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#54日目 不安な街での日々

こんにちは。ロンドンではじめての移住生活を送っているsacaikumiです。

コロナウイルスが日本へ不穏な足音を忍ばせていいた一月末に私はヨーロッパに移って、大変なアジアの状況を対岸から見ているような気持ちでいたのはほんのはじめだけ。

段々とヨーロッパ諸国もコロナウィルスの感染者が増えていき、あっという間に震源地になってしまいました。

私にとって1月末からの生活は、生まれて初めての外国での一人暮らし。いくら古くからの友人が近くに住んでるとはいえ、東京での暮らしとは違って融通の効かない悔しさや孤独、試練もあるのだろうと一応考えてはいたものの、来る前は結構楽観視していました。そんなに大きな試練はそうそうない、とどこか自信たっぷりな気持ちになっていたかな。

でも今、大変な世界の状況下で外国に身を置くことになってしまいました。それも、ジワジワと足を忍ばせてやって来たから、気がついた頃には渦の中心にいたような感覚。

私はフリーランスになってから、少しの不安があっても自分の心を落ち着かせる術を得ていたつもりでした。

フリーランスは収入が安定しなかったり、会社員ほど行先の保証が無いのでそういう不安を考えても意味がないから、その度に今に集中することを心掛けて過ごしていました。

そしてその結果、東京でとても平穏な日々を手に入れられたんです。イギリスに移動することは、その平穏さの形を変えるか、あるいは組み直すことになるだろうと思うと、ちょっと移住も名残惜しくなるくらい、平和で平穏な日々。

だからいつもの調子で、コロナウィルスに目を向けすぎずに心を落ち着かせようと試みました。

自分の抱える不安な気持ちをどうにか見ないようにしようと自分自身に言い聞かせる毎日。

でも、流石にいつものようにもいかず、私の心は不安と安心を行ったり来たりしています。いや、はっきり言って物凄く参りました。

家族に電話したり、東京の友人に電話したりして心を落ち着かせても、その少しあとに私は今何のためにヨーロッパにいるんだろう?と嫌でも考えてしまったり。

久しぶりにこんなに心がすり減ったと思います。

これは悪いことのようにも聞こえますが、この経験にも意味があると信じているのでへこたれてはいません。

例えば、もし今私が日本にいたら、一つの大きなニュースを2つの国の尺度で同時に見てどちらの意見を取るか考える、という経験は出来なかったと思う。

今、日本と世界のメディアの言葉の選び方、伝え方の温度差に驚かされています。本当に同じウィルスの話なのかと疑いたくなるくらい、日本の家族や友人はあっけらかんとしている。

3.11のあともきっとこうだったのでしょう。日本の真ん中にいた私には聞こえなかった世界からの「気を付けろ!」がどれだけあったのだろう、、。そう考えると今更取り返しのつかない不安が押し寄せるし、悲しい気持ちになります。

それから、今という時間を通して得られることは、必ずしも土地にだけ依存してはいけないな、と改めて考えさせられました。

ロンドンにいるから出来ることをやり尽くそう、この街の文化を食べ尽くそうと思ってやって来たけれど、一人部屋に篭ってこんなに長らく自分と対話する時間もまた貴重なのかもしれません。

自分の力だけで状況を変えられないなら、私が変われば良い。柔軟に生きる大切さを思い出させてくれました。

間違いなく言えることは、今の状況をいつもどおり東京でむかえて、なんとなく自粛ムードだけど私は大丈夫だろうと鷹を括って、ふわっといつも通りの日々を送っていたであろう生活を送らなかったことに1ミリも後悔がないこと。(東京にいたら絶対にそういう生活を送っていたと思う)

たしかに今、怖いとか心配だとか、ネガティブな感情が心を通り過ぎる頻度は上がってしまったけど、それすらも私を作る養分にするくらいの心意気でいたいです。

皆さんも気をつけてくださいね:)

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