「男の中の男」の吉田さん
こうやって介護日記を書いてると、周りの芸人さんやら、知り合いの方から
「僕も介護やってるんですよ。僕も実はこんな話があって」
と教えてもらえる事がある。
これはとあるライブスタッフの(Aさん・男性)から訊いた話で、なかなか強烈だったので、せっかくなのでちょっとお伝えしたい。
Aさんが働く施設に吉田さん(仮)という新しいお爺さまが入居なさった。
もの静かなお爺様で、特別なにかの疾患があったりなどはなく比較的健康な方とのことであった。
――初めて吉田さんがやってきた日。
出勤していたAさんは最初に吉田さんのトイレ介助をすることになった。
「吉田さん、失礼します」
リハビリパンツを膝のあたりまでおろすと・・・ Aさんは驚いた
「・・・・え、これ、え? えっ?」
吉田さんの股間部分。
大事な部分が、なにやら激しく炎症のようなものを起こしており
イボのようにあちこち腫れあがって、白い膿が浮いてるような状態だったらしいのだ。
一目みて、これは異常だという事が分かった。
通常、新しい利用者さんが来るときは、必要な情報が共有されている。
先ほどいったように吉田さんは、基本的には健康で、疾患などは特にないと聞いていた。
こんな状態のものが伝達されていないというはおかしい。
『ここに来てからこういう事態になった』
となっては信用にもかかわる。
Aさんは吉田さんのトイレ介助を終えると、早速、施設内にいるナースさんにこれを報告した。
「……え、何にも訊いてないですね……」
とナースさんも驚いた様子であった。
「後でケアマネさんに報告しておきます」
ということになった。
数時間後――
Aさんが吉田さんを再びトイレへお連れした。その際、例の患部をいま一度確認した。
「吉田さん、ここ痛みは、ないですかね」
「んん、ええ?」
耳が遠く認知症の方なので大きい声でゆっくり話しかける。
「ほら、こーこ。おちんちん。あちこち腫れてるけど、痛みとかないですか?」
「んん、なにが?」
「こーこ! こーこ!」
Aさんは吉田さんの陰部を疾患部を指さした。
「ああ。それ」
「はい、これ痛みはないですか?」
「それ真珠だよ」
「………………………はい?」
Aさんのパットを交換する手が止まった。
【真珠】と聞こえた気がしたのでもう一度聞き返した。
「えっと………し、え、真珠すか?」
「そう。真珠だよぉ。しんじゅ」
Aさんは錯乱した。
――真珠??
真珠というのはつまりあれだろうか? いわゆるあの宝石の真珠だろうか?
となるとこれは、あの、噂に聞くあの、真珠ってことだろうか??
すごい金持ちの人とか、アウトロー系とか、遊びを極めた人がやるという……漫画とかドラマで聞く、なかば都市伝説みたいな、あの、つまりあれだろうか????
「真珠って……あの………」
「んん」
『おちんちんをカスタマイズして、凹凸を作為的に作り、快楽の向こうへ行く真珠ですよね??』
と訊くこともできないので、
Aさんはそれを最小限に短く要約し
「いわゆる、あの真珠ですか?」
と吉田さんに問うた。すると吉田さんは一言ぼそっと
「昔ね」
と答えた。
「…………」
続きの言葉を待ったが、他には何も言わぬ。
無口な方であった。
ごく普通のご爺さんだと思っていた吉田さんだが、
真珠をまとってからというもの、すっかりいぶし銀の男に見えてくるから不思議である。畏敬の念をもって、真珠をパンツの中へ収めた。
考えてみればなるほど。ケガや疾患は伝達しなければいけないが、
『真珠』を伝達せねばならぬマニュアルはたぶんまだ無い。もしご家族がそのことを知ってたとしても、第三者たる介護の人間にはどうにも言いづらいだろう――だって真珠だもの。そう、これはたいへんい言いづらい事象なのである。
トイレ介助を終えると、Aさんはハッとした。
これナースさんに言わなきゃじゃん
話によると、このナースさんは20代の若い女性で、
Aさん(アラフォー)からすれば娘でもおかしくない年齢差であり、特別親しいわけでもなく、普段業務的なやりとり以外は一切ない。距離感ある女性だった。しかもややこしいのが、職歴としてナースさんのが先輩にあたり、Aさんは敬語を使って話している人とのこと。そんな女性に
「さきほどの件ですがすいません。吉田さんはちんちんに真珠いれてる人でした」
なんて真顔で言った日には、
完全なるセクハラになるんじゃないだろうか??
