見出し画像

ファッションリーダーのキヨシさん

自分も介護職をやって初めて知ったのだが、介護界には

『介護しすぎてはいけない』

という鉄則がある。

例えば、ごくゆっくりではあるが歩くことができるお爺さまがいる。
これをどこからともなく職員が飛んできて
「はーい大丈夫?さあこの手に捕まって。歩くよ、ワンツー、ワンツー」
なんて毎回やってしまうと
このお爺さまは
「おん?こりゃ楽でいいや。マジ癖になる。次歩くときもシクヨロ」
て感じになり、次第にひとりで歩くことができなくなってしまう。
ムズめな言葉でこれを
「ADL(日常生活動作)の低下」
と言うのだが、なぜこんなムズめな言葉を書いてみたのかというと知識をひけらかしたかったからである。

まあ要するに

自分でできることは極力自分でやろうね! サポートはしますよ!

というのが基本精神としてある。
となると当然、お着替えなんかもできうる限りご自分でやってもらうことが大事になる。

しかしそこは認知症の方。なかなかうまくいかない。
シャツのボタンを2つ3つ掛け違えたり、トレーナーを裏っ返しに着たり、ズボンに腕を通してみたり。
それを真顔でされるがゆえユーモラスな感じに仕上がってしまうことがままある。


キヨシさんというお爺さんを紹介したい。


キヨシさんは入所した最初の頃から、
着替えにおける間違いが顕著なお爺さまであった。

ある夜、キヨシさんがベッドで一人ゴソゴソしていたので

「キヨシさん、何してます? もう寝る時間ですよ」

とカーテン越しに話しかけた。ベッドはカーテンで区切られているので、姿は見えない。

「着れないんだよーーー」


語尾を伸ばす独特な癖のある、キヨシさんの声が聴こえてきた。


「着替えはさっき済んだでしょう?」

といってカーテンを開けると、キヨシさんがベッドに座って毛布をすっぽりかぶって
くねくねくねくね動いていた。


「キヨシさん……?」


「着れないんだよおーー。なんだよぉーー」


といってキヨシさんは両手を上下左右に動かしていた。
着れない着れない言うから、何か衣類と格闘しているのかと思ったら、ベッド上にそれらしきものは無い。

毛布しか無い。

ずり落ちた毛布をキヨシさんはまた拾いあげ、頭からかぶり、
再びくねくねくねくねし始めた時点で、自分は現状を把握して言った。


「キヨシさん、それ毛布です」


「ええーー?」


「も、う、ふ」


「なにーーー?」


しっかりと耳も遠いキヨシさんに自分は、それは寝具で着用できる形状になっていない事を伝えようと尽力した。

「着れないっすこれ。毛布すから」 「なんでえーー?」 「なんでって……毛布ですので」「どうするのーー?」「どうもしないです。かぶって寝るものです。袖ないです」「なんでーーーー?」「毛布すから。も、う、ふっ!」「ええーーー」「もうふっ」「ええーー?」「もうふっ!」「もうふーー?」「そうそう!」「何がーー?」「これっす!これ寝るものっすっ」「なんでえーーー?」


往年の新喜劇の間寛平のような質問攻めに自分は降参した。
ポンチョ的な物と思えば毛布も着れると言えるかもしれぬ。
自分が間違っているのかもしれぬ。

「とにかく寝ましょう」

といってキヨシさんの身体を横にして、毛布をおかけした。
またゴソゴソ動いている音がしたが、しばらくしてすーすーという寝息が聴こえた。

――深夜。

のそのそとトイレに起きてきたキヨシさんを、自分は二度見した。


上半身がなんかでかいのである。


「え、キヨシさん、なにそれ何・・・えどうなってんの!?」


「なにがあーーーーー?」


近づいてマジマジと見ると、上にまとっているのは毛布であった。
その毛布を頭からかぶり、いわゆるジャミラ化させた格好でさらに毛布の下部、つまり裾。いや裾と呼んでいいのかは分からない、毛布だし、とにかくその裾の部分をすべてズボンの中にぐいぐい押し込んだ感じで入れているので、なんかその辺りがもりもりしている。
暗い廊下をづかづか歩いていくその後ろ姿は実に不気味であり、
使徒が攻めてきたって感じであった。


「ダメす、ダメす、こんなんトイレ着てっちゃっ!」


思わず、着てっちゃ、と言った自分も自分であるが、
とにかく毛布ひっぺ返した。
「なにすんのーーーー?」と少しふくれて、キヨシ使徒はトイレに消えた。


このようなファンタジスタな着こなしをキヨシさんはいくつも魅せてくれ、そのたびに施設内で話題になった。

ある朝の出来事も印象深い。

交代の女性スタッフの方と、朝食の片付けやら洗濯やら二人で動き回っている時間帯であった。


「ちょっとキヨシさん、何してんの!」


と女性スタッフが声をあげた。


「なにがーーーー?」


といつものキヨシさんの声がした。
何かあったのか?
と思って声のした廊下を覗くと遠目に、
キヨシさんの頭になんか円盤状のものが乗っかっていた。


・・・・・なんだあれは!?

と本当にUFO見て思うようなことを自分が思っていると、女性スタッフは噛んで含めるようにこう叫んだ。


「キヨシさん! これはティッシュ箱のっ、カバーっっ!」


「なにーーーー?」


「ティッシュ箱のーっ! カバーっっ!」


説明しよう。

とても文字だと伝えずらいのだがその円盤状のものはまぎれもなくティッシュ箱のカバーであり、カバーといってもペラペラした布ではなく、黄色い円盤状でクッションっぽく厚みがあるもので、パット見には巨大なメロンパンのように見えるものだった。

本来は箱を入れる穴に、キヨシさんは頭を突っ込んでかぶっているのである。


「かぶるものじゃないですよっ」「なんでえーーー?」「ティッシュ箱のっ!」「なにーー?」 「カバーだからっー!」「ええーー?」「ティッシュ箱のっ!カ、バーーっ」

……毛布を伝えることができなかったのだ。

ティッシュ箱のカバーをどう伝えようか??

しばらくするとティッシュ箱のカバーを手に持ち、女性スタッフがぷんぷんしながら戻ってきた。


「アンパンマンのキャラクターかと思いましたよっ」


そう言って彼女はカバーの中にティッシュ箱を入れた。

顔自体がパンになっているなら分かるが、頭にパンをかぶっているタイプはアンパンマンにいたろうか?
と思ったが余計なことを言わない性分なので止しておいた。

また一時期キヨシさんは、

なぜかしらんが背中にずっと座布団を背負ってたことがある。
(その座布団にはいい塩梅に背負える輪っかのヒモが付いてた)

「亀仙人」とスタッフに形容されたのは宿命だが(どんなけアニメで例えられるのだ)
この座布団は何度外しても、気が付くとまた背負っているので、いつしかもう誰も咎めなくなり、あるときからキヨシさんのトレードマークみたいになっていた。


逆になにか落ち着かなくキョロキョロと探しているので


「はい、キヨシさんこれでしょ?」


とその座布団を渡して差し上げることもあった。キヨシさんは無言でうなづいて、無表情にそれを背負うのであった。

そんなキヨシさんはずいぶん前に別の施設に移られたが、その座布団は施設のもの。今も利用者さんの尻の下で活躍中である。

本当は座られるより背負われる方が似合うのだけど。

フォロー歓迎、サポートは狂喜乱舞。公共料金とか払います。