29/10/2020:『ツバサ』

国道を走る業務用ワゴン。カーステレオからは15年前に流行ったバンドの曲が流れていた。iPadをBluetoothで繋いで僕が選んだ。

運転席の彼は窓を開けて、タバコを挟んだ右手をそのまま枠に乗せて、ついでに左足は半分だけ胡坐をかくようにして座っていた

「危ないくないのかい?」

と、僕は聞いた。

「ん、危ない。やから気を付けて運転しとるんやないか。」

と、彼は答えた。言い当て妙、みたいなしたり顔だったけど、危ないことは危ないのだから、僕はアメリカのコメディドラマみたいに両手のひらをを上向きにして「やれやれ」と一緒に上げた。

ちょうどこの曲が流行った頃は僕らはまだ出会っていなかったから、それぞれがそれぞれの場所で聴いていたことになる。

「音楽の力は不思議だ。いつだって、、、。」

と、たらたら語るつもりはない。

ただ、それぞれの場所で聴いていたことになる、それだけだ。

過ぎていく景色にはコンビニエンスストアの真っ白な明かりとフライ返しみたいな看板、黄色バックに赤い文字のラーメン屋、近未来っぽい会社ディーラーと絶滅危惧種みたいな中古車センター。

僕らはいつだってその時代の最先端にいて、時は過渡期で、漸次的な変化が蠢いている。だから、こうして当てもなく走る時間がないと、本当にそのまま大きな波に飲み込まれてしまって、”いてもいなくても同じ” になってしまう。

信号で止まる。誰も渡らない横断歩道が、ヘッドライトに照らされている。脇を見やるとタバコの自販機があって、今時自販機で買う人なんているのかなぁと思った。

「吸うけ?」

と、彼は箱を差し出してきた。

「うん、ありがとう。一本もらう。」

と、僕は受け取った。

いつタバコをやめたのかは覚えていないけれど、というか”やめた”つもりはなくて、ただ”吸っていない”だけ。

「何やねんそれ。そういうところ、あるよな、お前。」

と、彼は小さく笑って悪ついた。

歩行者信号が点滅する。

「あれのことなんて言う?」

と、彼が聞いてきた。どれ?と聞き返すと、

「ん、点滅。どういう風に言う?」

と、さらに繰り返した。

「んー、”パカパカ”?かしら。」

「お、そうなん。俺もや。」

と彼が言った時、点滅から赤になり、僕たちの方が青になった。

何だそれ、と思ったけど、僕は何も言わずにiPadを持ち直して、次の曲を探し出した。

また懐かしいやつにしよう、と思った。

・・・

アンダーグラフで『ツバサ』。


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