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【ミステリーレビュー】狐火の家/貴志祐介(2008)

狐火の家/貴志祐介

防犯探偵・榎本シリーズの第二段となる短編集。

あらすじ


密室殺人に縁のある美人弁護士・青砥純子が、本職が泥棒であることが疑われる防犯コンサルタントの榎本径を巻き込む形で展開される短編集。
表題作である「狐火の家」は、長野県の旧家で、中学3年の長女が殺害されるという事件が発生。
突き飛ばされて柱に頭をぶつけ、脳内出血を起こしたのが死因と思われるが、現場は内側から鍵がかけられ、唯一開かれていた窓の下は足跡のないぬかるみ。
玄関と勝手口を誰も使っていないことは、100m先のリンゴ園で作業中だった隣人が証言しており、完全な密室状態だった。
休暇をとって、軽井沢での合コンに備えていた純子だったが、犯人の脱出が不可能だったことから容疑者となった第一発見者の父・西野真之の弁護を担当することになってしまう。



概要/感想(ネタバレなし)


前作「硝子のハンマー」は、二部構成で重厚さのある長編ミステリーだったが、本作はコミカルな要素すらある短編集。
密室を作り出しては、そのトリックを推理していくという古典的なアプローチではあるものの、真相のパターンは多岐に渡っていて、そこまで既視感はなく一安心だ。

2005年から2007年に発表された3編に、書き下ろしである「犬のみぞ知る Dog Knows」を追加した全4編。
前作のように半生を詳細に書き込むようなことはしておらず、登場人物は、犯人当ての要素として、やや極端に描かれている節があるだろうか。
シリーズ2作目にして、少し作風に変化が見られるので、入り込むまでに時間がかかってしまったのが本音である。
ただし、「黒い牙」では純子が事実上単独で結論を導き出さねばいけない状況に追い込まれ、成長を遂げた感あり。
「盤端の迷宮」では謎めいていた榎本がナイーブな面を覗かせるなど、アジャストできればシリーズものとしてのメリットが大いに発揮されてくる。
単体で読んでも問題ないが、前作からの登場人物もさらっと登場してくるので、出来れば第一弾から読むのが良いのだろう。

引っかかる点があるとすれば、防犯探偵としての存在意義か。
なんとなく密室殺人の推理が得意な人、として扱われてしまっている榎本だが、泥棒視点での雑学や、セキュリティの落とし穴こそが、彼の推理の源流であるはず。
本作ではあまり犯罪知識やノウハウを活かすトリックは見られず、ひらめきだけで押し切ってしまった印象。
これだと、正統派の名探偵と何ら変わらないので、なんだか設定を活かしきれていない気がするのだが。



総評(ネタバレ注意)



「狐火の家」というタイトルや、貴志祐介というブランディングから、ホラー要素が強い作風を期待してしまうのだけれど、純子のキャラクターが、良い意味でそれを裏切ってくる。
密室とはいえ、現代的なセキュリティとは正反対の旧家での事件において、榎本のような癖のある人物を使い倒そうと思えるのだから、彼女の胆力は相当なものだ。
もっとも、そこからの展開は、意外だったというのが正直なところ。
短編だからという思い込みもあって、最初の密室だけに終始するかと思いきや、連続殺人に発展。
結論が二転、三転するプロットは、贅沢なほどに密度が濃いと言えるのでは。

たくさんの蜘蛛が飼育されている部屋で、一緒にいるふたりのうちどちらかが犯人、という状況に純子が追い込まれる「黒い牙」も、榎本の到着が間に合わないという異例の展開。
トリックはかなり強引ではあるものの、確かに伏線っぽいものも張ってあったりして、防犯探偵要素はゼロだが、なかなか面白い。
一方で、「盤端の迷宮」では、榎本が警察に協力する形で、珍しく彼が主体的に動くことになる。
案外、そういう動機でも探偵をやってしまう人なんだな、という榎本の人間味が出てくるため、トリックや真相とは別のベクトルで興味深い。
この2編は、スピンオフ的な捉え方もできるので、作風が変わったように見える要因のひとつだったように思う。

書き下ろしだった「犬のみぞ知る Dog Knows」は、ネタ色の強いライトな短編。
前作の登場人物が出てくるからニヤリとしてしまうが、次回作の伏線でもあるらしい。
結果的に、本編1、スピンオフ2、おまけ1というバランスとなった本作。
個々の内容に不満は少ないのだが、微妙に食い足りなさを感じてしまうのは、第一弾の緻密さを受け継いだ本編部分のボリュームだったりするのかもしれない。

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