。
メルヘン気質とは裏腹、不条理で謎の多い「不思議の国のアリス」とミステリーの相性の良さは、もはや定番のモチーフとなっていることからも明らかなのだが、本作も、その不条理的なルールの中での本格ミステリーに取り組んだ意欲作である。
あくまでゲーム、という設定が隠れ蓑にはなっているものの、現実では起こり得ないファンタジーを前提としたロジックで解決するミステリーと捉えると、一気に景色が変わってくる。

「SOLVE ME」では、"体を大きくするクッキー"と"体を縮めるシロップ"を使って、鍵のかかった部屋から脱出するという正攻法の謎解きクイズ。
身体を小さくしなければ、鍵のある隣室にはいけない。
しかし、テーブルの上にある鍵を取るには、もう一度体を大きくする必要があるため、今度は帰ってくることができない。
物語に没入するためのジャブとしては最適な頭の体操だった。
第二問は「ハム爵夫人」。
子供の死を受け入れられず、ブタの赤ちゃんを子供だと思って育てている夫人。
そのブタが誘拐され、別のブタにすり替えられた形で発見された。
明らかに不条理な状況の中、”子供"はどこに行ったのか、という問いに対して、理論的に解決に導く10歳のアリスが痛快である。

「カラスと書き物机はなぜに似ているか」では、遂に殺人事件が発生。
謎を弾圧する女王に隠れて謎解き愛好会を構成していた、帽子屋が殺された。
傍らには、ダイイングメッセージ。
犯人であると解釈できそうな容疑者が複数存在する中、メルヘン色の強いフーダニットが展開される。
物語が佳境に入っていく「卵が先か」では、ハンプティダンプティが落下して死亡。
見張りのトランプ兵がとばっちりを受けて裁判にかけられる前にと、事故と思われる落下事件の真相に迫っていく。

いずれも、アリスの世界観やキャラクターを活かしたうえでミステリーに溶け込ませており、気が付けばVRの中に読者もログイン。
徐々に女王の横暴ぶりが明らかになってくると、小謎を解くだけでなく、それと並行して"世界を救う"という大謎も出てきそうだぞ、とワクワクできるのも魅力だった。
フィクションとはいえ、そのゲーム性の高さには舌を巻く次第である。



総評(ネタバレ注意)


そして、裁判が断行される「Hurt the Heart」。
ここでは、"制限時間内に白ウサギを捕まえること"という課題を出されるのだが、読者が一緒に考えてどうこうというタイプの謎解きではないため、メタ目線としては、その裏に最終問題らしい仕掛けが待っていると考えるのが妥当だろう。
そうこうしている間に、女王に気に入られて養子に加えられそうになるアリスは、ガラス張りの幽離監護に隔離。
いよいよお待ちかね、ほどなくして、更なる事件が発生する。

率直に言って、これまでの展開は、ここからの章を描くための前フリ。
ハートの女王殺しという前代未聞の大事件に対して、名探偵見習いのアリスはどう動くのかが、メインテーマであると言えよう。
もっとも、テンションが上がる間もなく、そこから現実世界と物語世界が交錯して、クライマックスのどんでん返しへと突入。
ここでその手を使いますか、というギミックにはやられてしまった。
ある程度気が付いた部分はあってとして、現実世界へフィードバックするのは、なかなか勇気がいるものな。

イヤミスとしての衝撃的なオチが待っているのか、と読み進めていったものの、結局こちらもバカミス寄り。
アイディアはバカバカしいけれど、真面目にヘンテコな設定を盛り込むのが、著者の作風なのだろう。
最大の謎は、ゲームの外に。
アリスは探偵になったのか、母の言う"堅い"職業に就くことになったのか、という想像を余韻の楽しみに添えて、息抜きとしても最適な1冊だ。

#読書感想文

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