なんで誰も母さんからかばってくれなかったの?

一生必ずぶり返して思うことです。

私は末っ子で、姉と兄がいて。
姉と兄は歳が近くて、私は離れていて。
小さい頃から2人が楽しそうなのに、自分はついていけない、自分はわからない。それは疎外感に感じた。

大人になった今ならそれはしょうがないことだと理解できる。
でもこうも思う。
「なんでもっと構ってあげてくれなかったの」
「なんでも少しでも輪にいれてくれなかったの」
わたしは30代になっても子供の頃のことで、子供のような心で拗ねる。

私は末っ子で、上のきょうだいふたりはスポーツや友達や輪を広げていった。

私は末っ子で、1番年下で、1番バカな構われ方を母親から受けた。
私は不快でも嫌だと思っても、された。
父も祖父母も兄も姉もいるのに、母にかまわれて「嫌だ」と不機嫌になっても、怒っても不快になっても、
だれも止めてくれなかった。

母を嗜めて欲しかった。
母に「嫌がっているからやめろよ」と言って欲しかった。
姉ちゃんか兄ちゃんに庇ってほしかった。
母に構われないように、姉と兄に構ってほしかった。守られたかった。

母が気持ち悪かった。

節分の日に、既に小学生の中学年ほどの私にだけ落花生を頭から浴びせられて、私は号泣した。

末っ子だから、幼稚園児のままのように思われ扱われているように感じられて非常に悔しく屈辱で、その時すごく弱っている気持ちの時だったからもあり、幼児みたいに大泣きした。

落花生を投げつける母は、ひとりでイベントを盛り上げようと突っ走る悪びれないげらげらした顔をしていた。
その場には、姉も兄も父も祖父母もいたのに。ターゲットは私だった。「末っ子」だから。

母が気持ち悪い。
私をおとしめる。
みじめにさせる。
子供の頃の私はよく言う。
「兄ちゃんと姉ちゃんのとごへいけばあ(兄と姉にかまいにいけ・私にだけじゃなくて)」
なぜわたしだけこんなふうに虚仮にされて扱われる。
姉と兄は尊重されているのに。
なぜわたしにだけこんな構われ方をされる。
姉と兄なら助けてくれるべきだ。私を守ってくれるべきだ。

私はいつでも思い出してしまう。
わたしはきょうだいなのに「違う」と感じて、そのせいで拗らせて人生を過ごしたことを。
私はいつでも思い出して空想してしまう。
あの節分の日大泣きしながら、
「お母さんしね、でていけ、きえろ、いなくなって、なんでいるの、どっかいって」と喚く子供の自分を。
あの時そう言ってやりたかったと、落ち込んだ時空想してしまう。

父だけがせめて話し相手。少なくだ家族の中で1番素直に話をできる相手。甘えられる人。

それでもやはり寂しい。

私は寂しい。
こんな過去もこんなふうに思い出すことも、姉と兄と仲良くなれなかったのも。
母をどうしても、今だって「やっぱり嫌だ」と感じるのも。

私は寂しい。

私はいつでも思い出してこう思ってしまう。
なんでせめて誰か1人だけでも、
母さんから真剣に熱心に、庇って守ろうとしてくれなかったの。

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