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詩展「さっきまでが向こうから歩いてくる」を巡って 鼎談  中編

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  かわさきは満足したように
  体を伸ばしながら瓶から離れる。
  入口上部にある絵を眺めている。

 か この絵は全部自分で描いたの?

 川 そうですよ。ちょうど二年前から画材を
   集め始めました

 か そういえば別に絵とか描いてませんでし
   たもんね

 川 ここにあるのはほとんどこの半年くらい
   で描きましたね。使い勝手が分からなく
   てずいぶん大変でした

  三人しばらくぼんやりと眺める。

 カ なにかこう人体を感じますね

 川 人体ですか

 カ ええ、モチーフがそれらしいものもあり
   ますけど。形が、というよりは、こう、
   なんというか、すっと立っている感じと
   いうか。人体のぐるりを巡っているよう
   な感じというか、人体をよく見ているな
   という印象があります

 川 はあ、それは面白いですね

 カ 意識していたわけではないんですね?

 川 そうですね。特別人体を描こうと 
   は……、でも確かに関心としてはとても
   強く持っていますね。こういう絵を見て
   もそれが感じられてくるというのであれ
   ば嬉しいです

 か これは卵の殻? なんか薄いね、普段見
   るより

 川 薄い? そうですか?

 カ カラカラしてますね、薄片という感じ。
   骨っぽくもありますね。これはどうした
   んですか

 川 これは全部私が食べた卵です。むいたカ
   ラですね

 カ ゆでたんですか?

 川 いや、茹でてはないですね、こう、割っ
   た卵の内側の薄膜をはがすんですよ、剥
   く感じで

 カ ああ、あの、少し、ぬめっとした手触り
   の……

 川 そうそう、それです、なかなか大変でし
   た。私卵べつに好きじゃないんで、食べ
   たいわけでもないのに、殻が欲しいか
   ら、食べなきゃならない。沢山剥かなき
   ゃならないし、コレ結構面倒なんですよ

 か どっかから貰ってくればいいじゃない

 カ 誰か協力してくれる人はいなかったんで
   すか? 知り合いの店とか、食堂とかな
   ら毎日大量に出るでしょう

 川 よっぽどそうしようかとも思いましたけ
   ど、やっぱり自分で食べたものでなけり
   ゃ使う気がしなかったんでね

 カ 使うって? こうして積んでるだけでし
   ょう?

 川 最初はすり潰して絵の具にしようと思っ
   てたんですよ

 カ なるんですか? これが?

 川 なりますよ、日本画の人なんかそうやっ
   ていろいろな絵の具をつくりますから
   ね。ただ私はすり潰すのがずいぶんヘタ
   で、粒子が粗くてだめでした。
   力込めてやるとそれなりになりますが、
   粗いのと混ざっちゃいましてね、それに
   ホントにちょっとした量にしかならない
   んで、これはやってられないなと思って
   やめました。
   なによりキャンバスにのせたときがもう
   分かりやすくダメでした

 か 潰すときいい音がしそうだね

 川 そうですね、手のひらで押しつぶしたと
   きのカラカラパキパキいう感じは本当に
   火葬後の骨みたいな、一種独特の感じが
   ありましたね、骨壺に詰めるときみたい
   な

 カ 骨壺に詰める?

 川 そう、ああ、関西だと小さい骨壺に少し
   だけ入れて、あとは捨てますが、関東だ
   と、大きい壺に全部入れるんですよ。
   で、かさばるから突き崩して、なだめる
   んです

 か ああ、骨壺ね、地域差があるもんだね、
   沖縄の骨壺なんかは洗骨で大腿骨が丸々
   入るから、ずいぶん大きいもんな。今も
   どのくらいそれでやってるのかは知らな
   いけど

 カ ああ、だからお墓もそれを入れるために
   ずいぶん大きいんでしたね。本当に家み
   たいなサイズですよ、写真でしか見たこ
   とないですが

  かわさきはその墓を思い浮かべているの
  か、目を閉じてうなずきながらギャラリー
  スペースを出ていく。
  つられてのそのそと二人も出る。
  出てすぐの橋に遮られて流れるように右手
  に歩き、会場の奥へと進んでいく。

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 か これは何? どしたの?

 川 柱ですね。廃材です。たまたま貰えたん
   です

 カ 長いね

 川 切らずに置いといてくれました

 か こっちの白いのは?