Aさんは頭をかかえた。
――もういっそのこと黙っとこうか――
とすら思った。
いや。しかしこれを黙っていたらどうなる? ナースさんは先ほど言った。
「ケアマネさんに報告しときます」と。
ケアマネさんというのは、簡単にいうと、吉田さんの介護サービス全体を司る人である。介護というのはあらゆる業種の人と連携している。他の介護士、看護師、理学療法士、作業療法士、家族、役所の人、そんな人なんかにまで、『陰部に炎症アリ、白い腫れ』なんて報告されたら、どうしよう? あれ実はおちんちんに真珠入れてるだけでしたわ、なんてますます言いづらい。
逃げちゃダメだ。これはセクハラではない。立派な仕事ではないか。そう割り切ってAさんは若いナースさんの背後に近づいた。
「あのすいません。さっきの吉田さんの件なんですけど……」
「あ、はい。また何かありました?」
「いえ。あの、あれはどうも腫れてるとか、膿とかじゃなかったみたいで」
「あ、そうなんですか??」
「はい………」
「じゃあ、えっと、何だったんです?」
「………えーーーと……あのー、えー……あの」
純粋な瞳で、ナースさんがAさん(アラフォー)をみつめる。次の言葉を待っている。
「あのーー実は……あれは……まあご本人が。おっしゃったんですけども……」
「はい」
「あのう……」
「…………」
「あれは真珠だそうです」
Aさんは勇気を出した。がんばった。職務遂行をした。
「…………………は?????」
ナースさんはたいへん正しいリアクションをした。
「……すいません」
Aさんはなぜか反射的に謝った。
「え、なんですか。しんじゅ?」
「はい、その腫れてるとかではなく、真珠だったみたいで……」
「しんじゅ、ですか??」
「はい、まあ本人がおっしゃったんで本当だと思うんですけど」
「すいません、しんじゅって何ですか???」
「はい? いや……あの、だからその、いわゆる、あの真珠です」
「病気の名前ですか?」
「……………いや………」
予想外の返しであった。【身痔】みたいな表記と思ってるのだろうか。
ここでAさんにはひとつの仮説が浮かんだ。
この若いナースさんは『おちんちんに真珠を埋める』という概念自体を知らないのではないか??
だって20歳そこそこの、汚れなき(知らんけど)乙女である。よく考えたら、このアダルト都市伝説めいたものは、自分ら世代の男にとっては教養として備わっているがもっと若い世代、特に女の子にはまったく浸透していない可能性がある。
これは誤算であった。しかしもう遅い。さいは投げられた。
ここまできたらちゃんと最期まで報告せねばならぬ。
「真珠というのは……いわゆる宝石の真珠のことで」
Aさんはがんばって言葉をつづけた。
「宝石の真珠?」「あ、ええ。はい」「えっとパールってことですか?」「はいパールです。まあパールですね」「え、それが……?」「まああの、そのパールが、し、真珠があそこの部分にあって……」「え?????」「その……なんていうんでしょう……」
「腫れが、真珠みたいになってるってことですか?」
「いえ。真珠が、腫れみたいになっているんです」
「…………どういうことですか???」
もはや禅問答である。
これでは埒が明かない、と思い、Aさんはもう思い切ってはっきり言った。
「……おちんちんに宝石の真珠が何個も埋まっている状態なんですっ……」
「……………」
しばらく停止状態になったナースさんは、状況把握を最優先するように問うた。
「なんで真珠が埋まってるんですか??」
なんて素朴な疑問だろうか?
【おちんちんに真珠がついてる → なんで?】
すごく正常な思考回路である。
あああーーーなるほどーそういう事ですかー!!ってなったら、逆に物分かりがよすぎるのだ。
「なんでと言われましても……その、まあそういうのがあるんですよ…」
「真珠を埋める文化がですか?」
「いや、まあ文化っていいますか………」
「???」
「よ、夜、よる、夜に」
「夜?」「夜に」「はい?」「夜にその真珠が……」「はい」「その真珠が夜になると、そういうときに使う」「光るんですか?」「いや光らないです」「どういうことですか?」
いやもうエッチんときおネエちゃんひーひー言わすために埋め込むんすわ!!!!!!!!
と頭の中で絶叫しながら口下手なAさんなりに、直接的表現を避けどうにか説明を行った。ナースさんも一応は理解を示した。結果、最初に危惧したように
それなりにセクハラ
みたいな空気になって報告は終了したそうである。
今では吉田さんの真珠バディは、施設内では共通認識になっているそうだ。
なかなか興味深い話であった――
真珠でなくても若い頃、勢いで身体に何か手を加える人は少なくない。
へそピアス老人、スプレットタン老人。なんて方が介護のお世話になる時代が来るんだろうか。
フォロー歓迎、サポートは狂喜乱舞。公共料金とか払います。