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まいにち子育てヒント#10 幼児の内的体験に関する考察

昨日に引き続き、授業で書いたレポートを掲載します!
子どもに感情移入するってけっこう難しいのかも、というお話です!

幼児による内的体験の特殊性

1 はじめに
本稿では、人間の内的体験において、幼児期に共通して見られる特殊性について述べる。フッサールの感情移入論から、大人が幼児に対して共感することの困難を、筆者が幼稚園にて行なっている読み聞かせ事業を例示しつつ説明する。

2 本文
フッサールは他者性について考えるうえで、感情移入という観念を導入した。感情移入とは他者の内的体験を自分のもののように理解し、共感することである。フッサールはリップスが提唱した本能的な衝動による他者経験の投射と共感という構造を批判し、そこに身体的な類似性を関連付けた(1) 。日常的に人間が他者に感情移入する時、そこには「私」と「あなた」の身体と内的体験の結びつきが類似しているという前提が要求される。ゆえに、その類似の程度によって感情移入のあり方が変わる。具体的には、人間どうしで行われる感情移入が失恋の絶望感や昇級による喜びなど社会性を伴うものも含むのに対し、人間が他の動物に対して行う感情移入は空腹感や寒暖など、身体の生理的反応に紐付くものに限られる場合が多い。
幼児期には、身体と内的体験の接続において特殊なあり方が見られる。これは「①身体的な不可能性」「②感情理解における不可能性」「③他者の必要性」に分解することができる。「①身体的な不可能性」は、幼児と大人の身体的な不連続性を決定づける。「②感情理解における不可能性」は、幼児の内的体験における感情のあらわれが大人ほど言語化されておらず、自覚も困難であることを表す(2)。一方で大人は幼児の内的体験についても説明可能な原因を求めてしまう。「③他者の必要性」とは、保護者の助けがなければ生存が不可能であることを意味する。ゆえに幼児は愛着行動をはじめとする幼児期特有の行動を無意識に行う。
この特殊性は先述のように、感情移入の困難を招く。一方で大人は同じ人間としての同一性を幼児に要求してしまう場合がある。この齟齬が保育現場や家庭などで問題の原因となることも多い(3)。 事例として、家庭や習い事における過度な叱責が挙げられる。
幼児の内的体験の特殊性は、幼児が行うフィクションへの感情移入によっても把握することが可能である。筆者が福島県いわき市のK幼稚園にて実施している読み聞かせ事業の例を参照する。K幼稚園は3歳から6歳までの幼児が全体で95名在籍している。読み聞かせ事業は月に一回実施されており、毎回15人または30人の同学年のグループに対して行われている。実験として、読み聞かせ中に絵本の中で発見した面白いポイントを挙手して宣言し、成功したらご褒美のカードがもらえる「みつけた!カード」と、読み聞かせ後に絵本に関連したオリジナルの絵を描く「お絵かき」と、登場人物になりきって行動する「ロールプレイング」を別々に行なっている。
「みつけた!カード」において、幼児は登場人物の感情を発見しようと努力する場合がある。その際、共通して見られる特徴は、「楽しい」または「悲しい」のどちらかで感情を表現することと、その根拠として指をさす対象が表情やその原因ではなくページ全体である場合が多いことである。ただし、6歳になると複雑さが増す。
「お絵かき」において、絵の中の人物が笑っている時にその理由を問うと、幼児は数十秒程度考えたうえで回答する。また、その理由は絵本と関連していない場合が多い。
「ロールプレイング」において、幼児はその役割に関わらず、身体を動かすことを楽しんでセルフコントロールを失う。また、「楽しさ」「悲しさ」は表現できるが、無機物として行動することはできていなかった。
以上の事例から、幼児の内的体験について、以下の仮説が立てられる。
・感情について、(6歳未満では)正負以外の言語化がなされていない
・感情の根拠として自身の身体反応と外的要因の境界を区別していない
・感情を考える時、自身の描いた絵とそのもととなる絵本を組み合わせるような複雑な操作が行われない
・自らの行動に紐づく感情が、役割に優先される

3 考察
幼児の内的体験について、大人との差異が存在する可能性を示した。一方で、大人どうしにも個人差があり、その程度の大小については比較が困難であった。また、フィクションへの感情移入がフッサールの議論からどう説明されるのかは検討の余地がある。
幼児の身体性と内的体験の関係の中でも特に「③他者の必要性」について、バタイユの述べた内的体験における生死のせめぎ合いが見出される可能性が考慮でき、その場合より明確に大人と幼児の差異が説明できる。

参考文献
1 石田三千雄. "フッサール現象学における感情移入の問題." 徳島大学総合科学部人間社会文化研究 8 (2001): 25-41.
2 戸田須恵子. "幼児の他者感情理解と向社会的行動との関係について." (2003).
3 坂田祥, et al. "幼児の行動特性別にみた母親の育児困難感とその関連要因." 日本公衆衛生雑誌 61.1 (2014): 3-15.

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