 川 柱´です

 か ハシラダッシュ……

 カ これは型取りしてるんですか

 川 そうですね

 か よく立ってるね。あ、吊ってるのか

 川 はい、うまくやってくれました

 カ 石膏? ですか?

 川 石膏は、そうですね、石膏です。
   物としてはギプスですね。濡らし
   て巻きつけて塗りこむように目地
   に伸ばすと数分で固まるんです

 カ ギプスですか

 か 似合うね、なんていうか、いいね、似合
   うよ

 川 私にですか?

 か そう、巻いてる姿が目に浮かぶよ

 川 表面は漆喰をうすく塗ってます

 カ ああ、それで質感が違うんですね。え、
   さっきの部屋の立体も一緒ですか

 川 そうですね、ギプスで巻いて、それを地
   にして表面だけ漆喰を塗ってます。
   漆喰磨きっていう技法があって、鏝で塗
   りこめてると粒の密度が高くなってあん
   な感じでぬるっとしたテカリが出るんで
   す

 か コテで磨くんだ? へええ

 カ この柱から向こうの眺めが何というか、
   かっこいいですね。橋を渡ってきたとき
   はもっと驚きがかってましたが、今はな
   んだかなじんで見えるような、それにこ
   の膝より少し高いくらいに群生している
   感じがいいですね。これも廃材?

 川 そうですね。ギプスで巻いて、漆喰塗っ
   てます

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か 妙な感じでどうにか成り立ってるってい
  う雰囲気だな。この白くなってる凹凸が
  面白いね。なんだろう見たことある気が
  すんだよな、あの、あれ……
 
カ 建築資材の接合部ですからね、日本家屋の
  懐かしい感じでしょうか、普段は隠れてい
  る部分で見えないけれど、矩形の連なりで
  空間が出来上がっているのを思い起こさせ
  るというか

か いや、そういうんじゃなくて、あの……、
  あれだ、そう、エアコンとか、大きい家電
  買うとさ、ダンボールの隙間にあるじゃん。
  あの、そうだ、発砲スチロールみたい。
  家電の端っこがちょうど納まる形状で凸凹
  してるじゃん?

 川・カ あー、本当だ

 か これは何て言うの? タイトルあるの?

 川 えっ、まとめて「子供たち」です

 か は? これ、え、ほんとうに? 
   こええよ

 カ 子供たち……、子供たちね……、
   あの……レヴィ小体型認知症というのが
   あるんですよ

 か なに? 認知症?

 カ そう、認知症です。ひとくちに認知症と
   いってもそのタイプは色々あって、ざっ
   くり分けてもアルツハイマー型、レヴィ
   小体型、前頭側頭葉型、とあって、あと
   は血管性の、脳損傷後になるようなのも
   あります。
   この4つが認知症といえば、という感じ
   ですぐに、例えば本とかネットの記事と
   か読んでも出てくると思いますけど、
   その中のひとつのレヴィ小体型

 か レヴィ、響きはいいね、なんか

 カ それは何よりですが、このタイプの認知
   症状で特徴的なのが幻視です。なんか見
   えないものを見てしまう。それでね、何
   を見てしまうかっていうと、圧倒的に
  「子供」なんですよ。今小さい子が遊びに
   来てたとか、向こうに子供がいるだろう
   とか、とにかく子供を見てしまう。
   一説には座敷童なんていうのは、その
   実、レヴィ小体型の認知症状によって語
   られてできあがったものだろう、という
   のさえある。
   視えない子供の話をし始める人を前にす
   ると、毎度ドキッとさせられるもんです
   が、この作品たちが「子供たち」だって
   いうのは、端的に言って、それより怖い
   ですね。なんだか知らないけど、恐いな
   と思います。
   不思議な緊張感ですね

 か なんで子供ばっかりそんな視えるの?

