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【ミステリーレビュー】たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説/辻真先(2020)

たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説/辻真先

「深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説」に続く、"昭和ミステリ"シリーズ第二段。


あらすじ


昭和24年、カツ丼こと風早勝利は、名古屋市内の新制高校三年生である。
旧制では中学が5年と定められていて、高校は存在していなかったため、時代の狭間でたった1年だけ、男女共学の高校生活を送ることになったのだ。
そんな中、勝利たち推理小説研究会は、映画研究会と合同で、中止となった修学旅行の代わりにと一泊旅行を計画する。
しかし、そこで勝利は密室殺人事件に巻き込まれる。
さらに夏休み最終日には、廃墟での首切り殺人事件にも遭遇。
ミステリ作家志望の勝利は、この経験を作品に落とし込むべく、事件に興味を持っていく。



概要/感想(ネタバレなし)


著者は、本作の発表時に88歳。
当然ながら、ミステリーランキングで三冠を受賞した最高齢だ。
昭和12年、24年、36年と、12年周期で展開されるシリーズの第二段。
どちらかと言えば、本作で話題になり、第一弾が再注目されたという印象で、登場人物は一部重なっているものの、どちらから読んでも内容的には問題ないだろう。

本作での主人公は、風早勝利。
前作の主人公、那珂一兵も探偵役として登場するが、世代交代と言わんばかりに勝利を視点とした高校生活が瑞々しく描かれているのが特徴だ。
主人公のキャラクターは近しいところがあるものの、文体も含めて、エログロ要素や乱歩趣味が強かった前作と、だいぶ異なる雰囲気。
戦時中の教育方針や環境による思考回路や風俗描写については、さすがリアルタイムを知っている著者である、といったところで、異性と接することがなかった男性キャラの妙な幼さに対して、女性たちは半分社会の中にいるので大人びているという明確な書き分けは、そんなの偏見でしょ、とつけ入る隙を与えない説得力を持っていた。

もちろん、本格推理モノとしてのギミックも十分。
密室殺人に首切り殺人と、なかなかに刺激的で、最後の最後にあっと言わせる伏線なんかも張られている。
だが、本作が評価されているのは、青春小説としての完成度の高さと、ブラウン管から流れてくる映像として脳内で再現できそうな昭和のリアリティであったことは間違いない。
タイムスリップしたうえで感情移入する、読書だからこその没入体験。
そこにミステリーの謎があるのだから、鬼に金棒だ。

ちなみに、前作では"昭和12年の探偵小説"と表現されていたが、本作のサブタイトルは"昭和24年の推理小説"。
探偵小説と呼ばれていたものが推理小説となった理由など、必ずしも探偵が主人公ではないからな、程度にしか考えたこともなかったが、こんなにもはっきりとしたきっかけがあったなんて。
序盤で語られる雑学から、副題の表記へのこだわりも読み取れ、感心せずにはいられなかった。



総評(ネタバレ強め)


副題へのこだわりは上述のとおりだが、「たかが殺人じゃないか」というタイトルの回収も見事だった。
戦時中であれば正当な行為、戦後であれば許されざる犯罪。
それでは、敗戦の知らせが届いたとしても、そんなものは誤情報だとして受け入れようとしない人間がいたらどうなるか。
終戦直後の価値観のズレの最たる例として、この発言の衝撃は大きい。
つい最近まで、人を殺しても「たかが殺人じゃないか」という世界があったということへの示唆にほかならないからだ。
敗戦による強制的な体制変更の狭間にあった昭和24年という時代。
本作における殺人事件のきっかけとなる一言であると同時に、作中の時代を象徴する一言でもあったのだろう。

更に深いのは、この言葉が、探偵役である那珂一兵にまで適用されることだ。
結論が出れば、彼がなぜ事件解決に消極的だったのかははっきりする。
昔馴染みを殺人犯として告発したくない、というのは理解できるが、彼もまた、真犯人の動機を照らして考えれば「たかが殺人じゃないか」という境地に陥っていたのかもしれない。
現代劇でも、このような場面には出くわすが、善悪の完全性がない時代背景において、判断の重さを感じずにはいられないのである。

なお、この小説そのものが、勝利によって書かれたものである、という構造は、勝利がミステリ作家志望であることや、体験をもとに小説を書こうとしている描写から推測できたのであるが、その段階で冒頭の何気ないシーンは頭から消えているので、最後に回収される伏線も、見事に絡まっていたクチである。
それにしても、自身の恋心や、性的な衝動も赤裸々に綴っていると言えなくもない小説を、よく近しい同級生に見せれるものだな、と。
真に驚くべきは、勝利の胆力なのかもしれない。

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