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【ミステリーレビュー】硝子のハンマー/貴志祐介(2004)

硝子のハンマー/貴志祐介

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防犯探偵・榎本シリーズの第一作目となる貴志祐介の本格ミステリー。

あらすじ


株式上場を間近に控えた介護サービス会社"ベイリーフ"で、日曜日に出勤していた社長の撲殺死体が発見された。
エレベーターには暗証番号、廊下には監視カメラ、窓には強化ガラスと、オフィスは厳重なセキュリティを誇っており、唯一、監視をくぐって社長室に行くことができた専務・久永が逮捕されてしまう。
久永の弁護士団に加わった青砥純子は、久永の無実を証明するため、防犯コンサルタントの榎本径に密室の解明を依頼する。



概要/感想(ネタバレなし)


大野智主演で月9ドラマ化されるなど、話題になったシリーズ。
続編以降は短編の形式をとっているが、本作は二部構成の長編となっており、前半は榎本と純子を中心として展開される本題、後半は真犯人の目線から描く事件に至るまでの背景が描かれていく。
終盤になって、探偵vs真犯人の駆け引きも登場するが、探偵役の口から真犯人が告げられるのではなく、回想シーンにより徐々に紐解かれていく解決編というのは、なんだか新鮮だったなと。

探偵役は、表向きは防犯ショップ「F&Fセキュリティ・ショップ」の店長だが、その防犯知識を逆手にとって本職の泥棒としても活動している様子の榎本。
封鎖された事件現場や、関係者の住居にも難なく潜入できてしまう反則的な調査力を前提として真相に迫っていくスタイルが、ロジック重視の本格ミステリーにスリルとサスペンスを加えているようで、人気シリーズになるのも頷けるエンターテインメントだと言えるだろう。

風変りで飄々としているが、推理力は抜群。
榎本のキャラクターは、シャーロック・ホームズや金田一耕助といった名探偵の系譜をなぞっているが、防犯やセキュリティーに特化した知識と、違法調査も辞さない事件への関わり方が、飽和している名探偵市場においても個性となっている。
犯人の背景を丁寧に描く倒叙的なアプローチも相まって、正体不明の名探偵と、同情を誘う人間味のある真犯人、というベタな構図も、見え方が変わってくるから面白い。
"防犯探偵"という、いかにも地味なキャッチコピーが惜しいところで、防犯上の抜け道から盗難事件のトリックを導くような小粒な事件を想像してしまうのがもったいないか。
蓋を開けてみれば、理系ミステリー的な要素も持ち合わせた本格モノ。
多重解決的に、仮説を導いては潰していくというスタイルで、登場人物はひととおり真犯人候補となっていくドタバタ感も大きな魅力となっており、もっと早く読んでおけばよかったな、と。



総評(ネタバレ注意)


泥棒は良いけど、殺人は駄目。
そんな都合の良い倫理観を持つ榎本については、あえて掘り下げない方針なのかな。
第二部の生い立ちは、読み始め、もしかすると榎本の独白なのかな、なんて思ったりもしたのだけれど。

少しコミカルなタッチも見られる榎本&純子のパートに比べて、人間の恐ろしさに触れる第二部は、ホラー作家としても名高い著者の本領発揮といったところか。
パズルゲームとしての密室ミステリーであれば、この第二部をカットして解決編に持っていっても成立はしているのだが、人間ドラマとしては、これがあって深みを増した形。
意外すぎる犯人!のアクロバットっぷりを緩和する意味でも、このパートの挿入は必要だったのだろう。
もう少し、殺人との因果関係があっても良かった気はするものの、後付けで乾いた情報を与えられるだけよりも、納得感は生まれている。

ちなみに、この真犯人、ドラマ版では誰が演じたのだろう、と調べてみたのだけれど、キャストで犯人がネタバレするやつじゃない。
モブだったはずの登場人物が、実は...…!というのが驚きのポイントなだけに、モブにこの人をキャスティングするわけがないし、というメタ解きが容易に出来てしまう。
今となっては先にドラマを見るケースは限定的だろうが、小説から入って良かったな、と思った瞬間であった。


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