 カ レヴィ小体型の患者さんはね、視覚に影
   響が出るということなんです、まずは。
   それでね、子供が見えるところはドコか
   っていうと、どうにもハッキリしない場
   所なんですよ。
   薄暗いところ、でも一定量の光が差して
   いるところ、カーテンとレースの境だと
   か、廊下で日差しの陰り始めた少し先だ
   とか、物陰だとか、そういう、明暗の塩
   梅のビミョウなところなんです。光のち
   らちらしたのが、存在感として認知され
   るんですかね。
   で、そういうところというのは概して位
   置が低いんですよ。何かの隙間、何かの
   あいだで陰が重なって少し濃くなるって
   いうとね、やはり低いんです。
   壁のシミが人の顔に見えるって話あるで
   しょう。ヒトはね、顔に対する認識のセ
   ンサーが強いんですぐそうなってしまう
   んですが、低い位置に何かいる気になっ
   て目を向けてると、顔があるようだと思
   えてくる。
   視覚や視空間の認知プロセスに症状とし
   て影響が出ていれば、パッと見たときに
   それが子供に見えるというのは、まあ、
   腑に落ちないでもない。
   それに子供が見える位置というのは、少
   し離れてるんです。嫌な感じがしなけれ
   ば近づいてみてくれなんて伝えると、近
   づいたら何もなかったとか、消えたとか
   どっか行っちゃったという話が聞かれま
   す

 川 幽霊の正体見たり枯れ尾花、という感じ
   ですね

 カ そうかもしれません

 か 話しかけられたりはしないの、その子供
   に

 カ してみる方もいますよ。私はみえないの
   で話しかけようもないですが、たくさん
   話しかけても構わないと思いますが、
   話しかけた先から返答があったとした
   ら、それはちょっとね、困るかもしれま
   せん

 か どして

 カ 別の病気かもしれませんからね、まあ、
   そこは医者に任せるところです

 川 この子供たちはどうですか。近づいてみ
   ても怖いですか

 カ そうですね……、何ともいえず妙ですけ
   ど……

 か ああでもほらここいいよ、座ると結構し
   っくりくる。へえ、ずいぶん違って見え
   るもんだ

  「子供たち」の脇へ置かれたベンチへ
   カワサキも向かう

 カ そうですか。ああ、へえ、なんだか、
   そうですね。あまり恐いという感じ
   は…、薄まるというか、馴染むような気
   がしますね、この場所が

 か 悪くないよね

 川 よかったです

 か その先は何かあるの?

 川 そっちは裏が作業場で、こっち側は階段
   です。二階もあるんですよ。展示してま
   す

 か あ、そうなんだ、二階があんの

 カ 行ってみましょう

   三人縦列で行く

 か 狭いね

 カ 幅がちょうどという感じですね

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 か きれいな花瓶だ、あ、意外と広い

 カ 花もいいですね。本当だ、広い

 川 ここ好きなんです

 か 屋根裏って気さえするね

 カ どことなく秘めた感じがありますね、
   これまた薄暗いところに立ってるな

 か 屏風?

 川 二枚組で後ろが結わえてあります。
   屏風状で自立させてますが、キャンバス
   ですね

 カ 意外と色もよく見えるね

 か 何この下の花は

 川 手向けてもらおうかと

 か 花を?

 川 そう、花瓶から取って、持ち帰っても
   構いません

 カ そうですか

 か これもどうせ恐い名前がついてんだろ

 川 そんなことないですよ

 カ なんていうんです?

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 川 幽霊

 か こええよ

 カ 幽霊ですか

 か 正体見たり何とやらじゃなかったのかね

 カ 枯れ尾花じゃなさそうですね、まあこの
   花は枯れてってますが

 川 ドライフラワーにしたいですね

 カ こう置いてあっては腐るんじゃないです
   か

 か あれ、やり方あんのか

 カ 逆さに吊るしておくんですよ

 川 あ、そうなんですか

 か へえ

 カ まあ、寒いことですし、平気かもわかり
   ませんね

 川 ふーん

 か 一本貰ってみるか

  絵の前へしゃがんで花を置く

 か はあ、なんつうか、しゃがむとこう、な
   んだろう。大きいなあ。当たりまえか。
   なんか妙だな

 川 嫌な感じですか?

 か いや、そうでも、嫌ではないな

  カワサキも一本抜きとって準備している

 カ 私にもやらせてください

 か あ、おお、横に来なよ

  二人並んでしゃがむ

 カ はあ、確かにこう、少し、雰囲気変わり
   ますね

 か だろう

 カ この白いのもあれですか、石膏?

 川 いや、それは漆喰です、水で溶いてうす
   くしたのを使ってますね

 か かっこいいね、うん

 カ そうですね。なんでしょうね、この何と
   いうことのない、なのに、なにか気にな
   るというかここに居てしまう感じという
   のは

 か あんまさあ、しゃがんで絵を見るってこ
   とないよな

 カ 大きい絵の下の方をよく見ようとしたり
   はするかもしれませんがねえ

 か でも下じゃないもんね、仰いでんじゃ
   ん、これ。なんかすごいボーっとする
   よ。何見るってものもないしなあ、色き
   れいだなくらいか

 カ 綺麗ですよね。背が高いなあ

 川 私と同じサイズですよ

 か 身長?

 川 そうですね、あと一枚分の幅は私の肩幅
   です、だいたい

 カ ああ、そうですか

 か ふーん。この花みんなここへ置いてくの
   かね

 川 さあ、どうだか分かりませんね

 カ わからないんだ

 川 ええ

 カ じゃあここにある分は?

 川 いくつかは私が置いたものもあります。
   デモ的に

 カ そうですか

 か まあ、ご自由にって書いてあってもな、
   普通触らねえよ、なんだか分かんねえも
   ん

 カ この壺? 花瓶はどうしたんですか。
   これも作ったんですか?

 川 いや、それは家にありました。ペルシャ
   の壺らしいです。ホントかどうかは知り
   ません

 カ ペルシャ

 か きれいな青だよな、あ、魚描いてある

 川 鳥もいますよ

 か かわいいじゃん

 川 でしょう、気に入ってます

  三人縦列で階段を下りる

 か ここにも絵があんのか、分かりづれえ

 カ あ、ホントだ

 か なんか目玉みたいだな

  そのまま二人降りていき「子供たち」の方
  へ歩いていく。
  カワサキは壁沿いを伝っていく。
  かわさきは「子供たち」のあいだを縫って
  いく。
  柱の手前で行き交うように二人が近づく。
  互いに違うトコロへ視線が向いている。

 か お、何か描いてあんじゃん、ここにも

  立てられた板のところへしゃがみこむ。
  かわさきを避けたながれで振り向いて
  カワサキもその板に気がつく。
  川㟢がちんたら階段から降りてくる。

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 カ おお、人だ

 か これ、女の人?

 カ 骨盤が広いですかね

 川 女の人? いや、考えたこともなかっ
   た、そうか、性別ね……、骨盤……ま
   あ、そう言われれば、広い気もしますけ
   ど、うーん、どうですかね……

 か 意識してないの?

 川 ないですね

 カ 形決めて描いてるわけじゃないんですか

 川 ないですね、なんとなく、こうだろうっ
   ていう流れです

 か ふーん、いい感じに立ってるな

 カ 歩いてんですかね

 か いや、そうは見えないよ

 川 あ、でも題は「徒」ですよ

 か カチ? 何?

 カ ああ、え、やっぱりホラ、歩いてるんじ
   ゃないですか

 か え?

 カ そうですよね?

 川 そうですね。徒は歩くの古語ですから。
   まあ、歩いてはいますかね

 か へええ

 カ 歩いてるんですよ

 川 歩いてるんですかね、私たちは歩いてま
   したけど

 カ え、またなんかそういうこと言う

 か どういうことよ

 川 いや言ってみただけで、あ、コーヒー飲
   みますか

 か 飲みたい
 
 カ あるんですか

 川 ありますよ

 カ カフェオレ、あります?

 川 ありますよ

  川㟢は灯油ストーブの周りの椅子へ二人を
  促しながら、受付裏へ入っていく

 か あったかいな、いいよなあこういうスト
   ーブ

 カ そうですねえ

  ストーブの上に乗ったたらいでは半分ほど
  の量の水が湯気になっていく。
  かわさきはその水面をのぞき込む。

 か なんか、動いてるよ

  川㟢戻ってきて、二人にコーヒーを手渡
  し、自分の分を手にしながら三人でストー
  ブを囲むように椅子へ腰掛ける


 川 いかがでしたか

 か そうなあ、まあ、どうといわれてもなあ

 カ 妙な感じのするわりに居心地はいいです
   ね

 川 あ、そうだ、忘れてた。これ今回の詩集
   です

  受付を見て思い出すように、そこへ置いて
  ある詩集を取りに立ち、二人へ一冊ずつ渡
  す。

 川 今回の展示と同じタイトルの詩集です。
   メインはこれなんですよね

 か めっちゃ大事じゃん。忘れてたろ、今

 カ ああ、本もあるんですか、詩展っていっ
   てますもんね。絵があるのも驚きました
   けど

 か 文字の欠片もないもんな

 二人コーヒー片手に読み始める

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「生きろ。そなたは美しい」